【投稿】ペレストロイカの将来への期待と不安 (森田 一夫)
< リトアニア、ラトビアへのソ連軍の武力行使>
リトアニア、ラトビアにおいて、ソ連軍が武力を行使する事態となった。バルト諸国は最高会議での独立宣言をもとに、ソ連からの一方的な独立を目指していたが、ソ連からの独立に反対する勢力が「国家救難委員会」を組織し、権力の掌握を宣言し、軍が介入するという事態に至ったのである。
バルト諸国でのこの急変については、未だ不明な点もある。軍の行動は誰の指示によるものなのか、ゴルバチョフ大統領は強大な権限をもっているにも関わらず、事態が生じた後で知らされたと語り、「武力の行使に関連する状況は、詳細に検討され、法に従って評価されるべきだ。」との声明を出している。
民族間の対立が、武力によって解決されないことは明らかである。同時に、今日のソ連邦での民族問題が非常に複雑な問題であり、バルト諸国をみても、各民族(共和国)の自決と主権の問題であると同時に、これまでのソ連邦の歴史の結果、各共和国におけるロシア人など他の民族の比重も相当大きいという特徴をもっている。
ゴルバチョフ大統領は連邦の問題、各共和国・民族の問題については次のように語っている。
「主権と離脱権に関する問題はそれぞれ異なる問題である。第4回人民代議員大会で、離脱問題は詳しく論じられた。主権の問題に関しては、本質的な違いはない。一方、連邦からの離脱権に関していえば、その決定は、まさにその民族のみが権限を持つ。共和国における国民投票が最終的な審判となろう。離脱へのプロセスそのものは、もっぱら、法律を基礎にし、すべての歴史、経済、人口・民族分布民族心理上の状況やその他の状況を考慮にいれて実施することができる。
民族の主権と自決権を実現すればソ連邦の崩壊につながると考える人がいる。私はそうは考えない。その逆に、このおかげで私たちの共通の国家の活力が高まると確信している。この共通の国家が何世紀にもわたって多民族国家として形成されてきたというのが現実だ。度のような重大な変化が起ころうとも、この共通の国家は多民族国家としてとどまるであろう。私たちの国は、世界でも最大だ。その崩壊は、率直にいって、地球規模の不安定を引き起こす要因をはらんでいる。私たちはそれをさせる権利はないし、させはしない。」(朝日新聞とのインタビュー)
あとのソ連邦の崩壊はないとの発言は、希望の表明、保守派への配慮として受けとるとして、私としてはゴルバチョフ大統領の連邦離脱プロセスは、真剣な提案であると思う。リトアニア、ラトビアへの軍の行動はあるが、ロシア共和国で主権宣言がされるなど、ソ連における連邦の問題、民族問題は新しい関係が模索されているという流れは消滅しないと思う。しかし、今回の軍の行動はその責任がどこにあるにせよ、民族問題解決にとっては新たな困難要因となっているということができる。
<シュワルナゼ外相の辞任>
シュワルナゼ外相の辞任には世界中が驚いた出来事であろう。彼は最高会議で「独裁制が近づきつつある。抗議のために辞意を表明する。」「『内相の次は外相を追い出す番だ』という最高会議議員の話がマスコミに流れた。だが、だれもこうした動きに反発しようとはしなかった。」「民主派の同志諸君。君たちは四散し、逃げ隠れしている。独裁が近づいている。……わが国で起こっている出来事、我が国民を待っている試練に私としては妥協できない。」と語り、辞任したのであった。
後日、彼は、インタビューに応えて「トビリシ事件、バクー事件(いずれも軍による流血の鎮圧)が繰り返される可能性がある。秩序回復はよい。しかし、それは力を意味する。危機の打開には人民が団結すること。民主勢力が自主独立のために、民主主義を守るため団結することだ。私の考えでは、大統領の新しい権力や他の厳しい手段は役に立たない。民主主義の進展と暴力は共存できない。もし惨事がおきたら、『新しい思考』は意味がなくなり、これまでの対外路線はとれなくなるだろう」と、語っている。
ソ連では、ペレストロイカによる経済改革が成果を見せず、食料危機を初めとする経済危機、民族対立の激化による社会秩序の低下などが増大し、それに対し、「法と秩序の回復」を重視する保守派の勢力が増大している。保守派からは「新思考外交」に対する批判も強く、ドイツ統一や東欧での「社会主義」の放棄を認めた、また、東西軍縮交渉では譲歩し過ぎている、湾岸危機ではアメリカに追随している、といった具合いに。「東欧からのソ連軍の撤退は、シュワルナゼの大きな誤りだった。いま、兵士たちは宿舎もなく、ソ連国内でテントで寝ている」(国防省の機関紙「赤い星」)というように、国内での経済改革の遅れと、軍縮による軍と軍人の処遇を結びつけて攻撃している。国際関係の緊張緩和が本来歓迎されるべきなのにそれによって攻撃されるという皮肉な結果となっているのである。
<苦痛を伴う経済改革>
ソ連経済を立て直すため、ゴルバチョフ政権はこれまでに、個人営業の公認、外国資本進出の承認、個人農の創出、などの試みを進めてきた。中央からの画一的な計画と指令による硬直化を克服するために市場経済への移行をすすめている。
