【投稿】根拠なき「南海トラフ地震臨時情報」の発表と岸田首相の中央アジア歴訪中止
福井 杉本達也
1 「南海トラフ地震臨時情報」の発表
8月8日に宮崎県で震度6弱の揺れを観測したマグニチュード7.1の地震が発生し、気象庁は南海トラフ地震の想定震源域で大規模地震が発生する可能性がふだんと比べて高まっているとして「南海トラフ地震臨時情報」を発表した。8日の地震以降、日向灘や大隅半島東方沖では地震が相次いでいて、11日にも、日向灘を震源とする地震があり宮崎市で震度3の揺れを観測している。気象庁は巨大地震に備えて防災対策の推進地域に指定されている29の都府県の707市町村に対して地震発生から1週間は地震への備えを改めて確認してほしいと呼びかけている。
2 政府発のファクト情報を広げる岸田首相
政府は国民に偽・誤情報を流すなと警告するが、政府自らが出す情報発信は社会や人間心理に与えるダメージはよほど重大である。岸田首相は、今回、不必要に「南海トラフ地震」の不安を煽り、偽・誤情報の素地を作り出した。政府が発信する情報、それを垂れ流すNHKはじめ大手メディアの報道は、今回、社会的な混乱、社会心理、人々の選択行動に与えている。
現在の知見では地震は予知できず、気象庁が地震発生の予知情報を出したわけでもない。しかし、岸田首相の中央アジアへの外遊が突然中止され、日本社会に誤ったメッセージを出してしまった。外遊を取りやめるほどだから、やはり危険性が迫っているかもしれないという不安と自粛ムードを広げ、宿泊キャンセルなどの実害が広がっている。イベント・海外訪問・海水浴場などの中止広報が引き起こした社会混乱が大きい。自粛こそ美徳、正しいという空気感の醸成が懸念される。岸田首相は、9日、「国民の皆さんにおかれては、このような情報の性格をよくご理解いただいた上で、夏休みに伴う旅行、帰省なども含めて、日常の生活における社会経済活動を継続しつつも、1週間、家具等の転倒防止対策など備えを再確認し、地震が万が一発生した場合には直ちに避難できるような態勢をお願いします。」(岸田文雄:2024.8.9)とツイートした。一週間という、科学的根拠ではなく国民が我慢できる限界までさせる。他方、冷静に日常通りの生活でよいというならなら、「巨大地震注意」に何の意味があるのか?
気象庁が発出した「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」は「予知情報」ではないのに、「予知情報」であるかのように錯覚させる非常にミスリーディングなものである。首相が行うべきは「地震は日本列島いつでもどこでも起き得るが、現在の知見では予知不可能なので、普段どおりの生活をしつつも、備えはしておいてほしい。」というようなメッセージで、予定どおり外遊に出発し、混乱を最小限に食い止めることではなかったかのか。
3 地震を予知する科学は存在しない
地震を予想、予測する技術は存在しない。天気予報は流体力学を応用できるが、地震は計算する方法がない。地震学者の島村英紀氏は「天気予報は、地球の現象を相手にするわけだし、同じ気象庁が担当しているものだから、一見、地震の予知と似ているように見えるかもしれない。しかし、この2つには根本的な違いがある。天気予報には、まず、豊富な空間的データがある。…肝心の地震が起きる場所である地下のデータがなにひとつない地震予知とは、大変に違う…地震の予知は短期の天気予報とは違う。それは地震には、地下で岩の中に力が蓄えられていって、やがて大地震が起きることを扱える方程式は、まだ、ない…地震予知は、物理学者が扱うような科学や天気予報とは別もである。このことが世間にはほとんど理解されない」(島村英紀『公認「地震予知」を疑う』2004.2.29)と書いている。
2023年12月1日の東京新聞の『「南海トラフ地震はえこひいき」証言が始まりだった 発生確率「80%」が水増しと暴いた小沢慧一記者に菊池寛賞』において、「地震学の実情について橋本(学)氏は『国の予算を得て成り立ち、役に立つことだけを求められる。学問の実力は、その期待に追いついていない』と明かす。『われわれは数万、数億年の地震活動の一瞬だけを見たに過ぎず、地震がどういうものか、研究者もよく分かっていない。その程度のものと理解してほしい』…鶯谷(威)氏は『嫌がられても問いを繰り返し、政府の発表の垂れ流しでなく、納得できたことを報道してほしい』と記者の自立性の強さを強調した。橋本氏は『権威を疑い、おかしいことにはおかしいと声を上げること』」(東京新聞:2023.12.1)だとしている。
「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」なるものは極めてミスリーディングで著しく不適切である。
4 岸田首相の中央アジア歴訪の中止について
福井新聞では「岸田文雄首相は9日から予定していた中央アジアのカザフスタン、ウズベキスタン、モンゴル歴訪を中止した。8日の南海トラフ巨大地震の注意情報発表を受け、国内の危機管理対応を優先すべきだと判断した。」(福井:2024.8.10)としているが、事実かどうか全くあやしい。日経は「日本と中央アジア5カ国は官民でビジネス上の協力を推進する。日本企業40社ほどが脱炭素やデジタルなどに関する事業案件を発表した。ロシアによるウクライナ侵略を機に、中央アジアは地政学上の重要性が高まっており、日本政府も支援する。」(2024.8.11)と書いている。周知のように、中央アジア地域はロシアと中国の間にあり、米国としてはロシアと中国、インド、イラン関係に何としても楔を打ちたい地域である。属国日本が金を出し、米国が政治介入する狙いがある。既に中国からは「中央アジアの戦略的な地位が重要で、かつ自身に経済・社会発展の大きな需要と潜在力 があるため、国際的な関心が高まっている。しかし中央アジアは地政学的な駆け引きやゼロサムゲームの舞台になろうとしない。日本が中央アジアと歩み寄ることに非難すべき点はないが、考え方を正さず米国による中国けん制、さらには抑制という戦略的な計算を混ぜるのであれば、中央アジア諸国との関係強化の効果が大幅に割り引かれることになる。」(中国網:2024.8.5)と、歴訪についての警告が出されており、「注意情報」にかこつけて中止したというのが真相であろうが、その指令が米本土から出されたのかどうか。最近の岸田首相の外交ストップを見ると、米本国の外交も内戦状態でストップしつつあるのではないか。「南海トラフ」は米国の混乱の余波を受けたのではないかと勘繰りたくなる。