【投稿】クーデター後のソ連はどうなるか
三日天下に終ったクーデター
8月19日に軍部・KGB・保守派が中心となって企てたクーデターはロシア共和国エリツィン大統領を中心とする民主派が勝利を収める形で終結した。
クーデターの引金を引かせた二つの大きな要因として、エリツィン・ロシア共和国が採択した勤務時間中の党機関活動禁止条例と翌20日に調印される予定であった「新連邦条約」があげられる。
新連邦条約が調印されれば、共和国税として徴税したあとでその何%かを連邦に納入するなど、共和国主導で連邦税を処理することができ、通貨政策、銀行制度においても共和国の自主権が強まることになる。17日に行われた連邦の内閣幹部会でもパブロフ前首相は「連邦条約が調印されれば、連邦政府は権力空白状態に陥る」と公然と批判していた。
また連邦財政の歳入が減少し、軍事費が歳出の43%を占めるまでになっているなど、連邦財政が苦しい現状の下での条約の調印は、軍の基盤の形骸化も一層加速されることになる。この危機感が、つまり共和国の主権を拡大する「下からのベレストロイカ」の動きに対する保守派・軍部の危機感が、クーデターの直接的な原田であった。
しかしながら、終ってみれば今回のクーデターは、喜劇的とも言える結果となった。軍隊の実行部隊が命令を拒否、民衆の声も独裁反対に回った。すでにソ連国民の民主主義意識がどれほど強まっているか、諸階層の利害に応えることもなく、旧来のイデオロギーに依拠した特権の維持としか国民に映らないことも理解できない連中の時代錯誤的行動であった。結果はゴルバチョフや民主勢力が6年かかっても出来なかった民主化を僅か2週間たらずで一挙に実現させたと言うのは、歴史の皮肉であろうか。
クーデターを打ち倒したもの
エリツィンは、今回の動きは反憲法的なクーデターで国民に対する犯罪であるとし、ロシア共和国では国家非常事態委員会の決定は一切効力を持たないとし、無期限のゼネストを呼びかけた。クーデターを打ち倒したのは、ロシア共和国政府と市民、兵士、ジャーナリスト、炭鉱労働者たちの毅然とした抵抗のカである。
ベレストロイカの成果である、グラスノスチ、民主化、新思考外交による西側世界との協調関係は確実にソ連に根付いている。ベレストロイカによる民主化の動きが力強い底流となっており、それゆえに民主派が勝利を収めることができたと言える。
ソ連邦解体の動き
ゴルバチョフが解放されたのち、クーデターに関与した連邦の国防相・内相・KGB議長らの後任人事がすべて9共和国との協議で決定されるなど、連邦と共和国との力関係が一変した。ゴルバチョフの政治的影響力の低下と各共和国の発言権の増大が明白な事実となった。新連邦条約も現行の内容より、より共和国の権限を強める内容のものに修正される見通しである。
共和国独自の警備軍構想も明らかにされており、共和国の権限が強化されると共に、炭鉱の共和国への移管など、基幹産業を連邦の中央官僚支配から切り離し、共和国独自の市場経済への移行を図る動きが今後一層強まるだろう。
そして、さらに事態は人々の予測を越えた方向に突き進んでいる。独立を容認されたバルト三国に続き、ウクライナ、モルドバも連邦からの独立を宣言し、カザフも連邦の内閣や議会は不要とする見解を示している。また国家連合方式を主張するカザフは、連邦機関の長へのロシア代表の起用は共和国の平等に反すると、ロシア共和国主導による連邦の新体制の形成に不満の意を表明し、共和国間の対立も深刻化する動きがある。
ソ連共産党の解散と新党結成の動き
今回、ソ連共産党の現職の書記長が非合法的に軟禁されるという事態の中で、共産党は何等社会的な力を形成することができないばかりか、逆に共産党の中枢機関である中央委書記局が、ゴルバチョフ大統領追放のクーデターと非常事態体制導入を積極的に支持する方向で動いていたことが暴露された。国民の共産党離れは、これで決定的なものとなるであろう。22日には党の民主的再建は可能と述べていたゴルバチョフ大統領も、25日には共産党書記長を辞任し、ソ連共産党の解散を勧告し、東欧諸国と同様にソ連においても、民主化をめざす広範な人々が結集する新党の結成が今後の注目すべき動きとなっている。
(9月10日 大阪 T.0)
【出典】 青年の旗 No.168 1991年10月15日