『詩』 けったいな老人
大木 透
ずっと
見て見ぬふりをして
マンホールの底に隠れ
蒼天駆ける
赤い★たちの
日夜の巌流島を
薄目を空けて
そっと
見つめていたという
老人は
「なんだか不吉だねえ」
「これで見納めかねえ」
と言いながらも
まんざら
不快でも
不満でも
なさそうで
どこか
まだ見ぬ世界へ
放り出された
新生児のように
駅のベンチで
じっと動かずにいた
レシーバーから聞こえる
実況放送のドラマが
触れられる
老人の宇宙であり
歴史であった
老人の頬に
明滅していたのは
この街の
シンボルの光だった
俺も思う
春が過ぎ
夏が過ぎ
秋になっても
この暑さ
月と並んで
火星が輝き
通天閣の頂上の
獣王は
真下の動物園の
檻に向かい
今世紀はじめての
叫びをあげている
そういう
ほんとうに
変な秋だが
この老人が
哀しい弁証法の
話をするのは
ちょっと
意外だった
彼は言う
あてどない
つかまえどころのない
真空の中を
浮遊しているみたいで
哀しくて
空しいのだと
対立物の統一こそが
いのちの証
流氷のない
オホーツクの海で
空転する
砕氷船に乗って
優勝パレードをしたって
ちっとも面白くないと
待ってくれ
俺は
こんなに
ひねくれてはいない
それでも
心底
老人と乾杯したくなった
我慢すれば
またいいことがある
わけもなく
そう思って
俺は
思わず
老人の肩を抱いて
こう言ってやった
「照れるなよ じいさん」
「来年からまた巨人が強くなって」
「ヘーゲルやマルクスが喜ぶさ」
(二〇〇三・九・一六)
【出典】 アサート No.310 2003年9月27日