【投稿】 米国の凋落と安保法案

【投稿】 米国の凋落と安保法案
                           福井 杉本達也 

1 米国の経済は復調していない
 米国経済が復調し、FRB(米連邦準備制度理事会)は量的緩和を抜け出し、秋にも利上げに踏みきるとの論調が新聞紙面を埋めている。米国経済はあたかも2008年のリーマンショックを完全に克服したかのような論調であるが、本当だろうか?対して、中国を始めとする新興国の景気は下降局面にあり、中国の成長率が7%台から6%台に下がったから不況だ・バブル崩壊だ、通貨下落の恐れがあると大騒ぎする(参照:日経社説:2015.6.14)。
 リーマンショックによる米金融機関の巨大な損失はいつ解消されたのか。2008年以降は高成長を続け不良債権は雲散霧消したなどという話はとんと聞いたことはない。FRBは量的緩和により不良債権の先延ばしを図ったことだけである。不良債権はそっくりそのまま残っている。「戦争」「憲法」等、いくら『物忘れの進んだ』日本人とはいえ、7,8年前のことを忘れるものではない。CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)は、対象の債権がデフォルト(支払不能)になったとき、回収を保証する保険であり、CDSをかけると、不良債権も正常債権と見なされる。その保証料(リスクプミアム)は、$5930億(71兆円)もあって、元本である債権額($16兆:1920兆円)の3.7%に相当し、短期金利がゼロの現在、とても高いもので、回収が危ぶまれる不良債券が相当数含まれる。BIS(国際決済銀行)発表の統計によると、シャドー・バンキング(金融当局の規制逃れのため、銀行ではない投資銀行やヘッジファンドなどの金融機関(銀行の子会社を含む)が行う金融仲介業務=影の銀行)は、2008年のリーマン危機で、$20兆(2400兆円)から$16兆(1920兆円)にまで、不良債権の発生によって$4兆(480兆円)の資産額を減らしている。「480兆円の損失は、金融機関の有価証券 報告書での損失としては、計上されてはいない」、巨額損を計上すれば、米国の全金融機関が債務超過となって、取付けが起こるからであり、 米国政府は、「(時価にでは含み損を多く含む)デリバティブも、その理論価格(額面など)を計上し、損失は計上しなくていい」としている。「 米国の金融機関の、全部の自己資本を合計しても$2兆(240兆円)」しかない。480兆円もの損失 が生じた場合、「損失を恐れる投資家が、投資を引きあげる取付け(Bank Run)」が起こり、金融機関は破綻する。ちなみに、日本の全銀行の資産は1440兆円(15年3月)であり、米のシャドーバンキングの資産がいかに巨額化かがわかる(以上:吉田繁治:「ビジネス知識源」2015.5.31)。貸借対照表で480兆円の資産があるとして、一方、480兆円の借入金があるとして貸借が合っているように見えるが、資産が回収不能の不良債権で実際の評価が0円ならば、即、倒産ということである(子会社が焦げ付けば親会社の大手銀行も倒産、信用収縮・金融危機へとつながる)。

2 ウクライナ問題でロシアに降伏した?オバマ政権
 ロシア中央銀行は、ロシアの外貨準備高が、5月29日から6月5日までに51億ドル増えて、3,616億ドルとなったと発表した。今後、ロシアの外貨準備高を5,000億ドルまで増加する計画だという。米国がサウジと共謀して画策した原油価格暴落によるロシア経済への打撃も、今年に入り1バレル60ドル前後で推移しており、米国のロシア封じ込め戦略は完全に破綻した。むしろ、シェールオイルバブルがはじけた米国経済への重しとなって跳ね返ってきている。こうした中、5月12日にはケリー米国務長官がロシアの保養地ソチでプーチン大統領と4時間に亘る会談をしたが、米国内ではオバマ政権がロシアに屈した証だと批判されているようである(英フィナンシャル・タイムズ紙(FT)2015.5.26=日経)。
 ウクライナの命運を握るのはロシアのガスである。マケイン上院議員やヌーランド米国務次官補などの米軍産複合体・ネオコンの危険な火遊びにより、529億ドル(5兆3千億円)を抱えることとなったウクライナの債務を誰が負担するのか米欧金融資本家の暗闘が繰り広げられつつある(日経:2015.6.16)。最大の債権者・ロスチャイルド財団の米投資ファンド:フランクリン・テンプルトンは約64億ドルと、海外投資家が保有するドル建てウクライナ国債の3分の1超を保有している。次がロシアの30億ドルである(ロシアNOW:2015.6.4)。では、なぜ米国はロシアに屈せざる(?)を得なくなったのか。答えは、4月の中国主導によるアジア・インフラ投資銀行(AIIB)への英国の参加表明にある。米国がウクライナで火遊びをしている間に、英国は長年にわたるアングロサクソン同盟を破棄し中国に組する宣言した。完全に孤立した米国はロシア―中国の二正面作戦を放棄せざるを得なくなった。ここに来て、オバマ大統領の名代として、ロシア・欧州・イラン・中国と飛び回ってきたケリー長官が滞在先のジュネーブで自転車事故により重傷を負ったとの不審なニュースが流れてきた(CNN:2015.6.1)。SPに囲まれた覇権国の最重要人物が滞在先で自転車事故に遭うなどとは考えられない。

