【投稿】「戦後」の価値観をめぐる潮流と「脱成長」の社会像

【投稿】「戦後」の価値観をめぐる潮流と「脱成長」の社会像
                          福井 杉本達也

 哲学者の内山節は「戦後」をめぐって三つの潮流があるという。①高度成長とともに成立した戦後の価値観を守り抜きたい人々、②強い国家を目指して戦後を見直そうとしている人々、③新しい社会づくりを志してその視点から戦後を見直そうとする人々 がせめぎあっているとする(雑誌『世界』2014.9)

1 「劣化」する国家。
 9月11日、政府はできれば永久に隠し通そうとしてきた、政府事故調での聞き取り調査における『吉田調書』を公開せざるを得なくなった。この件で朝日新聞は「撤退」か「退避」かという日本語解釈をめぐる「誤報」?の責任を取り社長が辞任せざるを得なくなった。本来は公開すべき重要な情報を隠し通そうとした菅官房長官こそが事故原因隠しの責任をとって辞任すべき案件であるが、政権が吹っ飛ぶ恐れがあるため、朝日新聞社長の首を取ってごまかしを図ったものである。「誤報」?の伏線は官邸筋からの産経新聞への『吉田調書』の再リークに始まり、朝日新聞自らの、きわめて不自然な時期の「慰安婦問題誤報謝罪」である。
 故吉田所長は「結局放射能が2F(福島第二原発)まで行ってしまう。2Fの4プラントも作業できなくなってしまう。注水だとかができなくなってしまうとどうなるんだろうというのが頭の中によぎっていました。最悪はそうなる可能性がある」(『吉田調書』中日:2014.9.12)と述べており、「東日本5000万人の避難」=「日本壊滅」の可能性について、現場責任者である吉田氏の脳裏をよぎったという事態の深刻さこそが『調書』の核心であり、他の言葉づかいや官邸⇔本社⇔現場のやり取りなどは枝葉末節に過ぎない。我々が3年半後の今日、こうしてまだ日本に暮らしていられるのは単に“運が良かった”に過ぎない。国家滅亡の時期に「何も対処できない」国家とは何ぞや?である。そのような国家は不要である。菅官房長官が「朝日新聞誤報ショー」を企画して、必死で隠したかったことは現日本国家そのものの「無能さ」である。

2 「劣化」した官僚
 官僚の「劣化」を早くから指摘したのは松下圭一法政大学名誉教授ではなかろうか。しかし、原発事故で明らかとなったことは、「劣化」どころか「無能」そのものの官僚の群の実態であった。それをあからさまに表現したのが、国会事故調での参考人質疑で、官僚の原発事故対策のトップであるべき寺坂信昭原子力・安全保安院長の「私はどうしても事務系の人間でございますので、これだけの非常に大きな事故、技術的な知見というものも極めて重要になってくる、そういった中で、私が残るよりも、官邸の方に技術的によりわかった人間が残ってもらう方がいいのではないかというふうに、これは私自身が判断いたしまして、私が原子力安全・保安院の方に戻った次第でございます。」(2012.2.15)という発言である。5000万人もの国民が難民化する国家存亡の危機にあっても、「事務屋だから技術的なことは全く分からない」と官僚のトップが、平然と恥も外聞もなく、国会という我が国の最高機関の場で自らの「無能」をさらけ出したことは、自らがこの社会にとって不要な存在であること、「劣化」国家に寄生する寄生虫以外の何ものでもないことを告白している。しかも、本人自身は告白の意味を理解できないほど「劣化」しているということである。
 この官僚機構は第二次世界大戦における「敗戦」を「終戦」と言い換え、「敗戦」を認めず、自らの責任を回避し、「天皇の官僚」から「米国の官僚」へと船を乗り換えることによって権力を維持してきたのである。“親分”を変えたからこそ国民に対しては「責任を取らない」のである。

3 専門家・科学者の「劣化」
 日本における専門家・科学者は特別な位置を占めてきた。特に原子力などについては専門的すぎて、一般市民にとっては理解不能であり、専門家に管理を任せるしかないと思われてきた。また、科学技術による「イノベーション」によって「経済成長」が見込まれるとし、研究開発に対し財政からの多額の支援が行われてきた。今回『吉田調書』と同時に福山哲郎官房副長官の調書も公開された。福山氏によると、福島第一原発1号機の爆発について、班目春樹原子力安全委員長は菅首相に対し原子炉は構造上爆発しませんと説明していたが、爆発の映像を見ながら「爆発ではないかと首相と私はほぼ同時にぐらいに叫んだ。班目さんは『あちゃー』という顔をされた」(中日:同上)という。この『あちゃー』によって、原子力の専門家・科学者という人たちはほとんど信用がおけないことが明らかになった。
 こういった人たちが、日本社会におけるパワー・エリートとして、日本国家を取り仕切ってきたのであるが、その中身は何もないスカスカであることが明らかとなった。
 
