【投稿】安倍価値観外交の新局面とオルタナティブファクト

【投稿】安倍価値観外交の新局面とオルタナティブファクト
             ―排外主義・人権軽視・ポスト真実―

<経済問題は先送り>
 安倍訪米に先立つ2月3日、韓国訪問を終えた国防長官マティスが来日した。
 同日の安倍との会談でマティスは「尖閣諸島は安保条約5条の適応範囲」「この地域での日本の施政権を損なう様ないかなる一方的な行動に反対」と述べ、従来のアメリカ政権の立場を踏襲することを明言した。
 大喜びの安倍は「日本の防衛力強化と役割拡大」「普天間基地の辺野古移転推進」と大盤振る舞いを約束し、早速6日には辺野古での本格的な海上工事を開始するなど、宗主国のご機嫌をとる植民地の現地吏員ばりの動きを見せた。
 今回の日韓歴訪を日本政府はアジア重視の表れとしているが、16日からのNATO国防相会議は既定方針であり、スケジュール調整の範囲内であろう。尖閣問題については、オバマ政権と同一の見解が示されたにすぎないにもかかわらず、トランプ政権がかました事前のハッタリに見事に引っかかったのである。
 翌日稲田は稲田で、自分とマティスの似顔絵が包み紙にプリントされた「バレンタインチョコ」をプレゼントするなどまたしても軽率さを発揮した。これに対しマティスも「私は1972年、少尉の時日本に赴任した。稲田大臣の生まれるずっと前と思うが」と1959年生まれの稲田に対し、歯の浮くようなお世辞を言い、在日米軍に関する経費の負担増は求めないことを明らかにした。
 こうしたなか3日ハワイ沖で、日米が共同開発を進める弾道弾迎撃ミサイルの発射実験が成功し、軍事同盟強化を祝福する花火となった。一連の会談で、日米首脳会談の懸案の一つである安全保障問題の地ならしが行われ、肩の荷が半分降りた形となった安倍は、4日にはゴルフに興じ首脳会談に備えた。
 これに対し中国政府は、米韓でのTHAAD配備推進という事態も踏まえ、東アジアでの日米韓軍事同盟の強化に懸念を示しが、トランプは安倍訪米直前の9日、習近平と電話会談を行い「一つの中国」という中国の主張を尊重するアメリカ歴代政権の見解を踏襲すると述べた。
 「一つの中国政策の見直し」というハッタリを、成果なしに自ら取り下げた形となり、日本に対する対応との違いが際立つこととなった。政府専用機上でこの知らせを聞いたであろう安倍は11日、ホワイトハウスに到着し、のっけから「19秒の握手」というトランプ流の術中に嵌った。しかし結局日米首脳会談は、米墨がドタキャンされたため、イギリス、ヨルダンに続く3番目となり、1989年、ブッシュ初会談に臨んだ竹下登を超えることはできなかった。
 こののちフロリダのトランプ別荘でも行われた一連の会談は、友好、親善のみが強調されたものとなった。経済問題については協力関係の推進は確認されたものの、具体的な課題は話し合われることとなく、日米経済対話を設け「麻生―ペンス」ラインに丸投げされる形となった。
 軍事同盟に関しては、共同声明でも先のマティス訪日で協議された内容を確認することに止まり、インパクトやサプライズは無しで終わるかに思えた。しかし一連のイベント最終日、皮肉なことに北朝鮮が弾道弾発射という祝砲をプレゼントし、緊急の共同会見で結束をアピールできたと言うおまけがついた。
 政府与党、官邸は今回の会談をほとんど手放しで評価しているが、トランプは為替や貿易不均衡の問題を言わなかっただけで、「一つの中国見直し」のように撤回はおろか修整したわけでもない。
 
<「トモダチはアベだけ」>
 今回トランプが対日要求を控え、安倍を破格の厚遇で迎えたのは、政権の態勢が整わないことと、就任直後からの強引な政策で、政権を取り巻く状況が急激に悪化したことが要因であろう。
 経済問題については、トランプ政権の体制が整い、経済対話が始まればFTAを含めた要求が出てくるだろう。後者については、中東、アフリカ7カ国からの入国禁止措置が決定的であった。アメリカ国内の反発はもちろん、多国籍企業やドイツ、フランスイタリアなどG7各国首脳、国連、からも批判や懸念の声が上がった。
 初の首脳会談を行ったイギリスのメイも帰国後議会で批判を浴び、間違っていると述べざるを得なかった。安倍の次にトランプと会談したカナダのトルドーはトランプ流の握手を巧みにいなし、「多様性こそ重要」という主張を貫いた。
 こうした中、安倍は国会の答弁でも「コメントは差し控える」の一点張りであり、事実上トランプの措置を容認していることを示した。これに対し「日本は従前から移民、難民の受け入れに消極的だから」との声もあるが、旅行や商用、親族訪問、グリーンカード保持者の再入国も止めるのは次元の違う問題である。
 国内外で四面楚歌の状況にあるトランプにとって、唯一ともいえる理解者として登場した日本の総理を、破格の厚遇で迎えたのは当然である。それを臆目もなく喜々として受け入れる安倍は、同じメンタリティを持つと思われても仕方がない。
 以前安倍は「オバマと私はケミストリーが合う」と言いながら盛大に外した。今回はトランプが「アベとはケミストリーがあう」と言ってくれている。安倍もウマが合うと言っているが、ロディオの暴れ牛トランプの背中に必死にまたがるカゥボーイのようでもある。
 真実に依拠せず、自分の思い込みに依存する政治手法や、一連の政治主張、国内外政策において二人の一致するところは多い。安倍は3月にもトランプの代弁者のごとく訪欧しメルケル、オランドと会談する意向というが、それぞれの国内でトランプとの連携を図る「ドイツのための選択肢(AfD)」や「フランス国民戦線(FN)」と対峙する二人に何を話すのか。安倍とウマが合うのはルペンらの方であろう。
 今回の訪米は、安倍がトランプという「トモダチ」を得て排外主義・人権軽視・緊張激化・自国第一を軸とする自身本来の価値観外交に踏み出した第一歩となったと言える。

