【投稿】戦後民主主義を問い直す(NO.4)

【投稿】戦後民主主義を問い直す(NO.4)

戦後民主主義の超克
ここ10年あまり、わたしは戦後民主主義について根本的に問い直さなければならないのではないかという気持ちが強まってきていた。部落解放教育を始めとする教育改革論争やフェミニズム論争、55年体制といわれた政治状況の解体、マルクス・レーニン主義への懐疑などを通じて、戦後50年の日本の思想状況を自らの関わりにおいて検討して見る必要性を実感するようになった。
そのきっかけとなったのが、当時言論界にデビューしてきた小浜逸郎の一連の家族論、学校論、女性論であった。(『学校の現象学のために』『可能性としての家族』『男がさばくアグネス論争』いずれも大和書房)
ここでは、これまで語られてきた戦後民主主義を前提とした枠を突き破り、地に足がしっかりとついた論理が展開されており、わたしは魅了され続けた。その後、続々と発刊されている氏の著作は、思想、哲学に及び、その時々の世相の嘘と実を具体的にとらえた幅広い批評活動を展開されている。小浜逸郎の基本モチーフのひとつは、「戦後民主主義の超克」ではないかと思う。氏の論を前にすると、これまで論じられてきた、そして今も盛んに論じられている巷の教育論、フェミニズム論、人権論、民主主義論の大慨が現実的根拠をもたない虚論であることがはっきりと認識できるからである。
小浜逸郎を通じて吉本隆明の著作に出会った。名前は以前から知ってはいたが、わたしの思想形成の成立ちからか、それまでは全く読む気の起こらなかった人であった。小浜逸郎の思想形成の根幹に吉本隆明が存在することを知ってから、今日に至る10年あまり吉本隆明の著作を読み続けている。自らの20代30代半ばまでの思想形成に吉本隆明の著作が全く無縁であったことを何度悔やんだことか。
ちょうどその時、鷲田小弥太の「吉本隆明論」(三一書房)が発刊されるのである。この著作で、戦後50年の日本の思想状況と吉本隆明の位置関係の輪郭が認識できたように思う。つづけて発刊された「天皇論」「昭和思想史60年」(三一書房)「現代思想」(潮出版社)などは、わたしのこれまでの進歩的左翼思想からの脱却に大きな影響を与えてくれた。それ以降、竹田青嗣、橋爪大三郎、西尾幹二、小林よしのり、坂本多加雄、小室直樹、呉智英など次々と未知の著者の著作に出会う中で、自らの中の戦後民主主義に対する疑問は確信へと変わっていったのである。
次の大きな転機は、1996年初夏に出会った「歴史ディベート 大東亜戦争は自衛戦争であった」という本である。そこから「自由主義史観研究会」を知り、「新しい歴史教科書をつくる会」を知り、そこに集まっている学者・研究者の著作を次々と読んでいった。(「新しい日本の歴史が始まる」幻冬社出版)
まだ、その枠に留まらない、その周りの様々な論者の著作、またそれと全く立場を異とする論者の著作も次々に読むはめになっていくのは当然の成行きであった。一昨年の12月に読んで、ほとほと参ったと思った立花隆の「僕はこんな本を読んできた」という本で語られている、一つの問題に対する立花氏の究明の姿勢に習ったわけではないけれど、この2年あまりは、久しぶりに知的に興奮する日々が続いている。
今のわたしの問題意識は、「戦後民主主義」を問い直すためには、明治維新以降の130年、そしてその前の江戸時代とは、世界史的に見てどんな位置づけができるのか、世界史の中に日本の歴史を位置づけなおして見なければならないのではないかと思うようになってきたことである。今行われている「従軍慰安婦」論争や「侵略・自衛戦争」論争も、世界史の中に日本の歴史を位置づけ直すという作業の中からしか発展的に止揚されないと思っている。その作業を「新しい歴史教科書をつくる会」は始めているのである。
産経新聞に今掲載されている「はじめて書かれる地球日本史」シリーズは、その走りである。また川勝平太の最近の著作『日本文明と近代西洋ー「鎖国再考」』(NHKブックス)や「文明の海洋史観」(中央公論社)、入江隆則著の「太平洋文明の興亡ーアジアと西洋・盛衰の500年」(PLP出版) などは日本史の根本的転換をうながす原動力になるだろうという予感がしてならない。
論争というのは、始めはそこに本当に大事な論点が内包されているにもかかわらず、お互いの主張の違いだけを際立たせ、最後は言い放しに終始し、お互いの立場性だけが変わらず残って終わるだけということになりがちである。しかし、今回の「新しい歴史教科書をつくる会」は、現在の歴史教科書を批判するだけでなく、自らが新しい教科書を作って世に問うというこれまでの批判勢力になかった画期的な取組みを開始しておられる。わたしはこの取組みに注目し期待している一人である。

<読者の声(特別編)について>
「アサートNO242」の読者の声(特別編)読ませていただいた。大阪のSさんからの投書、並びに、編集委員(佐野)からの返信が掲載されている。わたしの「戦後民主主義を問い直す」シリーズのなかの「従軍慰安婦問題」「歴史観論争」について、読むに絶えない論だから「紙のむだであり、送付を止めよ」ということらしい。また、読者の反応として「こうした意見が載っていること自体が恥ずかしいことだ」という意見がある反面、「論争になってくれば、それは良いこと」という意見もあるらしい。
わたしにはその具体的内容について知る由もない。分かっているのは、この間「アサート」に掲載された田中・当麻・佐野・依辺論文のみである。田中さんよりのNO.238号に対して、わたしはNO239号で返答している。それに対して田中さんからも他からも意見を「アサート」紙上でいただいていない。私はだれのどんな論調に対して反論せよと編集子は言っておられるのだろうか。Sさんの投稿に対してだろうか。それは無理である。編集子も指摘しているように、Sさんからの「新しい視点からの」批判を是非いただきたい。そうでもなければ反論も共鳴もしようがない。
田中さんからのこの間の私へのストレートな批判には、「かなわんなあ。もっと僕の言っていることを冷静に読んでほしい。」とは思いはしつつも、いろんな意味で学んでいるのである。田中さんとは考えは違っても、その違う考えを「アサート」紙上で論争できるということ、その中からお互いが新たな何かを共通につかみとることができるために論争するのである。アサート編集部(とくに佐野氏は)は、これまでもそれを保障してきたし、それを常識化するために奮闘してこられたのである。Sさん。あなたからのご批判ほんとうに待っています。( 1998/2 織田)

【出典】 アサート No.243 1998年2月21日

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