4 「経済の成長」を追い求め続ける市民社会
 市民社会も、日本国家が「劣化」していること、官僚機構も「無責任」で「無用」なこと、専門家・科学者も「信頼がおけない」ことにうすうす気づいてはいる。しかし、それでもなお、それらにしがみつこうとしている。それを、内山節は①戦後の価値観を守り抜きたい人々と②強い国家を目指そうとしている人々との合流・奇妙な一体化が生まれているからだと指摘する。それは戦後の価値観を守り抜きたい人々にとって「経済成長は必須の条件」だったとし、「経済成長があってこそすべての可能性が開ける」のであり、「この思考は必然的に強い企業、強い日本経済を志向」し、「強い国家」と合致するという。また、経済は「数字で表され」、「明確な形で結果が生まれる」ことが、「国家の明確化」というも現政権との親和性を増しているとする。
 経済成長がなければ、これ以上の生活の改善は望めない。年金財政も経済成長を前提に計算されている。成長がゼロ・マイナスであれば将来の年金も減る。医療費も年平均約8000億円上昇し、平成25年には39兆3千億円となっており、GDPの10%を超えた。75歳以上の人口も10年前の1.5倍となり、介護負担も増すであろう。経済成長は、こうした難問を解決できるという強固な「信仰」である。
 それは、先の東京都知事選をめぐる選挙戦の総括で、宇都宮候補を支持した各氏が「原発やエネルギー政策は重視する政策としては三番目で、福祉や雇用を最優先に考える人が多数なのです。」「現実に都民の多くが脱原発を最優先課題だと思っていない中で、脱原発のシングルイシューで勝つことはできない」(海渡雄一『世界』2014.4)。「原発問題は重視するけれども、その奥底にもまた目前にも経済問題がある。経済左派と経済右派に分けると、宇都宮さんと田母神さんは経済左派でした」(池田香代子(『世界』同上)と述べていることからも分かる。
 「マイナス金利」という、お金の貸し手が金利を負担するという生活常識とは逆転した現象が起きている(日経:2014.9.18)。通常はお金の借り手が金利を支払うものである。これは日銀が「異次元緩和」により損失覚悟で短期国債の買い占めた特殊要因の影響であるが、それだけ、国内的には国家を除いて、資金の借り手がいないということでもある。つまり企業が国内では設備投資をしないということである。日銀は9月4日に今年度4~6月間の実質経済成長率を発表したが消費税増税の影響もありマイナス6.8%であった。また、藻谷浩介氏も指摘するように1995年をピークとして日本の生産年齢人口は減少の一途を辿っており、「限りない経済成長」は益々幻想になりつつある。
 福島第一原発事故は「拡大・成長」の延長にあったのであり、無尽蔵のエネルギーを求めて核エネルギーを発見・開発し、核燃料を再処理し・高速増殖炉『もんじゅ』を運転して核燃料サイクルシステムを回して「永遠のエネルギー」を手に入れ「無限大」に生産力を発展させ、「限りない経済成長」をしようとしてきたのである。事故は飽くなき「成長」を求めつづけた結果である。
 「アベノミクス」は実質的に終わっている。『FINANCIAL TIMES』は「安倍晋三首相の『3本の矢』は明らかに的を外している。理由はそもそも矢が3本ないことで、あるのはたった1本、通貨の下落のみである」(日経:2014.8.29)と揶揄している(より理論的には伊東光晴氏が『アベノミクス批判』で分析している)。それをあたかもまだ「飛んでいる」かのように喧伝しているのは、どうしても「成長」をあきらめ切れない①戦後の価値観を守り抜きたい人々の幻想である。
 
5 「戦後」の価値観
 「戦後」の価値観を一言でいえば「平和と繁栄」ではないか。「繁栄」=「成長」であるが、一方の「平和」は日米安保体制の下で、米国の従属下における「平和」であり、「戦後民主主義」であった。それは冷戦という特殊事情によるもので、米国がソ連圏と対峙するにおいて、日本の経済力を必要としたからであった。「戦後」は日本が経済成長しなくなった時期(=1990年前後)で実質的に終わっているのであるが、それが自覚されるまでにはしばらく時間がかかった。「繁栄」から「失われた20年」として自覚され、中国が「日本に勝ったにもかかわらず、負けた日本のほうが繁栄している」状態から、GDPにおいては日本に逆転したこと、また同時に冷戦が終了したことに伴い、「平和」という“建前”の方もいらないとして独自核武装論や歴史修正主義、中韓に対する排外主義が勃興してきている。
 さらに内山は踏み込んで「今日の原因をもたらした原因のひとつに、戦後のリベラリストや体制批判派の思考があった」とする。「これらの人びとは、憲法、とりわけ第九条が明確に維持されれば平和が守られるかのごとく主張し」、「あたかも明確な民主主義の国家が形成可能で、明確な平和国家が可能だという思考」で述べてきたが、それは「『左』からの明確な国家をめざす要求」だったのではないか。今日それを逆手に『右』からの「明確な国家」の要求が進み始めても(内山「戦後的曖昧さの一掃について」:『自治労通信』 2014,9-10)全く対抗できないのだという。
 「劣化した国家」、「成長しない経済」に対し、今後どのような社会像を構築していくのか、我々の力量が試されている。

 【出典】 アサート No.442 2014年9月27日

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