昨年5月には、ソ連政府は、国営企業の株式会社への転換など、多様な経営形態を発達させて、段階的に市場メカニズムの導入を目指す市場経済移行基本構想を示した。しかし同時に、食料品の大幅な値上げなどを打ち出したため、モスクワなど各地で市民の買いだめによる混乱が発生した。
また、市場経済の具体的計画については、五百日で実現させるという経済学者シャターリン大統領会議員の案と緩やかな移行のルイシコフ首相の政府案が対立。ロシア共和国最高会議は9月に、両案の一本化を目指す連邦政府を無視してシャターリン案を承認した。 ソ連最高会議は10月、結局1年半から2年間を一応の目標に、4段階での市場経済移行を目指すゴルバチョフ大統領の妥協案を採択した。
ロシア共和国は11月1日から「五百日計画」の実施に乗り出したが、連邦との調整などもあって事実上、暗礁に乗り上げている。
一方、今年のソ連の穀物生産は二億三千五百万トンにのぼるとみられ、過去最高の78年に迫る勢いにもかかわらず、モスクワをはじめ各地では、さらに従来から問題だった流通の混乱、食品産業の遅れにより食品加工工場の処理能力が追い付かない、などの理由で食料供給が進まず、肉加工物やミルクなどが大幅に不足するという事態になっている。
経済改革は、ペレストロイカにおけるもっとも重要な課題である。それは、社会のあらゆる階層に大きな影響を与えるものであり、これまでになされた改革、また、これからされようとしているどの改革も、政治闘争の大きな課題となっているし、なっていくであろう。ゴルバチョフ大統領もこの点を認識した上で、次のように語っている。「実際この国(ソ連)の潜在力は非常に大きい。科学の潜在力も、人的潜在力も、自然の潜在力も」「だが、このメカニズムには、よい原動力を入れなければならない。私たちは、それは所有制度の改革だと考える。私たちは労働へ強力な刺激をもたらさなければならない。また私たちは徹底的な構造変革を遂行する必要がある。私たちの経済は原料部門が重くなりすぎている。軍事化が過剰である。そして私たちはすでに(やるべきことを)行っている。経済関係の改革もしているし、構造変革をも開始した。そして私たちは先進諸国との広範な協力をも重視している。そしてそのための提案も多い。」「しかし、経済の新しい形態への移行は、困難をともなって進行している。それはわが国の経済実態に起因するものでもあるし、私たちに改革の経験がなかったために誤算や誤りを犯したことにもよる。そして、特に私たちの大きな誤算は、貨幣の量と商品流通のバランスを制御できなかった点にある。」「わが国は金融・信用制度や、貨幣・財政制度の安定化、健全化の段階を迎えなければならない。我々はさし迫った問題に直面しており、消費市場の状況が極度に緊迫をしている。これらを早急に解消することが急務であり、それを解決して初めてわれわれは市場経済に向けて、自由に、大またで進むことができる。」(朝日新聞とのインタビュー)
このような経済改革は、うまく実施できるという保証はない。改革の影響はすべての人をまきこみ、その結果、バチカン内相を解任に、シュワルナゼ外相を辞任に追い込んだ保守派を勢いづけるものになるかも知れない。
<資本主義の方が社会主義よりよかったのか?>
ゴルバチョフ大統領は「私たちが始めた市場経済への移行は、社会主義と資本主義の間の違いをなくすものでなく、私たちが資本主義の社会経済的、政治的倫理を借用することを意味するものでもない。 それに『純粋な』資本主義はどんな社会にも存在しなかったし、まして現在は存在していない。資本主義的所有の形態も、経済、社会政策も重要な発展を遂げてきており、それはしばしば社会主義から借用されたものである。そして現代の社会主義の理念は、市場関係の経験をも含め、資本主義の条件の中で人類の思考と実践が達成したものを否定したり、放棄したりすることを意味するものではない。」(朝日新聞とのインタビュー)と言う。
ペレストロイカとグラスノスチによって、明らかにされたソ連の困難、東欧での激変を見るにつれて、社会主義の衰退のイメージは一層強くなっている。
しかしながら、資本主義も社会主義の登場によって、「福祉国家」となっていったこと、今日においてもその基本的傾向は変わっていないことは、例えば、今日では「高齢社会」への円滑な移行が日本のあらゆる社会階層にとって重大であり、政府自民党にとっても、高齢社会への移行はもっとも重要な政策課題の一つとなっているのである。
<我々もペレストロイカを!>
ペレストロイカは、社会発展のためには民主主義と公開がもっとも重要であることを指摘してきた。さらに、社会発展への熱意と意欲、創造性を持たない人々が官僚的な組織の中で安住し、教条主義的に振る舞い、発展への大きな阻害要因になっていることを暴露してきた。
ペレストロイカは、ソ連社会、共産党での改革を進める取り組みではあるが、ペレストロイカが投げかけている課題と教訓は、民主主義運動、労働組合運動においても当てはまるものである。ゆえに、ペレストロイカの課題と教訓をかみしめて、私たちの運動と組織を点検し、新たな一歩を踏み出していかなければならない。
【出典】 青年の旗 No.160 1991年2月15日