3 南シナ海岩礁埋め立て問題
 あわてた米国は5月に入り東アジアにおいて急遽「南シナ海岩礁問題」を取り上げだした。中国が埋め立てた人工島の周囲を中国の領海・領空とは認めないとして、米軍の艦船、航空機を、人工島周囲12カイリ以内で航行させるとの恫喝を行った(WSJ:2015.5.12)。これに連動する形で、日本の自衛隊もフィリピン軍と共同訓練を同海域で実施している。南シナ海の岩礁埋め立てについては中国ばかりでなく、ベトナムもフィリピンも過去から行っている。CSIS(米戦略国際問題研究所)はベトナムが実効支配するサンド・ケイの軍事施設の衛星写真を公開した。また、フィリピンが実効支配するバグアサ諸島には1970年代から滑走路がある(日経:2015.5.13)。昨年、ベトナムは南シナ海での中国の油田開発で対立し、ベトナムで反中国暴動が発生している。暴動の背景には、反共産ベトナムのアメリカへの亡命者の組織、ベトナムタンの役割が示唆されている(BBC:2014.5.16)。ベトナム人の海外居住者は年1兆円もの資金を還流させている。ベトナムの国家予算が4兆円であることと比較すれば、海外居住者の経済力の大きさが分かる(ジェトロ・ホーチミン事務所)。
 その後、中越が首脳会談で紛争の妥協を図ったにもかかわらず、今回、米国が直接南シナ海問題に首を突っ込んだ背景にはAIIB問題がある。欧州というこれまでの米国の属国を引き連れての中国主導のAIIB創設は、ドル基軸―IMF体制に対する直接の脅威であり、世界経済秩序への挑戦、米覇権体制の根幹を揺るがす一大事である。米ユーラシア・グループのイアン・ブレマは「中国の経済的影響力の拡大の別の話だ。中国はアジア・インフラ投資銀行(AIIB)の設立を提案することで、米国主導の世界経済秩序に全面攻撃を仕掛けた。中国ほど効果的に国家主導の経済力を使って影響力を拡大しようとしている国は他にない」(日経:2015.6.1)と露骨に米国の本音を述べている。
 しかし、南シナ海に米軍基地はない。この地域では「米国は小さな棍棒しか保有しない」(FT:2015.6.11=日経)。フィリピンでは、米軍は、1991年のピナツボ火山噴火にかこつけて、かつて東洋一を謳われ、ベトナム戦争時の北爆に使用されたクラーク空軍基地・スービック海軍基地から撤退せざるを得なくなった。しかも、フィリピンの憲法は米軍の駐留を認めておらず、協定は米軍が建設した施設の所有権はフィリピン側が持つことや、核の持ち込み禁止などを規定している。独立国家とは言えない日本の地位協定とは雲泥の差である。しかも、「北京の行動が明らかに不法だとは言えない」、「中国があからさまに航行の自由を脅かしているわけではない」(FT:同上)のである。

4 日本の役割
 日本は安保法制の国会審議をからめて、いたずらに中国の脅威を煽り、中国による南シナ海岩礁埋め立てを「不法行為」だと非難し、「大本営発表」を垂れ流し、米国と連動してG7でも中国を牽制する声明を出している。
 しかし、こうした行動は自らに跳ね返ってくる。日本が領有を主張する東京から1,740km南に位置する沖ノ鳥島は満潮時には東露岩・北露岩を除いて海面下となる。日本はこれを「島」と言いくるめ、「島」の周囲200カイリに広大な排他的経済水域(EEZ)を設定しているが国際的には認められていない。国連海洋法条約は、「島とは、自然に形成された陸地であって、水に囲まれ、高潮時においても水面上にあるものをいう。」とし、「人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩は、排他的経済水域又は大陸棚を有しない。」と定義している。この「島」を水没しないよう日本は膨大な予算をかけて護岸工事を行っている。中国が現在埋め立てているのは岩礁であるが、西沙諸島には他に人の住める島が多数ある。領有権を主張しても不法ではない。しかし、沖ノ鳥島が岩礁だとするならばEEZの設定は国際法上認められない不法行為である。
 AIIB加入問題で日本はアジアで完全に孤立するという大失態をおかしてしまった。逃した魚は大きかった。G7の直前の6月6日というギリギリのタイミングで、3年ぶりに再開された日中財務対話において、アジアのインフラ整備を共同で行うことで日中が合意し修復の兆しも見える。三菱東京UFJ銀行が人民元債を発行するという動きも出始めている(日経:2015.6.18)。また、岸田外相もプーチン大統領の訪日調整の為に9月までに訪ロする予定である。新聞は、情けない話だが「米国の許可待ち」と書いている。
 フィリピンを含め、ASEAN10ヶ国で米軍基地を置く国は1つもない。5月、タイ軍司令部は、ミャンマー・ロヒンギャ族難民問題にからめ、プーケット島に基地を起きたいとの米軍当局の求めを拒否し、5日以内に島から航空機と軍人を退去させるよう求めた。外国軍隊に基地を提供するような(自国領土を70年間も占領させている)国はアジアでは独立国とは認められない。まして、外国軍隊の指揮下に入るような部隊(自国軍隊とも呼べない)を持つ国は「属国」と呼ばれ、安保法案を推進する者は、その外国の利益代表者であり、一国を代表できる「首相」ではなく、「代官」と呼ぶことが相応しい。日本がアジアにおいてしかるべき地位と尊厳を確保したいならば、少しでも外交的自主判断ができる国になることである。

 【出典】 アサート No.451 2015年6月27日

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