【投稿】湾岸戦争の早期停戦に向けて
アメリカの戦争開始糾弾!自衛隊の派兵阻止!アメリカヘの軍事協力反対!
(1)戦争開始は解決ではなく、中東戦争に拡大しつつある。
1月15日の国連のイラクのクウェートからの撤退期限の翌日未明、アメリカはイラクへの空爆を開始した。期限切れ以降の水面下のイラクとの折衝は最後的に断ち切られた。アメリカは軍事的「解決」を交渉による解決に先立てた。16日のアメリカによる爆撃は「大成功」と伝えられ、戦争への早期「解決」への幻想を国際的に振り撒いた。しかし、18日、19日イラクがイスラエルへミサイル攻撃によって、事態は新しい局面を向かえている。ヨルダンはイラクへの支持の国会決議をした。イスラエルの対イラク参戦という事態になれば、4度に亘る中東戦争に係わったアラブの国々がもはやイラク支持の立場へとはっきりと変えるであろう。イラクのクウェートの軍事的併合を糾弾しようと、パレスチナ問題がなくなったわけではないのであり。この間題でイスラエルとアメリカは直接の侵略者なのである。
事態の推移は短期的な戦争による決着の幻想を払拭しつつある。アラブ対アメリカ、イスラエルの構図へと拡大していく方向へ進んでいる。フランスなどヨーロッパの各国はイラクのクウェートからの撤退を目的とする攻撃以外には加わらないと述べている。当初イラクへの空爆へ加わった各国は戦争の性質の変化、戦争の拡大に従って協力を止めていくであろう。
地上戦に入れば、少なくとも、数カ月の戦争継続になるであろう。プレジンスキー元大統領補佐官は1日10億ドル、何千人、何万人のイラクの民間人が犠牲になり、米兵の死者も何千人に及ぶだろうと述べている。(月刊ASAHI11月号、1990年)彼によれば、アメリカが解決すべき問題を3つ上げている。
①石油の安定供給(サウジアラビア、アラブ首長国連邦の防衛)、②イラクの軍事力による他国の併合を許さず、クウェート政権の復帰させる、③中東の安定化のために巨大になったイラクの軍事力をなんとかする。当初の経済封鎖という平和的方法では、①の問題はなんとかできるが、②の問題は長い時間が掛からないと解決せず、③の問題は解決しないという。アメリカの軍事行動の目的のひとつは明らかに自らも手を貸して大きくなったイラクの軍事力をたたくことが目的であろう。決して、事態そのものの解決を目指してはいけない。彼は軍事による行動はイスラエルが強く望んでいると述べ、ハイテク戦争の分前としてのハイテク軍備を供与してほしいと望んでいるという。彼は、戦争は事態を複雑化するだけであり、シリアやトルコなどの領土要求をも引き合いに出してしまう可能性もあると指摘していた。
(2)国連平和法案の論議をまったく無視する海部政権-自衛隊派兵阻止!戦争協力反対!
国会での自衛隊の派兵、アメリカへの援助の論議は荒唐無稽である。平和憲法の精神にたって、自衛隊の派兵はできないこと、援助は武器、弾薬に使わないこと、等の答弁が一切無視されている。この戦争の見通しを一切持たない日本政府の政策なら一切しないことが和平への協力であろう。戦争への荷担は深刻な長期化に役立つのみである。
今、思いを胸の打ちにとどめてはいけない。形に行動に現すときである。あらゆる所で「わたしは戦争はいやだ」ではなく「この戦争には反対だ」というべきではないだろうか。反対の世論が累々たる死体の山を前にしてしかできないはずはない。過去の多くの経験を私たちは持っているはずだ。ベトナム戦争の記録、レバノンの虐殺の記録(「サラーム」)などなど。多様な行動を作りだし、人々の心を結びつけよう。
(3)湾岸戦争の早期停戦にむけて
この戦争は問題を解決しない。それどころか戦争の継続は事態を複雑化させるだけであり、戦争後に新たな問題を生み出すだけである。フセインの領土要求には、帝国主義の国益による国境線の確定という歴史的根拠があるだけであり、パレスチナ問題の存在がアラブの人々のフセイン支持の背景になっているのである.これらの問題を無視して、イラクとの妥協の余地はない。アメリカこそ事態の平和的解決の棟々な案を拒否してきた張本人である。フセインをここまでかたくなに追い込んだのはアメリカである。戦争の停止とフランス、サウジアラビアなどの第3国による調停が事態を解決するだろう。そこでは、イスラエルによる侵略の問題を見ないアメリカの立場の変更が要求されるであろうし、単純な戦後国境の確定の原則は中東には適用されてはならないのではないか。中東の国境問題は現在の問題であり、米ソの枠組の中で解決しえない問題なのである。中東諸国自身の利益を中心にした国際会議が開かれるべきである.
今は戦争反対の世論によって各国を戦争から手を引かせることである。日本から1人の自衛官も出させない。人殺しの金を1円たりとも出させない。戦術核、トマホークを積んだ艦船を出させない。戦いが必要であろう。
(1.19 東京K,都委員会旗開きにて提起)
【出典】 青年の旗 No.160 1991年2月15日