【投稿】民主党は大胆なマネー戦略を

【投稿】民主党は大胆なマネー戦略を
                     福井 杉本達也 

1.「米ドル資金市場の流動性はほぼ枯渇した」
 米金融救済法案が下院で一端否決される直前の9月29日、日銀白川総裁の会見が行われた。総裁は「リーマン・ブラザーズの破綻等を契機にしまして、米欧の金融機関の株価が急落しましたし、信用リスクにかかる評価であるCDS(Credit Default Swap)のプレミアムが急拡大しました。こうした中で米ドルの調達金利をみますと、オーバーナイト金利は急上昇しており、足許は低下しているものの日中の振れが大きい状況にあります。期日(ターム)物の方は、金融機関相互の間での信用リスク不安が高まる中、長めの資金放出姿勢が極度に慎重化したことからレートが上昇しています。」「米ドル資金市場の流動性はほぼ枯渇したという状況だと判断しています。」と会見で述べている。世界の金融機関は、お互いが持つ巨額の不良債権に怯え、日本を除く世界の銀行間の取引が北極の氷のように凍り付いてしまったのである。要するに民間金融機関の信用が全くなくなったので国家の信用保証に頼るしかなくなったのである。
 米政府はシティーグループ250億ドル、ゴールドマン・サックス100億ドル等金融機関に2,500億ドルの資本注入を含む最大7,000億ドルの投入を決めた。また、連邦預金保険公社(FDIC)が保証する金融機関の債務が1.4兆ドル、これらを併せ、米の金融対策は2.6兆ドルになるという(朝日:2008.10.16)。また、欧州でも、英がRBSやバークレーズ等に9兆円、ドイツが11.2兆円、フランスが5.6兆円と欧州全体で37兆円もの巨額の資金を投入した(日経:10.15)。さらに金融資本の牙城スイスもUBSに5300億円の資本注入と6兆円の不良債権の買い取りを行うなど(日経10.17)、まさに、9月~10月にかけて世界の金融市場は1929年大恐慌以来の激動に飲まれている。ブログ上では『社会主義』の言葉が踊っている。銀行の国有化とはまさに社会主義そのものである。
 銀行の国有化だけでは安定しなかった世界の株式市場も日米欧が一斉に「時価会計の一部凍結」の検討を報じられた(日経:10.17)ことにより、乱高下を繰り返しつつも当面は落ち着きを取り戻しつつあるように見える。今後は、実体経済の停滞が金融機関の資産内容の一段の悪化とさらなる信用収縮をもたらし、これがまた景気に悪影響を与えるという金融と実体経済の負の相乗効果が生じている」(白川総裁:日経:10.18)。
 
2.欧米の金融機関の総損失はいくらあるのか?
 「ビジネス知識源」で吉田繁治氏は米国の住宅関連ローン1500兆円・欧州の住宅関連ローン1500兆円の20%が欠損となるとして、それで、600兆円、この間の世界株価の暴落3,000兆円の30%を欧米の金融機関が持っていると仮定して900兆円、6,200兆円といわれるCDS(債務保証保険)の5%が精算による最終損になるとして310兆円、株式の暴落部分を抜きにして、910兆円、株式を含めれば1,810兆円という天文学的な数字となる。この損害はIMFの見積もりの6倍にものぼる(「ビジネス知識源」緊急特別号「ウオールストリート;恐怖の8日間」2008.10.14)。こんな巨額な損害をどう埋めるかですが、信用の根幹は各国の国債が担保になる。「物的担保を裏付けにしないペーパー・マネーの信用の根源は、各国の、将来の国家財政です。つまり、あらゆる国の国家財政の信用は、将来の徴税力(=課税力)に依存」する(吉田氏)。ところが、米国の純債務は350兆円、英は80兆円もあり、米国債は国内では消化できない。現在でも米国債の94%が海外で消化されているが、今後の膨大な米国債の発行を中国・日本・アラブ諸国でも支えきれない。そうなれば、次のストーリーは米国債の暴落・ドルの暴落である。
 
3.「ブレトンウッズ」
 驚くことにEU側から「ブレトンウッズ」という遠の昔にゴミ箱に捨てられた言葉が戻ってきた。ECB(欧州中央銀行)のトリシェ総裁は「世界の金融システム再構築に当たり、第二次世界大戦後の数十年にわたって市場の安定的な発展の基盤となった『規律』、すなわち『ブレトンウッズ体制』に目を向けるべきだと各国当局に呼び掛けた」(Bloomberg:2008.10.16)。これに、英のブラウン首相も「限られた資本フローを前提として規律を作りあげたブレトンウッズ体制創設者にならい、国際的な資本フローの下で、新しい枠組みを作っていかねばならないと」(同上Bloomberg)表明した。田中宇氏によると『第2ブレトンウッズ会議』を最初に提唱したのは、仏サルコジ大統領で、9月26日に仏ツーロンでの講演の中に盛り込まれていた。」(田中宇:「危機対策の主導権奪取を狙う英国」2008.10.14)という。これに、ロシアも賛成している。田中氏の分析は泥船のアングロサクソン金融資本主義から英だけが抜け出して、アイスランドの危機を仲介にしてロシアと手を組みフランス・ドイツと対抗して新しい通貨体制の枠組みの主導権を握ろうということである。
 
