青年の旗 1978年7月1日 第17号

青年の旗 1978年7月1日 第17号

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【主張】 危険な反ソ同盟–日中条約に糾弾の声を!–

<“NATO16番目の加盟国”>
「覇権反対にアメリカ側としては問題はない」-先の日米首脳会談(五月)で示されたアメリカ側のOKは、はしなくも、日中条約の危険な本質を暴露している。
とりわけ、この条約交渉再開の動きと前後し最近の「米中協調」「対ソ強硬姿勢」は注目されなければならない。
米政府内でも最も度はずれの反ソ冷戦主義者・プレジンスキー大統領補佐官が訪中し、華国鋒・鄧小平と会談し、米中共同の敵=ソ連に対し、「協調と理解」を確認し、プレジンスキーは「安全で強大な中国は米国にとって有利である」とその腹黒い、ソ連への敵意を隠すことさえしなかった。
つづいて、カーター米大統領は、「ソ連にとって、緊張緩和は政治的優位と勢力拡張を目指す侵略的闘争の継続を意味するようだ」と断じ、「ソ連がアメリカとの対決の道を選ぶなら、これに応ずる用意がある」と、異例の脅迫的な対ソ警告(六月七日)を行なったのである。
時、あたかも、全世界の平和勢力が、平和共存と緊張緩和・軍縮を要求して、歴史上初の国連軍縮特別総会を聞かせ、ソ連は極めて現実的な軍縮への四項目の提案を行なっている時である。そして、この時に、中国の黄華外相はこともあろうに国連軍縮特別総会の壇上から(五月二九日)、「どんな場合にも軍縮という非現実的空想を抱くようなことはすべきでない」「世界平和擁護の望みを軍縮に託することはできない」等と叫び、「”反侵略”戦争の物質的・組織的準備をととのえなければならない」と挑発し、「ソ連の拡張への抗議」で演説を結んだのである。
さらに黄華外相は、ペンタゴンとNATOの武器で支えられているアフリカ植民地の拠点・ザイールに乗り込み(六月三~七日)、”ソ連社会帝国主義の覇権”と闘うモブツ政権に「精神的支援だけでなく、物質的支援も与える」と約束し、アフリカ諸国民に敵対する同盟者たることを公然と宣言したのである。NATO軍最高司令官ヘイグは、これに歓喜の涙を流し、中国は”NANTO16番目の加盟国”とほめたたえた。そして、ベトナム社会主義共和国に対して民族的敵愾心と反ソ感情をのみあおる中国の反ベトナムキャンペーンの中で、露骨な敵対行動を開始し、帝国主義著を大いに喜こばせている。
これらの事態は、平和と緊張緩和に逆行するきわめて憂慮すべき事態を招いている。

<反ソ政治結着を許すな>
福田首相は、日中交渉を「一日も早くスタートさせたい」とし、「条約が締結されれば、臨時国会を召集し、ただちに批准する」「交渉と締結が別ということは断じてない」と、強い意気込みを示している。しかし、それは、七二年の田中訪中以来、交渉の焦点となってきた「覇権条項」について、明確な見通しをもったものではなく、福田・園田らの”政治決着”に委ねられた、極めて危険なものである。
日本側は「覇権条項」について、条約本文に「第三国に対するものではない」ことの明記を求めているとされているが、中国側の先に示したようなそれこそ一貫した姿勢は、全世界に明瞭に示されており、いかなる小細工と理由付けを行なおうとも、現段階における条約締結は、その危険な役割を浮き彫りにするであろう。
「中国国境沿いの百万のソ連軍が中国だけでなく、アメリカ・日本にも脅威を与えている」として、米・中・日三国反ソ同盟の必要性を説く鄧小平(五月一九日UPI通信インタビュー)は、日本の自衛隊増強と北方領土要求、日米安保条約強化にもろ手を上げて賛意を表明し、中ソ国境に四〇個師団以上のソ連軍を引きつけている中国は、”東のNATO”だというマンスフィールド駐日大使の見解について、基本的に賛成だ(同インタビュー)とまで言明するに至っており、「中国と日本は東で協力し、西欧諸国と米国は西で協力してソ連に対抗しなければならない」(鄧小平)というところに、あますところなく、日中条約の危険な本質が露呈されている。
「日本の軍事力増強の重点は対ソ軍備におかれている」という伊藤防衛局長の最近の言明が報道され、防衛庁制服組がこのところ訪中し、”ソ連の脅威”をがなり立て軍国主義化の風潮が煽られている時、日共指導部の反ソ反中民族主義路線を除いて、日本の野党・革新陣営があげて政府自民党をしった激励していることは厳しく糾弾されなければならない。今、日本の革新勢力に要請されているのは、かかる米・中・日の反ソ同盟を本質とする日中交渉に断固反対し、日ソ善隣友好協力条約等、平和・善隣友好の外交政策転換である。

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