【本の紹介】「日本共産党VS.部落解放同盟」

【本の紹介】「日本共産党VS.部落解放同盟」
 筆坂秀世・宮崎学共著 にんげん出版 モナド新書 2010.10.31 940円+税 
 
 なかなか懐かしい取り合わせの表題に引かれ、手にしたのが本書である。著者は、筆坂秀世氏・宮崎学氏の共著となっているが、展開は対談形式となっている。
 問題意識は、「はじめに 日本共産党と部落解放同盟とは何であったのか」に明らかにされている。1920年代に日本共産党と部落解放同盟の前身の水平社は産声を上げた。戦時中は権力の弾圧の中で逼塞されるが、戦後、解放の息吹の中で甦り、貧困と差別に反対して、少なくとも1960年代前半、同和対策審議会答申が出されるまでは、共同の立場で戦線を構成していた。しかし、その後、答申の評価を巡り対立が始まり、1970年代の矢田教育差別事件や八鹿高校事件で対立は決定的となり、「暴力的」対立まで至る。
 しかし現在、共産党の方は、不況の到来とともに蟹工船ブームや派遣切りなどの反資本主義的ムードの中で、勢力を拡大するかに見えた時期もあったが、2009年総選挙、2010年参議院選挙で、得票を大幅に減らし、党員の高齢化が目立つなど、党勢・運動は縮小の方向にある。一方の部落解放同盟も、2010年3月の全国大会で同盟員が7万人を切り激減していることが報告され、同盟員の平均年齢が60歳を越えているという。昨年の参議院選挙では、松本治一郎以来の議席を失うという事態となった。
 「時代の状況も違い、時代の課題も違うなかで、共産党、解放同盟にかつての光輝に満ちた闘争の再現を期待するのがまちがいかもしれない。しかし、現在の状況が、新しいかたちで虐げられた者たち、辱められた者たちを大量に生み出しているとするならば、「党」「同盟」という形態ではなくても、抑圧と汚辱に立ち向かう結集のあり方が探られねばならないだろう。そのためには、かつての党と同盟の「正の遺産」だけではなくて、「負の遺産」が仕分けされ、「何をなすべきか」とともに「何をやってはならないか」があきらかにされていかなければならないのではないか。本書は、そのための一つの試みである。」と記されている。
 
<差別は支配の道具か>
 第一章では、差別は本来人民の中にはないものであって、支配する側がもちこんできた、だから、権力と闘うことが大切である、という「差別は支配の道具」であるという考え方について検討が行われている。「共産党は、独占資本の搾取・収奪を強化するために差別を分裂支配の道具として利用していると、差別と独占資本を結びつけて考えていました。この点は解放同盟も同じでした。(司会者)」
 宮崎「差別は、権力支配の道具としての側面は持ちつつも、主たる側面はそうではないんじゃないのか。差別を権力支配の道具という一面でしかとらえない限界を、同盟も共産党ももっていた。・・・分裂支配の道具として以外の要因は、どこにあるのか、ということですが、その前提として、民衆の中の差別意識の問題がある。・・・権力支配の道具というとらえかたの範疇を越えられなかったところに、ある種の限界があったのではないかと思っているわけです。」
 さらに、革命のための活動家を吸い上げるための大衆組織=解放同盟と考える組織論があり、共産党が国民政党に「変質していく」過程の中で、解放同盟との対立が起こってきたという分析がされる。
 「第一章蜜月の中に生まれていた対立の萌芽」の中では、こうした点が中心の内容である。1970年代前半期、私の高校・大学時代は、すでに対立が頂点に達していた時期であった。60年代の運動に分裂・対立の萌芽が内包されていたと言う議論であり、その内容は、差別の本質論、共産党の組織論に問題があったということになる。
 
<革命か改良か>
 最初の対立の端緒は、同対審答申の評価であった。部落差別の存在を認め、特別対策の必要を内容とした答申について、解放同盟側は「運動の成果」と評価したが、共産党は「毒まんじゅうだ」と批判した。さらに、共産党から除名された「反党分子」が、同盟内にいるとして解放同盟の大衆団体としての独立性を無視し、敵対勢力と規定し、後に共産党の影響力の強い県連・支部を同盟から離脱させていく。
 60年代は共産党自身の内部に党内闘争を抱え、旧ソ連派(日本のこえ他)、中国派などが離脱・除名されたが、解放同盟内に影響力は残ったことも、問題を複雑にした。
 著者両氏とも「毒まんじゅう論」は誤りであったという立場である。宮崎氏は改良を否定した運動はありえないし、党レベルの議論を乱暴に解放同盟に持ち込んだと批判され、筆坂氏も「社民主要打撃論」に繋がる誤ったものだったとする。後に、共産党も地域の要求を掲げることは必要と、1967年に方針転換をすることになるが、対立は続き、左翼的批判が右翼的批判に変化していったと指摘されている。
 
