【本の紹介】「教育費破産」を読んで—現代の大学事情を知る
安田賢治 著 祥伝社 発行 2016年11月 760円+税
本書は、大学進学に係る費用や奨学金、国立と私学、都市圏と地方の大学などを比較しつつ、教育費によって学生や家族が大きな負担を強いられている現実を描き出そうとしている。ただ、私が興味を持ったのは、自分の学生時代と比較して、様変わりする現実であろう。
特徴的な変化を挙げてみよう。まず、大学進学率の変化である。1976年に、大学・短大・専修学校への進学率は、42.7%であった。2015年には、それが79.8%に上昇、8割が進学している。その5割が4年制大学に進学する。大学進学者は、60年前に10人に一人、30年前に4人に一人、そして昨年は2人に一人、と急激に増えている。一方、短大進学者は1996年をピークに急落。女子の4年制志向が強まっているためである。
進学希望に応え大学数も増え続けた。1956年大学は228校、65年は317校、73年405校と増えつづけ、2003年には702校、2015年には779校となった。
一方、大学進学者は増加しているものの、少子化の影響もあって定員割れの私学を増加させ、「大学で中学校の授業をしている」ような状況も生まれているという。受験生が最も多かったのは、1992年で18歳人口は205万人、それが2015年は120万人に減少。大学志願者も92年は92 万人、入学者は54.2万人いたが、2015年は志願者66.2万人、入学者は61.8万人。大学が入りやすくなったと著者は語る。
次の特徴は、大学進学にかかる費用負担の増加である。
国立大学の初年度納付金は81万7千円、私立大学のそれは、文系の130万円弱から、医学系の700万前後まで、かなり相当高額になっている。こうした費用負担の増加の影響と世帯収入の減少から、「浪人」しても志望校をめざすということが減少しているという。「志願者から入学者を引いた浪人候補者数は、92年には37.8万人だったが、昨年は4.4万人にまで激減している。」
また、学生運動が沈静化した1970年代後半以降、学費は毎年のように値上げされてきた。1990年代以降は、少子化と世帯収入の減少という状況を受けて、値上げ幅はやや横ばいとなり、国立大の場合、2005年以降値上げが行われていないという。
進学させる家族の経済状況が厳しくなり、一部の難関大学や医学部系を除くと浪人しても志望校へ、という流れは減少し、浪人せずにランクを下げても入学するという傾向が強くなっている。近年、大きな予備校が閉校するという報道があったと記憶しているが、背景には「浪人」の減少があるようだ。
「夜学」も減少している。志願者も減り、夜間学部の閉校が続いたためだ。ともかくも大学が入りやすくなったことが原因のようだ。
勤労世帯の収入は、減り続けている。その中で、大学進学をめざそうとすれば「奨学金」に頼らざるをえない。しかし、高い学費の私学進学で下宿ともなれば、卒業時に多額の借金を背負うことになる。
「国税庁調査による給与所得者の2014年の平均年収は415万円、国立大学の初年度納入金は81万7千円であり、年収の20%にもなる。私立大文系だと31%、私立大理系だと39%で、ほぼ4割になる。」30年前は平均年収320万円で、国立大の初年度納入金は、年収の14%であり、「年収は増えているものの、それを上回る学費の高騰ということがわかる。」
そこで、奨学金に頼らざるをえない。奨学金には2種類ある。給付型と貸与型である。給付型は、大学が優秀な入学者に給付するわけだが、返済不要であり、私立大に数多く設けられている。貸与型が充実しているのが、神奈川大で、文系で年間100万円、理系で130万円、自宅外通学者にはさらに年間70万円が給付され、4年間で最大800万円になる。ただし、入試成績、進級時の成績点検など、4年間給付されるためにはハードルも高い。
一方、貸与型では、独立行政法人日本学生支援機構(JASSO 旧日本育英会)の奨学金制度がある。無利息と利息付があるが、第1種の無利息型では私学で自宅外の場合、最大で6万4千円もらえ、4年間で総額307万余になる。18年間の返済で月14,222円を返済する。一方第2種の利息付では、最大月12万円、4年間で576万円、返済は20年利息込みでは総額614万円余の返済が必要となる。(実質金利ベースの場合)
一方、返済滞納者は、2015年調査で17万3千人、4.7%となっている。2011年調査からは改善されているも、返済に苦しむ卒業者は多い。経済が右肩上がり、年齢と共に給料の増える時代ではない。卒業後も転職や失業、不安定就労の可能性も高い。経済が激変している以上、貸与型の奨学金制度は制度疲労を起こしていると著者は指摘する。
次に著者が指摘するのは、進学先の傾向である。
家計の困難が増す中、より費用の掛からない方向へのシフトが強まっている。国公立大志向、地元公立大学志向が強くなっている。また、看護学科は、受験人口ピークの1992年には全国9大学だったが、「今や全大学の3校に1校、250大学以上に設置」されるようになり、全国47都道府県にある。看護の高度化も関係している。
同様の傾向だが、首都圏では主要大学の「関東ローカル化」が進んでいるという。文科省調査によると、2005年の東京の大学への1都3県(東京・神奈川・千葉・埼玉)からの入学者は約8万2千人、東京の大学の全入学者の63.5%だった。2015年になると2万人増えて10万2千人、68.4%となった。特に私立大学のそれは69.2%で全大学よりも比率が高い。地方から下宿をさせても都市部の大学へ行かせることができる世帯というのが少なくなってきているということであり、地方で地元大学志向が強まっていると考えられる。
教育費3000万円の時代と言われている。保育所・幼稚園から大学卒業まで、多額の費用が掛かる。本書第5章は「学歴をお金で買う時代――格差の再生産」と題されている。
本書は、大胆な問題提起をしているわけではない。ただ、丁寧に現在の大学教育をめぐる現状を描き出し、家計と費用の面から現状の大学進学がどのように選択されているか、奨学金等のリスクなどを明らかにしている。著者が、長く大学関係出版社に携わった方であり、事情にくわしい。「教育費破産」という題名は少々刺激的だが、こうした情報の積み上げにより、格差と貧困が進む日本の大学事情を明らかにしていると思われる。まだ学齢期の子供を持つ世代にとっては、大学情報満載の書でもある。
本書を取り上げたのは、学生運動が元気だった時代を考える時、大学そのものの変化を見る必要があると考えたからでもある。そういう意味で現代の大学事情を俯瞰できる書とも言えると思うのだが。(2017-03-21佐野)
【出典】 アサート No.472 2017年3月25日