<ポスト真実の先駆者>
 翻って、先進国の国内政治におけるポスト真実の世界的先駆者は、まぎれもなく安倍であろう。訪米に先立つ2月3日、衆議院予算委で民進党からトランプへの手土産にGPIFの年金資金を持参するのか、と問われ「私には権限はない、そんなことを約束したら詐欺だ」と反論、7日にも重ねて追及されたところ色をなして「デマだ」と逆切れを起こした。
 この問題は経産省のリークで、GPIF所管の厚労省、経済問題の対米窓口である財務省とも未調整だったと言われており、9日なって世耕が麻生に対して弁明を行った。
 しかしそれは省庁間の問題で、官邸内でこの絵を描いたのは経産省出身の総理秘書官と言われており、安倍が承知していないはずがないのである。この間の論議は手続き論に終始しており、年金資金投入自体の是非については示されておらず、今後「私に権限はないがGPIFが投入を決めたので尊重する」と白を切るだろう。
 さらに2月1日の同委員会では南スーダンの自衛隊派遣部隊で死傷者が出た場合、辞任する覚悟はあるのかと問われ、安倍は「その覚悟を持たなければならない」と大見得を切った。
 しかし、8日の同委員会で昨年7月「ジュバで戦闘」と記した派遣部隊の日報を、防衛省が隠蔽していたことが発覚した。
 ジュバでの事態について、現地部隊は軍事常識として日報に「戦闘」と記載した。政府軍と反政府軍で戦闘が発生すればPKO5原則が瓦解、それでも部隊が撤収しなければ憲法9条に抵触する。そのため稲田は答弁で「法的な意味での戦闘ではなく武力衝突」と食言した。
 その稲田自身、報告を受けたのは日誌データ発見から一月後の1月27日であり、制服トップの統幕長も知ったのは25日というお粗末さである。今回の事態はアフリカ大陸へのプレゼンスを巡る中国への対抗から「一旦派兵すれば撤退しない」という帝国陸軍を思わせる官邸の意向を忖度した防衛官僚と、権益擁護に汲々とする一部制服組の結託が引き起こしたと言える。
 戦闘という事実はなかったことにされ、武力衝突という「オルタナティブ・ファクト」が独り歩きし、情報公開と文民統制は蔑ろにされた。今後も「不都合な真実」は次々と出てくるであろう。
 その第1弾が「国有地払下げ問題」である。大阪府豊中市にある国有地が不当な廉価で「神道教育」を謳う学校法人に払い下げられた。法人は、安倍昭恵さんを名誉校長に戴き「安倍晋三記念小学校」設立を目論んでいた。 
 安倍は2月17日の衆院予算委で興奮しながら「私や妻が関わっていたのなら、首相も議員も辞める」と述べることで、かえって売買は問題だと認めてしまう事態となった。
 こうした暴政、失政、不祥事に対する反対の声を押しつぶすため、安倍政権は共謀罪の成立に躍起になっている。安倍は同委員会で「正当な団体でもその目的が犯罪の実行となった場合は取締りの対象となる」と、共謀罪の適用範囲を恣意的、無制限に拡大する可能性を明らかにした。
 安倍は繰り返し「テロ等準備罪」が無ければ東京オリンピックが開催できないと言っているが、テロと無関係な人々の入国を禁止する暴挙を肯定するかのような振る舞いこそ、オリンピックにとっては有害であろう。
 共謀罪の最大の標的は沖縄の反基地運動である。沖縄平和運動センターの山城議長は「威力業務妨害罪」等で逮捕された後、約4か月の長期間拘留され続けている。これは事実上の予防拘禁であり、共謀罪が成立、施行されればこうしたことが常態化され、全国の市民運動、さらには労働運動に拡大される危険性がある。
 安倍政権は国会での論議を踏まえないまま、3月10日にも閣議決定を目論んでいる。真実を伝え、広めようとする動きを封殺し「偽りの事実」を社会に蔓延しようとする動きを押しとどめなければならない。(大阪O)

【出典】 アサート No.471 2017年2月25日

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