【投稿】3補選・自民全敗が示したもの--統一戦線論(73)

<<「保守王国」のもろさ>>
 4/25投開票の衆参・3補欠選挙は、いずれも与党にとっては逆風の選挙戦であった。自民は負けるべくして負けた、とも言えよう。
 衆院・北海道2区は、収賄罪で在宅起訴された自民党の吉川・元農水相の辞職にともなう選挙であり、自民党は不戦敗を選択せざるを得なかった。(野党統一候補の松木謙公氏=立憲民主党公認=5万9664票、他の候補の2倍以上)
 参院・長野補選は、立憲民主党の羽田雄一郎氏のコロナウィルス感染による急死にともなう弔い選挙であり、民主党以来の根強い支持基盤で、自・公与党には当初から不利であった。9万票の大差で自民が敗北。(野党統一候補の羽田次郎氏=立憲民主党公認=41万5781票vs. 自民党の小松裕氏=32万5826票)
 参院・広島選挙区は、2019年参院選の大規模買収事件で有罪が確定した河井案里前参院議員の当選無効にともなう再選挙であった。与野党対決構図となった、長野、広島選挙区で、当初、与党優勢が伝えられ、「唯一勝ち目のある戦い」(与党選対幹部)としていたのは、広島選挙区だけであった。だがそれも、オリンピック開催に拘泥した泥縄のコロナウィルス対策によって、すべてが後手後手に回る菅政権の無能力・無責任さが際立つ状況下での与野党対決であった。
 しかしそれでも広島選挙区は、これまで自民候補が野党候補の2倍近い票で野党の勝利を許してこなかった選挙区である。そんな選挙区であっても今回、自民・公明連合が敗北したのである。立憲、国民、社民推薦、共産自主支援で野党統一候補となった宮口治子氏が3万3000票以上の差で選挙戦を制し、与党連合に勝利したのである。しかも、宮口氏が立候補を表明したのは3月20日、告示日まで3週間を切っていた、ぎりぎりの短期決戦で、それでも勝利し得たのは画期的と言えよう。(宮口治子氏=37万860票vs. 自民党の西田英範氏=33万6924票)
 たとえ保守王国と言われてきた選挙区であっても、どのような形であれ、野党共闘が成立し、与党連合と明確に対決する統一候補を擁立すれば勝利し得ることが実証されたのである。逆に言えば、いくら保守王国としてこれまで盤石の基盤を持っていたとしても、与党連合に対する政治不信が高まり、与党政権の政権担当能力に疑問符が付き、矛盾が露呈されれば、その盤石であったはずの基盤のもろさが浮き彫りとなり、瓦解することを明らかにしたわけである。出口調査によれば、自民党支持者の約3割が宮口治子氏に投票したと回答していることにも現れている。
 問題は、この3補選、いずれも投票率が大きく低下していることである。衆院北海道2区補選は、30.46%で、前回比26.66%減(衆院補選では過去2番目の低さ)。参院長野選挙区補選は、44.40%で、前回比9.89%減(参院選では過去最低)。参院広島選挙区再選は、33.61%で、前回比11.06%減であった(広島選挙区では過去2番目の低さ)。投票率の低下は、有権者の政治不信、消極的抵抗、あきらめ、関心の低さの現われでもあろうが、制度としての民主主義に対する不信表明でもあり、直接民主制をも含めた多様な政治参加の欠如が問われているとも言えよう。野党共闘・統一戦線は、有権者の政治参加のあり方を根本的に改革し、政策としても、運動としても具現化していかなければ、野党共闘の勝利は極めて底の浅い、不安定で、それこそもろいものとなろう。


<<野党共闘の弱点>>
 3補選、いずれも野党共闘が曲がりなりにも成立し、勝利した意義は大きいと言えよう。しかし、今回の3補選で明らかになった野党共闘の問題点・弱点も明確になってきている。
 それはとりわけ長野補選の野党共闘の経緯で明らかになったものである。2月段階で、立憲新人の羽田次郎候補が共産党などの県組織と結んだ政策協定において、原発ゼロや日米同盟見直しが盛り込まれたことについて、連合長野が問題視し、3/17、連合の神津里季生会長と会談した立憲民主党の枝野代表が「長野県連で軽率な行動があり、連合に迷惑をかけた」として、連合に謝罪し、羽田氏も連合長野との確認書で「今般の事態を招いた責任を真正面から重く受け止める」とした経緯である。しかし県段階の政策協定が破棄されたわけではない。
 なぜこの段階で、枝野代表が「謝罪」しなければならないのか。野党共闘のあり方は一律である必要はないし、むしろそれぞれの運動や組織の多様性を踏まえた自主性こそが尊重されるべきであろう。それらを大きく包み込んだエネルギーこそ重視されなければ、共闘や統一戦線の発展などありえない、と言えよう。
 現実の今回の3補選も、それぞれに地方独自の事情が反映された野党共闘であったし、それが万全であったとはとても言えないものであったとしても、曲がりなりにも与野党対決の野党共闘として機能し、自民・公明連合の勝利を許さなかったのである。野党共闘や統一戦線は、それに結集する政党や市民団体、多様な人々の多様な組織や個人、それぞれの要求や政策、戦略を結集したものであり、一政党や一個人が自由にできる私的なものではないのである。
 上位下達式、官僚主義的締め付け、一律化こそが共闘の発展を損なうものである。連合会長に、自党の県組織が「軽率な行動」があったとして「謝罪する」、野党第一党党首の姿こそ「軽率」であり、それが有権者にどのように評価されるのかを判断できない党首は、政党の独自性・自主性を否定するものであり、その時点ですでに党首失格だと言えよう。
 そしてこんな党首を、共産党の志位委員長は、「野党共闘で政権交代を実現し新しい政権をつくるために」、「簡単に言えば『枝野代表を総理大臣にする』という話です。それに協力していこうということなのです」と語って、本来率直になされるべき批判を封印し、「互いにリスペクトを」などと持ち上げ、恥じることがない。野党共闘や統一戦線を、一部幹部間のなれ合いや駆け引きの場にしてしまっては、有権者から見放されるだけなのである。
 今回、3補選で野党が全勝したと言っても、政党支持率を見れば、自民党40%、立憲民主党5%、公明党3%、日本共産党2%、日本維新の会2%、国民民主党1%、社民党1%、れいわ新選組1%、その他の政党1%、支持する政党はない44%、という現実が厳然とあり、野党全体合わせても10%前後がやっとなのである。圧倒的多数派であり、本来獲得されるべき無党派層は、与党連合を全敗に追い込みつつも、同時にしっかりと野党の現実の姿を見ており、いかに野党共闘が有権者の望む姿になるかを冷静に判断しているのだとも言えよう。
(生駒 敬)
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