【投稿】原油高騰と「ピークオイル論」
福井 杉本達也
1.原油の最高値更新
11月7日午前のニューヨーク・マーカンタイル取引所(NYMEX)で原油先物相場は上昇。WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)で期近の12月物は一時1バレル98.62ドルを付け過去最高値を更新した。国内でも11月には原油高のコストを転嫁するため、ガソリンの給油所店頭価格はレギュラーガソリンで全国平均は1リットル149.9円と150円に迫った。
IEAは11月7日に「2007年版・世界エネルギー見通し」を発表したが、世界のエネルギー需要は2030年までに5割超増える一方、原油価格は30年には150ドルを上回ると予測している。いったい、原油価格に何が起こっているのか。
2.世界の石油の埋蔵量
BP統計によると(以下、『BPエネルギー統計レポート』吉田高行)、2006年末の世界の石油確認可採埋蔵量は1 兆2,082 億バレルであり、可採年数は40.5 年である。埋蔵量を国別に見ると、サウジアラビアの2,643 億バレルであり、全体の22%を占めている。第2位はイラン(1,375 億バレル、11.4%)、第3位イラク(1,150 億バレル、9.5%)と続き、以下クウェート、UAE、ベネズエラ、ロシア、リビア、カザフスタン、ナイジェリアの各国が挙げられる。これら10 カ国の世界シェアの合計は82.3%に達する。
3.石油生産量
2006 年の世界の石油生産量は日量8,166 万バレルであった。これを地域別でみると中東が2,559 万バレルと最も多く全体の31%を占めている。欧州・ユーラシア1,756 万バレル(22%)、北米1,370 万バレル(17%)、アフリカ999 万バレル(12%)、である。埋蔵量と生産量を比較して、将来の石油生産を維持又は拡大できるポテンシャルを持っているのは中東のみである。国別にでは、最大の石油生産国はサウジアラビアであり、生産量は1,086万バレルであった。第2位はロシア(977 万バレル)であり、両国で全世界の4分の1(25%)の石油を生産している。この後には米国(687 万バレル)、イラン(434 万バレル)、中国(368 万バレル)が続いている。5 位以下、メキシコ、カナダ、UAE、ベネズエラ、ノルウェーである。
4.中国などの新興国の消費増大
2006年の世界の石油消費量は日量8,372 万バレルであった。北米が2,478 万バレルと最も多く全体の30%を占めている。このうち米国は2,059 万バレルで世界全体の25%の石油を消費している。次に多いのがアジア・大洋州の2,459万バレル(29%)であり、このうち、中国が745 万バレル(9%)、日本が516 万バレル(6%)、インドが258 万バレルとなっている。欧州・ユーラシア2,048 万バレル(24%)であり、このうち、ロシアが274 万バレル、ドイツ262 万バレルであり、これら3地域で世界の石油の8 割以上を消費している。
特に最近消費量が急拡大しているのが中国であるが、李志東氏の計算によると、中国が今後も7%台の経済成長を続けると、「石油輸入量は2010年代前半に日本を超え、2030年に日本の約3倍となる。」これほど膨大な石油が確保できるかどうか問題であるが、中国はこの間、エネルギー安全保障対策として、①石油と天然ガスの国内開発を促進、②石油と天然ガスの輸入先を多元化、③海外資源の確保による開発輸入の促進、④輸送インフラを整備(『世界』2005.2)等の対策を行い、一定程度の成果を上げてきた。しかし、こうした資源外交の展開は、スーダン=ダルフール、イラン、ナイジェリア、ベネズエラ、エチオピアやマラッカを迂回するミャンマーでのパイプライン計画、石油中継基地としてのパキスタン・グアダールなど世界各地で様々な摩擦を引き起こしている。
5.ベネズエラの台頭
1960年に設立されたOPECは、メジャーに握られていた石油価格の支配権を産油国に取り戻すことが主眼であった。 しかし80年代後半から90年代にかけて逆に石油価格は長期にわたり10ドル(バレル当り)台に低迷し、OPECのシェアは55%から43%に低下し、この間、OPECだけで価格操作ができる状況にはなくなった。それに替わって台頭しているのが、ベネズエラである。ベネズエラのチャベス大統領はこのOPECの政治的インパクトの再復活を狙っている。米国に対抗するために、アンゴラ、スーダン、エクアドル、ボリビア4カ国をOPECに加えようとしている。
2002年4~12月、チャペス政権は米石油資本によるクーデターの危機に直面したが、国内貧困層の支持を集め、逆に2007年5月にシェブロンなどが権益を持っていたオリノコ油田を国有化してしまった。おかげで、空前の原油高騰にもかかわらず、エクソンモービルやコノコフィリップスの今年9月期決算は減益となった(日経:11.2)。ベネズエラの危機直前の2002年1月には17~18ドル/バレルであった原油価格は、クーデター危機時には32ドルまで一気に高騰した。
6.ロシアによる資源の囲い込み