 第二章同和対策は毒まんじゅうか–解放同盟内での対立、第三章矢田事件、八鹿高校事件–同盟と党の暴力的対立、第四章全面的な路線対立・組織対立へ、第五章部落解消論と利権問題と、二章以下は、対立段階を4段階に分け、対立の過程について対談が進むことになる。
 このあたりのくだりは、私にとってはも読者にも復習のような内容になります。特徴的な指摘について紹介したいと思います。
 コンプライアンスについての指摘がある。両者とも、コンプライアンスを重視する傾向にある。もちろん、法令順守という考え方や法律を求める運動そのものに問題があるわけではない。社会運動の指導者や本部が、告訴告発主義を取ったり、法律制定に軸を置いた運動を中心にすることで、「もともとの運動のスタートにおける問題意識から完全に遊離してしまっている、ということじゃないのかな。解放同盟が自力救済を捨てきれないところがまだ救いかもしれない(宮崎)」
 次に、属地主義と部落外在住者の組織化の問題である。行政闘争の成果や社会経済環境の変化によって、逆に部落を出て行く若者が多い。所得が上がれば部落外に住居を求めることも可能になる。一方で同和対策は未だに属地主義を取っている。その中で、解放同盟員の激減も起こっている。地区外同盟員を認めているとは思うが、同盟の運動論、組織論として、議論されるべき問題だと感じた。
 利権の問題も俎上に上っている。運動の論理としての窓口一本化の運動側からの正当性について両氏とも認めるところだが、そこから同盟幹部と行政の官僚との癒着が生まれる可能性が強い。食肉問題でも農水省幹部利権との関わりが指摘され、官僚の側の問題が指摘されている。地方官僚の場合、同和関係職場が出世の条件になっている実態もある。2000年代に入って相次いで発覚した大阪・関西の利権問題でも行政側の関与が指摘されている。
 私も身近にある大阪の運動体と運動について、行政に依存しすぎる解放運動になってしまったと感じている。
 
<解放同盟のゆくえ>
 第五章の最後には、両氏の解放同盟への率直な意見が盛り込まれているが、解放同盟の今後の再生について、非常に否定的な意見となっている。
 筆坂「結論的に言えば、部落解放同盟の歴史的役割は終わったと思います。・・少なくとも経済的に言えば被差別部落だけが著しい貧困状態にあるわけではないでしょう。・・・解放同盟の存在意義が希薄になってきたことは、肯定的に評価すべきだと考えます。」
 宮崎「(党と解放運動の関係)それ以上の問題として総括すべきは「官」との関係ではないか。「官」からも「党」からも敢然と自立した運動を、なぜ展開できなかったのか。そのことを考える時期に来ていると思います。解放運動という組織の先行きを案ずることはない。むしろ、水平社、部落解放同盟を支えた人々の精神が風化すること、そのことを私は憂えています。」と。
 
<「補論」について>
 最後に補論として、「日本共産党と部落解放同盟の対立の歴史的・社会的背景」(大窪一志)が収められている。対談形式の本書の中では、まとまった論文(?)として、読むことができる。高度成長期に乗り遅れた被差別部落大衆と同盟が、同対審を梃子に運動を拡大させ、一方で、共産党の支持基盤が、最貧困層から中流層へシフトし、党勢が拡大していく中で共産党が変質していったこと。戦前の水平社アナ・ボル論争に遡る階級闘争と個別大衆運動の利害と指導を巡る問題が、両組織の対立の歴史と重なることが、簡潔にまとめられている。
 
<運動の再生のために>
 私は、筆坂・宮崎両氏のような否定的な見解に同意するものではない。しかし、大衆運動としての解放運動が明らかに混迷していることは事実であろう。その原因を切開し、現実に起こっている被差別市民の要求と課題に依拠し、運動の再構築が必要であろう。その議論の素材として、一読の価値ありと考える。(佐野秀夫) 

 【出典】 アサート No.398 2011年1月22日

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