【投稿】生活保護法改正議論の行方

【投稿】生活保護法改正議論の行方

 本年4月以来、厚労省は社会保障審議会の中に「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会」(宮本太郎北海道大学教授が座長)を設置し、生活保護とそれに連なる貧困問題について、議論を行ってきた。そして去る10月17日の第9回部会で、厚労省は「『生活支援戦略』に関する主な論点(案)について」と題する文書(49P)を提案してきた。
 
<第2のセーフティネットの充実という側面>
 2部構成になっているこの文書の、第一項は、いわゆる第2のセーフティネットの充実というテーマである。特に雇用保険や社会保険など第1のセーフティネットの後に、第3の、そして最後のセーフティネットである生活保護に至る前の、新たな仕組みということになる。これまでも、住宅手当制度(6ヶ月間住宅費を補填する制度)や総合生活資金貸付制度が創設されてきたが、依然失業状態が継続すれば、生活保護に容易く辿りついてしまう。
 そこで、第2のセーフティネットとして「生活支援戦略」が必要とされ議論されてきた。「生活困窮者が経済的貧困と社会的孤立から脱却するとともに、親から子への「貧困の連鎖」を防止することを促進する。国民一人ひとりが「参加と自立」を基本としつつ、社会的に包摂される社会の実現をめざすとともに、各人の多様な能力開発とその向上を図り、活力ある社会経済を構築する」ことが、「生活支援戦略」の基本目標とされている。
 そういう意味では、この生活支援戦略は、民主党政権としても目玉になる政策と言えるものであり、大いに議論し、実行ある政策展開が求められていると言える。
 「経済的困窮者や社会的孤立者の早期把握」・「初期段階からの「包括的」かつ「伴走型」の支援体制の構築」・「民間との協働による就労・生活支援の展開」が、大きな枠として設定されている。これら課題を、行政だけでなく、NPOや社会福祉法人、民間企業、ボランティアなどとネットワークを組んで、生活困窮者の支援をしようというわけである。
 さらに、これまでの福祉制度が、基本的に申請主義であって、役所に来る人は支援するという構造であったが、各機関がもっと「アウトリーチ」的取組みを強めて、地域に出向いて、早期把握・対策を行う必要があると指摘している点も、従来の施策構造からの転換という意味では、積極性を持つと評価できる。
 その中では、「総合的支援センター」の設立で、早期把握・支援を行うこと、「中間的就労」の機会を自治体や民間が提供し、就労への準備を支援する。そしてハローワークの対策を強めて、就職支援を行うことなどが、提言されている。
 さらに、貧困の連鎖を断ち切るための、教育の課題なども議論されている。
 実現には、さらなる議論と調整が必要と思われるが、少なくとも、「社会的包摂」をキーワードに、新たな「生活支援」策が議論されているという意味で、総論的には評価できる内容ではないか、と思われる。
 
 <生活保護の適正化と、法改正論議>
 一方で、第2項は、「生活保護制度の見直しに関する論点」と題され、生活保護に対する世論の風当たりの強まりを背景とした、制度見直し提言となっている。主な内容では、「期間を定めての早期の集中的な就労・自立支援を行うための方針を国が策定」「(生活保護)脱却インセンティブの強化」「就労収入積立制度の導入」「保護脱却後のフォローアップ強化」などとなっている。
 これらは、比較的若い失業者を対象としていると思われるが、保護開始段階から、早期集中的な自立支援を強化し、概ね6ヶ月で低額収入であっても就労が開始されるよう支援を行う。就労開始されれば、勤労控除が収入増につれ控除率が低下することが「脱却インセンティブ」に悪影響するとして、控除率の見直しが示唆される。さらに、就労が安定すれば、「就労収入積立制度」により、保護廃止後の「生活安定性」を担保するとしている。
 そんなにうまくいかないような気もするが、就労開始に繋げる制度が充実することは必要なことであろう。ただ、現下の景気低迷の中で、雇用の拡大が望めない中、様々な要因で就労を開始できない人々への「締め付け」となる可能性は否定できない。
 部会論議でも、「期間を定めての支援」について、議論が平行線となったと報道されている。
 さらに、論点では、医療扶助の適正化、不正不適正受給対策の強化、自治体の負担軽減と続く。不正対策では、タレントの親族の保護受給問題を反映して、扶養義務者への調査の強化(法29条関連)、不正受給に対する返還金への加算制度、再申請への審査の厳格化など、罰則強化などが語られており、部会でも委員から反対論が強く出された。さらに、ケースワーカーの不足から、業務の民間委託も可能になるよう検討するなどの項目もあり、生活保護制度の根幹部分を変更しようとする意図も見える。と言う意味で、第2項は、非常に問題の多い内容となっている。
 
 <拙速な制度改正にならない、慎重な議論を>
 この特別部会の議論は、非常に積極的な面を有すると同時に、拙速な、或いは保護の抑制に繋がりかねない問題も含まれている。制度改正と言う場合、他の社会保障制度全般との整合性も忘れてはならない観点であろう。拙速な法改正にならないよう、慎重な議論を求めたい。
 紙面の都合で紹介できなかったが、厚労省HPには、特別部会委員である、武居委員(社会福祉施設経営者協議会)、花井委員(連合総合政策局)広田委員(精神医療アドバイザー)、藤田委員(NPO法人ほっとプラス)が、意見書を提出している。それぞれ興味深いので是非参照願いたい。(2012-10-22佐野秀夫) 

 【出典】 アサート No.419 2012年10月27日

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