ソ連は1980年代に石油生産のピークを打った後、91年12月のソ連の崩壊で、石油産業もその影響をまともに受けた。2000年以降、石油大国ロシアとして復活をみせるが、ユーコスのミハイル.ホドルコフスキー社長などのオリガルヒが、石油産業を支配するようになる。03年6月に、このような新興財閥に対し、プーチン政権は、全面対決へ踏み切る。10月にユーコスのホドルコフスキー社長を逮捕したのを皮切りに、欧米石油資本と一体化したオルガリヒを一掃する。04年にはユーコスを解体し、直近では、サハリンでもロシア政府は外資に開発権益の譲渡を迫るなど資源開発の国家管理が進んでいる。
また、天然ガスについても、ロシアは埋蔵量、生産量、輸出量いずれも世界1 位である。ロシアの天然ガスは、年産6,400億立方メートルで、石油とガスを合わせるとロシアは世界長大のエネルギー生産国である。現在世界の天然ガス輸出の75%はパイプラインであり、残り25%がLNG である。これらのロシアから欧州へのパイプラインはウクライナやバルト三国などでの紛争の種となっているが、欧州へは、ウクライナを迂回してバルト海底からドイツに直接入る「北ヨーロッパ・ガス・パイプライン」を建設して更に供給を増やす計画だ。一方、中国に対しても、西シベリアからカザフスタン・モンゴル間の狭隘な中露国境を串刺しにして新産ウイグル自治区の「西気東輸」パイプラインと接続して上海に至る「アルタイ・ガス.パイプライン」を建設中で、稼働開始は2011年を目指している。ロシアはユーラシア大陸の西と東とに市場を確保し、双方を競わせるしたたかな戦略をとっている(本村真澄『エコノミスト』2006.7.16)。
7.いわゆる「ピークオイル論」
「ピークオイル論」とは、石油消費量の増加ペースが油田開発による新規埋蔵量の追加と生産量増加のペースを上回る状況を危惧したものである。
確認可採埋蔵量の増加は拡大期と停滞期を繰り返している。BP統計の1980年~2005年までの25年間の埋蔵量の変化を見ると、80~89年までは埋蔵量が急拡大し、90~95年は停滞、その後2002年まで増加を続けた後、2003年以降は停滞している。03年以降に埋蔵量の増加が停滞しているのは、90年代に石油価格が低迷し十分な投資がなされなかったことが最大の要因であるとされているが、確認埋蔵量増加の主要部分を占めている中東については増加要因がはっきりしない。中東の2000年の増加量162億バレル及び2002年の336億バレルは、それぞれカタールとイランによるものであるが、これは新規油田の発見ではなく、既存油田の可採埋蔵量を見直したものであり、その技術的根拠が極めて曖昧である。中東産油国ではこのような埋蔵量の大幅な上方修正は過去にも幾度か見られる(例えば、サウジアラビアは1988年に1,700億バレルから2,600億バレルに見直している。『ピークオイル論を検証する』吉田高行)。
マシュー・R・シモンズの『サウジ石油の真実』によると、世界最大の確認埋蔵量を誇り、今後とも世界の原油生産の主軸を担うとされるサウジアラビアは、その生産量を世界最大のガワール油田など少数の老朽化した巨大油田に頼っている。これらの油田の「生産能力が実は既に地質学的な限界に達しており、一方新規の巨大油田の発見と開発は滞っていて、将来発見される可能性も殆ど無いので、同国の原油生産は今がピークであり、後はどんどん生産能力の減退が進むはずである」と指摘している。サウジは正確な地質・技術的詳細データを公表せず世界を欺いているのではないかというのがシモンズの主張である。これまでの「ピークオイル論」が世界的な統計をベースとしたマクロ分析だったのに対し、本書は個別油田の地質・技術的データによるミクロ分析からの評価だけにその衝撃は大きい。
今年2月、ロシアのプーチン大統領がサウジ・カタールを初訪問した。カタールのLNG 輸出は近年急激に伸びており、昨年インドネシアを抜いて世界1 位となった。西側諸国は「ガス版OPEC」ではないかと危機を煽り立てたが、狙いは天然ガスのパイプラインやLNGによる輸送手段等の開発をすすめることにあるのではないだろうか。世界の天然ガスはロシアと中東という二つの地域に極端に偏在しているが、いずれにしても、サウジも石油から天然ガスへのシフトが始まっていることに注意すべきである。
この間、日本はイラン・アザデガン油田からの撤退、中国との東シナ海大陸棚油田調査での対立、ロシアとのパイプライン交渉の失敗・サハリン1・2でのロシア権益の拡大など、石油・天然ガスなど資源確保に積極さは全く見られない。「不安定の弧」(麻生太郎)などと大上段に構える、海自によるインド洋での給油活動をめぐる議論だけが空回りしている。むしろ、焦点化することによって、今日、世界で進みつつある現実から目をそらし、欧米メジャーによる日本エネルギー支配構造の隠蔽をしようとしているのではなかろうか。8月5日付けの日経は、「ベネズエラから日本に原油出荷・三井物産など」という目立たない見出しで、国際協力銀行の支援を受けた200万バレルの「融資買油」契約の記事を載せているが、こうした取り組みこそ必要とされる。
【出典】 アサート No.360 2007年11月17日