【書評】吉田繁治著『金利と通貨の大転換』(2023年11月 ビジネス社 2,200円+税)
福井 杉本達也
1「猫の目相場」の金利と通貨の変動
12月16日付けの日経新聞は「日本国債『猫の目相場』」との見出しで、新発10年債利回りは15日、一時、前日比0.05%上昇し0・705%を付けた。14日には米連邦公開市場委員会(FOMC)後の米金利低下が波及し、前日比0.06%低下する場面があった。」と書いている。円・ドル為替レートは、11月13日の150円38銭という円安相場から、日銀の植田総裁が参議院でマイナス金利の解除と受けとられる発言をした12月7日には141円70銭、FRBの「米利上げ事実上終結」と報道された14日には140円94銭へ、大きく変動し、その後15日には142円15銭に戻している。「日米金利差を背景とした円売り・ドル買いは逆回転を始めている」(日経:2023.12.17)としているが、どうして、「円安亡国論」がいわれる150円台まで対ドル相場が下がったのか、また、最近の「猫の目」といわれる極端な為替変動はどうとらえるべきなのか。本書はその解を示している。
2 第二次安倍内閣の「異次元緩和」とその出口
「2013年からの8年で500兆円の国債を日銀が買うという方法で」「銀行・生保・政府系金融の当座預金に、円の現金を供給した」が、国内では空回りし、「当座預金の増加分の58%をドル証券や預金として米国に貸し付け」、「ドル買い=円売りが超過すればドル高で、円安になる」。「円が過小評価され、ゼロ金利の日本が約5%の金利があるドル債を買っているためドルが過大評価」されているのである。米国は、アフガニスタンやイラク、シリアやウクライナ・ガザなど世界各地で戦争の火をつけ廻り、軍事費の負担に喘ぎ、共和党の反対で債務の上限も制限されるような財政赤字を補填しているのが日本なのである。著者は「日本は、どこまで米国への忠誠を続けるつもりか?」と問いかけ、「いや日本人が忠実なのではない。政治家と官僚が忠実なのである」と回答する。「米ドルと4%の金利差があれば、銀行や生損保がドルを買うに決まっている。」「日銀が奨励している」。
しかし、今後、日銀は「ゼロ金利」を脱却し、米欧のように利上げできるのだろうか。平均残存期間が8年の1200兆円もある既発国債は、金利を2%上げれば17%下がる。国債を持つ日銀と金融機関は180兆円の含み損を抱えることとなり、債務超過の陥り、政府が発行する新たな国債を買う余力がなくなる。著者は「インフレ3%であっても長期金利を1.0%以上には上げることはできない。2%から銀行危機と財政危機になる」と見ている。
3 変動相場制とは
1971年まで米ドルは金と交換ができた。金はドルの価値を保証している重要な金属である。ところが、ベトナム戦争で経常収支が赤字に転落した米国は、金とドルの交換を停止した。「価値のアンカーを失った世界の通貨は固定相場から…変動相場制に移行した」。「金の裏付けがない信用通貨での変動相場制は5000年の世界史でははじめてだった」。基軸通貨とはキー・カレンシー、「価値の固定軸になる通貨」である。「変動相場は金との関係が切れた信用通貨のドルが価値の安定した基軸ではなくなったことを意味する」。「外為市場の自然では、経常収支が長期にわたって赤字なら通貨は下がる」、「他方、経常収支の黒字国の通貨は上がる。これが変動相場を成り立たせる原理である」はずなのだが。
4 ペトロダラー通貨システム
「ドルの相対価値が変わる変動相場」において、「基軸通貨」としての地位を守るというのは全くの矛盾である。「米国が40年もの長期間貿易赤字であってもドルを増刷して支払えば、相手国は基軸通貨だからと受け取る」、「米国は、輸出を増やして輸入を減らして貿易を黒字にする産業界の努力がいらず、FRBと銀行がコンピュータのキーを叩いてドルの増刷を続ければいい」。「経常収支の赤字がいくら多額に続いても、ドルを増発して海外に渡せばいい」という地位を50年も保つことができるというまことに不思議な解を与えたのは、11月に死亡したニクソン政権の国務長官キッシンジャーである。キッシンジャーは、金の価値の裏付けがなくてもドルが基軸通貨を続ける手段を考えた。1974年、キッシンジャーは産油国・サウジに出かけ、当時のファイサル国王に、米軍が駐留して王家の体制を民主革命から守る。その交換条件として原油をドルで売ることを提案した。「世界は、原油を必需のエネルギーとして産油国から輸入しなければならない」、原油は「米ドルでしか買うことができない」、「米国以外の国がドルを得るには経常収支を黒字にして、ドルの外貨準備を貯めておかねばならない」、貯めたドルは「米銀またはFRBに預金するか、米国債を買う」ことによって、再び米国に還流するというシステムである。
5 BRICS通貨の登場
米国は、2022年2月にウクライナ侵攻したロシアへの金融制裁として、通貨の国際送金網であるSWIFTからルーブルを排除した。SWIFTから排除されると、ドルとの交換ができず、貿易ができない。「金融の核兵器」である。しかし、ロシアは人民元のCIPSを利用し、人民元とルーブルを交換した。また、インドとも相互の通貨で原油取引を開始した。グローバルサウスの国々は、自分たちもSWIFTから排除されるのではないかと危惧した。そこで、今年8月、BRICSが連合し「金ペックとされる新国際通貨(仮称BRICSデジタル通貨)に結成会議」が開催された。世界経済の成長の重心はBRICS+産油国+グローバルサウスに移行している」。欧米日は中国のマネー・パワーを「過小評価したい願望を持っている。ロシアには、膨大なエネルギーと鉱物資源がある…20年後には世界最大のエネルギー・資源供給大国」になり、「ルーブルの価値の裏付けなるものは、金と資源である」。BRICS+産油国は「2023年後半期から相互の貿易決済に使うデジタル通貨になっていく」。「ドル基軸のG7がBRICS加盟予定国と逆転された時期と認識しなければならない」。「加盟国間の貿易では、現在のドルの外貨準備がいらなくなる。そこで通貨加盟国のドル準備(推計7兆ドル:980兆円)の売りが始まり、ドル下落になっていく。1年に7000億ドル売っても98兆円のドル売りになる…ドル体制は縮小していく」、「ドル支配の終焉と同時に日本は資産を失う!そしてデジタル通貨戦争でロシアと中国が勝つ!?」と著者は予測する。まさに、今、読むべき著作である。