【投稿】プルトニウム返還要求と『潜在的核保有国』

【投稿】プルトニウム返還要求と『潜在的核保有国』
                              福井 杉本 達也 

1 米国のプルトニウム返還要求
 政府は冷戦時代に米国から提供を受けていた東海村:原子力科学研究所内にある「プルトニウムを返還する方向で調整に入ったという(日経:2014.2.27)。米国がこの間再三にわたり返還を求めていたものであり、331キロあるという。純度90%以上という高濃度で軍事利用に適した「兵器級プルトニウム」が大半を占め、核兵器40~50発分に当たる量である。日本は原発の使用済み核燃料の再処理によって他にも約44トン(核兵器に換算すると長崎型原爆5000発分)のプルトニウムを保有するが、研究用のものと比べ不純物が多く、ミサイルに積み込む小型核兵器の材料としては不十分である。また、高速増殖炉「もんじゅ」(福井県)や「常陽」(茨城県)の核燃料を取り囲むブランケットと呼ばれる燃料体内には純度98%以上の兵器級プルトニウムが存在するが、再処理してプルトニウムだけを抽出する必要があるが、青森県六ケ所村の核燃料再処理工場はトラブル続きでうまく稼働しない。直ぐに核兵器に利用できるのはこの331キロのプルトニウムである。
 ではなぜ米国は何十年も前に預けたプルトニウムを今返せといっているのか。「安倍政権への不信」が根底にある。数カ月で核兵器を作る物理的、人的、知的能力を有している日本は今「独自核武装」に向けた動きを強めている。最悪のシナリオでそれを使う可能性があるという懸念をアメリカが持っているということである。

2 「核兵器製造の経済的・技術的ポテンシャルを常に保持する」が『国策』
 1994年8月1日・毎日新聞は外務省が1969年、極秘会議で「核兵器については、NPT(核拡散防止条約)に参加すると否とにかかわらず、当面核兵器は保有しない政策をとるが、核兵器製造の経済的・技術的ポテンシャルは常に保持するとともにこれに対する掣肘をうけないよう配慮する」と決定したと報じた。『核兵器の製造能力を保持する』(『潜在的核保有』)というのが日本の『国策』である。核拡散防止条約から脱退しさえすれば、ただちに核攻撃政策に切替えられる。このため、プルトニウムの製造と濃縮を自由に行う技術・施設(高速増殖炉「もんじゅ」と六ヶ所村の再処理工場)と核を自由に取り扱う権利(「日米原子力協定」の改訂)が追求された。日米原子力協定は改定までは原発で製造されるプルトニウムの使用について日本はフリーハンドをもっておらず、アメリカの許可(個別同意)を要した。それを1988年、30年間のフリーハンドを得る「一括同意」形式に変えることに成功した。
 この日本の過去60年来の『国策』について、3月11日の米NBCの報道は、日本は核兵器を隠し持っているとの見出しを使い、「The hawks love nuclear weapons」(日本のタカ派は核兵器を愛しており) 「They don’t want to give up the idea they have, to use it」(それを使用する試みを諦めていない)と報じている(2014.3.11参考:大沼安史)。