4.日本の立場
 日本は10月10日のG7の場で、日中の外貨準備を活用してIMFを通じたアイスランドなどの金融危機に陥った新興国に対する緊急融資制度を提案(日経:10.10)したようだが完全に無視された。『第2ブレトンウッズ』について「麻生首相は10月16日、拡大G8会議は、できれば開催されずにすんだ方が良いと述べた。日本が対米従属をやめざるを得なくなる世界の多極化を決めるブレトンウッズ2会議など、やらない方がいいという意味だろう。」(同上:田中氏)日本はこの危機に及んでもドルに対して過剰な思い入れをしており、日本の金融政策の基本スタンスはあくまでも対米協調にある。ドルを支え続ける以外に独自のマネー戦略を持たない。三菱UFJの9,000億円のモルガンへの出資や野村のリーマン欧州部門などの買収もこうした政府姿勢の一環であろう。このままではドル暴落の中で、膨大に積み上げた米国債を踏み倒され、ドルと一緒に心中する以外にはない。それは1995年9月に0.5%の金利となって以来、年間10兆円もの金利所得を金融資本や米国に献上してきた日本国民の汗と血の結晶をさらに無にする行為である。
 10月18日の日経社説はオバマ陣営の民主党政策綱領を批判し「ライス国務長官が提唱する六カ国協議を安保機構化するのと同様の発想である。」とし、「それは日米同盟の相対化につながり、さらに形骸化にさえつながる危険がある…ワシントン体制という多国間システムのなかで日英同盟がなくなっていった1920年代の歴史の再現にさえ見える。日英同盟廃棄の後に何が続いたか。あの歴史は語るまでもない。当時の日英同盟に相当するのが現在の日米同盟である。それは日本外交の基軸であり、アジア太平洋の安定装置として機能する。」「日米同盟の維持・強化が日米双方にとっての利益だとすれば、米側だけに努力を求めるのは正しくない…8年前の超党派の米側報告季(アーミテージ・ナイ報告)が日本に求めた集団的自衛権をめぐる憲法解釈の変更はまだなされていない。」と雑誌「諸君」や「Voice」顔負けの古色蒼然とした時代錯誤の主張を繰り広げている。この思考の延長線上に、麻生首相が今、力を入れるインド洋給油延長法案がある。
 既に旧『日英同盟』の一方の当事者・英国さえも泥船のアングロサクソン同盟から逃げ出そうとしているのである。ドルは規制されなければならない。「日米同盟」は破棄されなければならない。今後も借金を踏み倒し、ドル紙幣を輪転機を回して無制限に供給し続けることは許されない。基軸通貨の地位から引きずり下ろさねばならない。その際、英国やフランス・ドイツ主導の新ブレトンウッズ体制にしてはならない。「六ヶ国協議」の発想で、日本は中国・ロシアと組み、合わせて3.5兆ドルもの外貨準備高に相応しい体制を獲得するために交渉しなければならない。それが、金という実物にリンクするかどうかはわからない。
 いずれにしても、金融危機を理由に総選挙を先延ばしすることなど許されるはずはない。危機の大本の米国こそ大統領選挙の真っ最中ではないか。どうして、被害の少ない日本に先延ばしの必要性があるのか。先延ばしの理由は、今の政権での、米国へのさらなる貢ぎ物が隠されているのではないのか。リーマンの破綻で日本の金融危機のどさくさの中で外資に乗っ取られたあおぞら銀行が486億円、新生銀行が380億円の損失を被ったという。日本は金融危機でもないのに「金融機能強化法改正案」でどうして公的資金枠が2兆円(当初案10兆円)も必要なのか。いかに今の自民党政権が骨の髄から腐りきっているのか。
 
5.「時価会計」は破棄されねばならない
「時価会計」はゴミ箱に入れるべきであり、BIS規制は見直すべきである。時価会計こそが投機の根本原因である。新自由主義イデオロギーの会計上の根本である。何でも市場価値で計れるというイデオロギーである。そもそも、土地や工場・設備といった固定資産や現金や債権などの流動資産以外のブランドや知的財産・人的資源などを何で計るのか。これらを市場価値で計るとすれば、株価の変動に応じて大きく変動せざるを得ない。経営はきわめて短期指向にならざるを得ない。短期指向を突き詰めれば「投機」とならざるを得ない。野村が慰留したリーマン社員の平均給与(年収)は4,000万円であるという。それでも、これまでの給与よりはかなり安いという。27・28歳の社員がぞろぞろと1億5,000万円もの所得を得、経営者が何十億、百億単位の所得を得る経営は異常と言わざるを得ない。
 サブプライムや怪しげなCDSなどを工夫し人の財布から掠め取る以外にそのような所得を支払うことはできない。「通常、巨額の設備投資や研究開発投資を必要とする企業は投資の回収に長期を要するので、中長期的な視野に立った投資計画を必要とします。このような投資計画を実施するためには、短期指向機関投資家を中心とする資本市場からの圧力を受け流すことができる長期平準化利益を算定可能なフロー配分を重視する会計が好ましい」(徳賀芳弘「M&A時代の会計」)のである。

 【出典】 アサート No.371 2008年10月25日

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