<<トランプ=「共和党の最大の敗者」>>
周知のように、2016年の米大統領選の際に、リベラル派のドキュメンタリー映画監督・活動家であるマイケル・ムーア氏は、大手マスコミの圧倒的な予想に反して、民主党候補のヒラリー・クリントンを、ニューヨークの不動産王から極右政治家に転身したドナルド・トランプが打ち負かすだろうと予測し、この予測が見事に的中してしまったのであった。そのムーア氏が、今回、2022年11月8日の米中間選挙について、大手マスコミの「赤い津波」=共和党圧勝予測に対して、逆に「青い津波」=民主党圧勝予測を対置したのであった。 中間選挙の結果は、最終的にはいまだ未確定ではあるが、共和党の「赤い津波」は実現せず、「さざ波」程度にまで縮小し、トランプ氏自身の期待を完全に裏切る結果となったのであった。とりわけ、トランプ氏再選が盗まれた、選挙そのものが不正であったと主張する「選挙否定派」が 多くのの地域で落選相次ぐ事態となり、トランプ氏は怒りに任せて、またもや不正選挙を叫ぶ醜態を演じている。
これまでトランプをほめそやしおだててきたはずの保守系ジャーナリズムを束ねる億万長者ルパート・マードックのメディア各社 : フォックス・ニュース、ニューヨーク・ポスト、ウォール・ストリート・ジャーナルは、軒並み、トランプ氏を非難、ウォールストリートジャーナルの社説は、トランプを「共和党の最大の敗者」と決めつけ、ニューヨーク・ポストは、表紙に「トランプが共和党中間選挙を妨害した方法」と報じる事態である。
ムーア氏が、「青い津波」を予測した最大の根拠は、トランプ政権によって保守系右派判事が多数を占めた米最高裁が「ロー対ウェイド裁判」を覆して、中絶の憲法上の権利を否定し、合法性の判断は各州に委ねられたこと。これに乗じて、中絶非合法化へ道を開き、南部の保守的な州を中心に、26州が事実上の禁止を含む厳しい規制を設け、保守系右派がこぞって中絶禁止に動き出したこと。こうした事態に激怒した有権者、とりわけ女性と若者が、大規模な「青い津波」を起こすという、実際の有権者の動きとその切実な声を高く評価したものであった。
そのことは、共和党のバージニアの幹部自身が、「共和党は中絶問題の強さを過小評価していた」ため、黒人、ヒスパニック、アジア系といった多様なコミュニティでうまくいかなかった、「共和党は多様なコミュニティーにリーチできていない」と語っており、「全国的に見れば、それは間違いない。そして、ここバージニアでは、60対40で民主党に有利な問題」であったと述べている。実際に、出口調査では61%が最高裁判決に「不満」もしくは「怒りを感じている」と回答し、60%が中絶は「合法化されるべきだ」と答えている。投票で最も重視した問題として「中絶」は27%で、「インフレ」の31%に次ぐ関心の高さであった。
さらにこの中絶の権利を、中間選挙と同時に実施に持ち込んだミシガン、カリフォルニア、バーモントでは、住民投票で中絶の権利を保障する州憲法改正案を提示し、いずれも可決されたのである。
当然、多くの女性や若者の投票を促し、投票率も高くなっている。これまでの中間選挙は通常、38%から40%程度であったものが、大統領選挙の投票率、58%~66%(2020年)に匹敵し、それを上回る可能性が高い、とみられている。
出口調査によると、18歳から29歳までのZ世代とミレニアル世代の有権者の63%が民主党に投票し、35%が共和党に投票。ミレニアル世代を中心とする30歳から44歳の人々は、51%が民主党に、45%が共和党に投票している。さらに、若い有権者は、メディケアフォーオール、グリーンニューディール、学生債務の帳消しといった明確な進歩的政策を支持する傾向がすべての年齢層の中で最も高いことが明らかになっている。民主党左派のオカシオ・コルテスは11/10のツイートで、民主党が「赤い波」を打ち消すことができたのは、若者の投票率が大きな要因であると強調している。
その象徴が、元「March for Our Lives 命のための行進」の活動家で25歳のGeneration Z. Z世代のメンバーであるマックスウェル・フロストで、フロリダ州オーランド地域の代表として、同世代で初めて下院議員に選出されたのである。
<<「青い壁」が「醜い赤い波」を食い止めた>>
ムーア氏は、「青い津波」=民主党圧勝の「最大のハードルは、民主党だ」と断言する。「とてもがっかりさせられるし、どうやってこれを成功させるのか、私でさえ疑問に思うほどだ。民主党のコンサルタントは、あまりにいい加減で弱い路線を流している。……我々は非常に重要な選挙の崖っぷちに立っているが、我々の最大の敵は民主党そのものかもしれない」と述べる。
投票日の翌日、11/9、ムーア氏は「マイクの中間選挙・津波の真相」(Mike’s Midterm Tsunami Truth)#41で、以下のように述べている。
・民主党が予想された「赤い波」をかわし、もし何らかの理由で選挙の日に青い津波を起こせなかったとしても、2番目に良い選択は、赤い波を起こさないようにすることだと、みなさんが分かっていたことが素晴らしいです。共和党の赤い波の予想を阻止するために「青い壁」を作ったことに感謝しています。
・昨夜は心強いニュースがたくさんありました。バーモント州、カリフォルニア州、ミシガン州、ケンタッキー州で妊娠中絶の権利に関する法案が可決され、モンタナ州もそれに続く勢いである。メリーランド州とミズーリ州ではマリファナが合法化された。多くの州で中間選挙の投票率が過去最高を記録した。
・もう一度、醜い赤い波を止める「青い壁」を作ってくれた皆さんに、心から感謝します。
ムーア氏は、「嘘は、真実の前にさらされたとき、短い賞味期限しか持たない。だから、大多数の人々と8000万人の無投票者の両方を真に活性化し、受け入れる方法を考えよう。そのための一つの方法は、公約を実行に移すことです。富裕層に課税し、労働者階級とその家族を支援し、すべての女性は平等であり、私たちは読んで行動し、愛する、市民的に活動する批判的な思想家の新しい世代を作り上げるのです。」と強調している。
バイデン政権は上院を維持したことで、最悪の結果は免れたが、共和党が「勝利」を宣言した下院選で最終的に多数派を失えば、議会で予算案や重要法案を思うように通せなくなり、政権運営が難航するのは必至である。この米中間選挙の結果は、結果的には、「赤い波」でも「衝撃の青い勝利」でもなく、民主党の勝利というより、共和党の自滅・敗北である、と言えよう。。
そして、最大の問題は、この選挙期間中、アメリカが世界中に展開する途方もない軍事的・帝国的プレゼンス、対ロシア・対中国への制裁政策、核戦争をも招来しかねない核先制攻撃政策への転換等、政治的経済的危機をより一層激化させるバイデン政権の緊張激化政策について、共和党はもちろん、民主党内左派まで含めて、緊張緩和・平和政策への転換に固く口を閉ざしたこと、今や軍・産・議会一体となった、この選挙の真の勝者について、一切不問に付されたことが看過されてはならない、と言えよう。
(生駒 敬)