3 「原発再稼働」への道か、「原発ゼロ」への道か
 朝日新聞主催の『核燃料サイクルを考える』シンポジウム(2013.12.5 朝日記事:12.17において、オバマ政権で核拡散問題を担当したスティーブ・フェッターは日本は利用計画がないままプルトニウムを増やし続けているとし、再処理をやめるべきだと指摘、無理なら利用計画を明らかにし、必要最小限の量まで減らせとせまった。貯まったプルトニウムはどうするのか。プルトニウムの利用先が明確でなければ保持・再処理は認められないこととなっており、このままでは日米原子力協定の前提が崩れることとなる。
 安倍政権は、尖閣で中国を挑発し、従軍慰安婦問題で河野談話の否定を画策し、オバマ政権の意向を逆撫でし靖国神社を参拝するなど、必死に米国の従属体制から脱却しようと暴走の気配を見せている。こうした中、原発の再稼働を明言し、『エネルギー基本計画案』に「高速炉や、加速器を用いた核種変換など、放射性廃棄物中に長期に残留する放射線量を少なく」する(2014.2.25)という夢物語を書き込んででももんじゅを何が何でも動かし、「核燃料サイクル政策については、再処理やプルサーマル等を推進する」(同)として六ヶ所村の再処理施設も稼働を目指している。しかし、保持しているプルトニウムはどうするのかへの言及は全くない。
 これまで、日本の独自核武装論者は、核燃料サイクルを回すことによってもんじゅでプルトニウムを消費し、それでも余る余分なプルトニウムはプルサーマルで燃焼させるという“つじつま”合わせのロジックを展開してきた。しかし、本質は逆であり、もんじゅで純度の極めて高い兵器級プルトニウムを製造し、六ヶ所村の再処理工場でそのプルトニウムを取り出し、貯め込むことで核武装のための準備を整えることにあり、それ以外のことは考えられない(後は国土が核汚染しようが、人が放射能で死のうがお構いなし)というのが本音である。
 1988年に結ばれた日米原子力協定の日本側交渉責任者を務めた遠藤哲也は「軽水炉プルサーマル―当初は、2010年頃に16-18基の軽水炉でのプルサーマル使用を想定していたが、実際はそれをはるかに下回っている。…軽水炉でのプルサーマルの実現が困難となると、海外を含めて日本が保有する全てのプルトニウムについてバランスをとることは非常に難しい」「プルトニウムの利用の途がはっきりしなければ、余剰プルトニウムは持たないとの大方針により再処理自身が出来なくなる」と認めている。そこで苦し紛れの提案として「再処理、高速炉事業の国際化…核燃料サイクルを一国で完結させるという従来の方針を脱却してサイクルを国際化しては…例えば、六ヶ所再処理工場に多国間管理を導入するとか、海外の使用済み燃料を受け入れるとか、プルトニウム・バランスをグローバル化することである。」(遠藤哲也元原子力委員会委員長代理「日本の核燃料サイクルとプルトニウム」日本記者クラブ2012.9.26)と述べている。プルトニウム・バランスは遠藤の簡単な試算からでも崩れ去っている。それは独自核武装のための口実にすぎず、国民や国際社会のみならず、自らをも「楽観論」で騙すためのフィクションにすぎない。
 外務官僚で元外相の川口順子は朝日新聞のシンポジウムで、高レベル放射性廃棄物の体積を減らし、エネルギー源を確保する観点から、再処理を含めた核燃料サイクルが日本には必要だと主張。「日本が再処理をやめたからといって、他国が核武装をやめるとは限らないと居直った(朝日:2013.12.17)。
 安倍が第二次世界大戦後の世界秩序に本気で挑戦し、「国際連合(United Nations)」を拒否し、「枢軸国」体制への復帰を夢想するならば、いかに『属国』とはいえそのような国にプルトニウムを置いておくことはできない。2018年の日米原子力協定では、「包括同意」を外さざるをえない。今回の米国のプルトニウム返還要求は、そのことに向けた警告である。国際的な合意は日本への制裁と孤立への道である。
 『原子力の平和利用』(=原発=表)と『潜在的核保有政策』(裏)という中曽根康弘・正力松太郎らが一貫してこの60年間続けてきた日本の「原子力政策」の裏表の壮大なる欺瞞は、今回の安倍政権の暴走とアメリカの返還要求決定によって、選択肢から消えさるかもしれない。いや、今こそ日本が国際的に孤立せず生き残るためには、こうした選択を無くさなければならない。核燃料サイクルを放棄し、保持しているプルトニウムは何らかのかたちで国際社会の管理へ委ね、『潜在的核保有政策』の放棄を内外に明確に宣言し、脱原発平和国家への道を歩まねばならない。

4 日本の「非核三原則」には「独自核武装」という幽霊が付き添っていた
 「日米原子力交渉」における日本の言い訳が「非核三原則」であった。日本は「核をもたず作らずもち込ませず」と国際社会と国民に宣言しているので核兵器は開発しないというロジックである。川口順子は上記シンポジウムにおいて「日本はNPTの『優等生』の座を守ってきた。核兵器をつくってNPTから離脱するということは、北朝鮮やイランのように世界から制裁をされることを意味する。民主主義国の日本で、そんなことに賛成する人がいるわけがない。法律で原子力は平和利用に限ると決めている。日本はそのことを、もっと説明する必要がある。」とウソを並べ立てた。
 また、寺島実郎は「国際的管理、原子力の平和利用制御において、日本が蓄積してきた原子力の技術基盤を失うことは賢い選択ではないということだ。核保有国と一線を画し平和利用だけに徹して原子力に関わる日本の立場は、今後原発を保有しようとする多くの国に対しても重要であり、この分野における発言力、貢献基盤を失ってはならない」「蓄積してきた日本の原子力基盤技術を生かし、『日米原子力共同体』を逆手にとって、国際社会での原子力分野での日本の影響力を最大化し、『核なき世界』(原子力の軍事利用の廃止)の実現や平和利用の制御に向けて前進すべし」(寺島:「リベラルなエネルギー戦略の模索」『世界』2013.12)と「核武装」と「脱核」の間にあたかも「第三の道」(=「平和利用」という)があるかのように振る舞い、『潜在的核武装』を諦めるつもりはさらさらないようである。
 一方、日本共産党も『提言』において「原発からの撤退後も、人類の未来を長い視野で展望し、原子力の平和的利用にむけた基礎的な研究は、継続、発展させるべき」とし、これもまた今もって「第三の道」?=『潜在的核武装』を放棄するつもりはないようである(赤旗「原発からのすみやかな撤退、自然エネルギーの本格的導入を」2011.6.13)。
 しかし、福島原発事故後の今、日本に求められるのは「非核三原則」といった「独自核武装」のためのロジックに騙されることなく、また自己欺瞞に陥ることなく、原発を含む「全ての核の放棄」を世界に宣言することである。 

 【出典】 アサート No.436 2014年3月22日

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