【投稿】国家詐欺の系譜について

【投稿】国家詐欺の系譜について
     —いつまで「鉄火場」に国内資金を投げ込むつもりか—
                         福井 杉本達也

(1)洞爺湖サミットは「環境問題」ではなく、米国の「金融危機」を覆い隠すため
 洞爺湖サミットの直前、NHKが地球温暖化で北極の氷が溶けシロクマの生息に影響があるなどの地球環境問題に関する特集を放映したり、7月7日のサミット当日にはパナソニックが全国紙に全面広告を打つなど様々なキャンペーンが行われた。しかし、実際には何も決まらなかった。サミットの裏舞台では、米国の金融危機への対応が話し合われたようだ。6月6日のNY株式市場での株価急落以降、欧米の金融市場はまたまた急速におかしくなっている。サミット終了後の7月10日には米政府支援機関(GSE)とよばれ住宅金融を手掛ける住宅公社ファニーメイとフレディマックの業績が大幅に悪化したとして株価が急落した。金融危機に直面したポールソン財務長官は、日曜日の13日、両社に必要ならば公的資金を注入して資本を増強するとの緊急声明を出した。
 
(2)渡辺金融相の国内の金融危機を煽る不可解な発言
 このような米国発金融危機の状況の中で、7月15日午前に行われた閣議後の記者会見で渡辺喜美金融担当相は米住宅金融公社が発行している債券に関して触れて「官民でも(保有残高が)かなりあるので、対岸の火事というわけにはいかない。警戒水準を高くして注視していく」とし、さらに続けて「GSE債のアジアの保有額が大体8,000億ドル位でしょうか、…日本勢が2,280億ドル位ですか、中国が3,760億ドル位となっております。…したがって、日中で非常に多くのGSE債を抱えているという現実があるわけでありますから、これはもう他人事ではないということであります。」との“不可解な”発言を行った。これが市場の不安感を煽る形となった。米政府による住宅金融公社救済策の発表を受けて押し目買いが広がっていたが、この不可解発言をきっかけに、三菱UFJが5.5%、三井住友が6.1%、みずほが5%下げるなど大手銀行グループ株は完全に梯子を外されてしまった。
 実際には、国内では民間が10兆円、政府も外貨準備高1兆ドルの運用先として何割かを、また、年金管理運営法人が2兆円近くを保有しているが、民間も政府も「米住宅債は相対的に信用力が高く、米国債に比べ上乗せ金利があり、中核の運用対象と見るところが多い。現時点での影響は『実質的な政府保証があり、損失の可能性は低い』と見ている」(日経:7.17)。では、渡辺金融相の「もう他人事ではない」とする発言の真意はどこにあるのか。
 
(3)自民検討チーム・10兆円規模の公的年金を資金に日本版SWFの設立を提言
 7月3日付けのロイターは、「自民党の国家戦略本部のSWF(政府系ファンド)検討プロジェクトチーム(座長:山本有二前金融担当相)は3日、日本版SWFの設立を提言する中間報告を取りまとめた。運用原資は公的年金基金として、規模は10兆円とした。運用のプロを採用し、高い利回りの確保を目指す。…公的年金資産は、厚生年金と国民年金の積立金で約150兆円。…公的年金の利回り向上策をめぐっては、経済財政諮問会議のグローバル化改革専門調査会(会長:伊藤隆敏・東大大学院教授、経済財政諮問会議民間議員)が5月23日に報告書を発表した。GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)に専門家を採用して、運用の効率化と収益の最大化を図るべきとする報告をまとめている。」と報道している。
 「運用のプロを採用」してうまくいくならサブプライム問題など発生するはずはない。サブプライムローンで苦しんでいる欧米資本を助けるために、またぞろ我々の貴重な年金資産を外資に提供しようと画策している。日本版SWFの大本は外資の『日本出張所長』・竹中平蔵元総務相である。竹中氏は「市場の専門家を集め、公的な資金の運用を任せる組織を作って欲しい。シンガポールでは『シンガポール政府投資公社(CIC)』が存在し資金運用している。」(日経:2007.12.15)などと機会を捉えて発言している。それにしても、伊藤隆敏東大大学院教授もひどい。日銀副総裁にしなくてよかった(2008年3月7日、政府は伊藤を日本銀行副総裁に起用する人事案を国会に提示。3月12日、参議院の野党4党の反対多数で不同意となる)。
 
(4)日本の経済は一流ではない?
 1月18日の国会演説で大田弘子経済財政担当大臣は「日本の経済は一流ではない」と発言した。「大臣が評論家になってしまったのだ。発言を率直に解釈すれば、二流国である日本の株は買わないほうがいいですよということになる。」(日経:3.5「大機小機」)。大田大臣は何としても日本売りを誘い、株価を下げたいようである。与謝野馨元官房長官も「(日本の株式市場で、外国人投資家の日本売りが進んでいるが)彼らはサブプライムローン問題の資金繰りのために売りに出ている。日本売り、というより自分たちの都合です。」「最近は大臣が、もはや日本経済は一流じゃない なんて平気で言う。何が狙いか知りませんが…私に言わせれば、日本経済は一流、ただ経済学者が一流という保証がないだけ」(『波』2008.5)と批判している。与謝野氏の考え方はまともである。日本の経済は一流である。一流だと資金が日本に集まってしまう。日本に資金が集まってもらってはサブプライムローンで青息吐息の欧米の金融市場が破綻してしまうのである。
 
(5)社会保障費の抑制挫折なら、「世界の信任得られず」
 額賀福志郎財務相は6月29日出演のNHKのTV番組で、2006年にまとめ「骨太の方針」に盛り込んだ、社会保障費の自然増を5年間で1.1兆円抑制するという目標について、「三年目で挫折しては世界の信任を得られないし、国民の将来不安もぬぐえない」(日経:6.30)と語り、後期高齢者医療制度に見られるように完全に破綻した社会保障費の抑制をさらに続ける考えを示した。これを受け、7月12日には財務省は2009年度の概算要求基準で社会保障費2200億円の抑制策を堅持する方針を固めた(日経:7.3)。しかし、そもそも、額賀財務相の『世界の信認』とはどこの国の信認なのか。欧米の外資であろう。しかし、「外資」に投資してもらわなければならない理由は日本にはない。日本の国内資本は余りに余っている。むしろ『円キャリー取引』で大量に海外に持ち出されている。“国内資本”も“外資”も金に色は付いていない。「世界の信任得られず」というのは額賀財務相の詐欺話である。「独立国」の財務相がここまで“外資”にへりくだり、国民を騙す必要があるのか。実に情けない状況といわざるを得ない。
 どうして、額賀氏や竹中氏のいうように、2011年にプライマリー・バランスを回復しなければならないのか。神野直彦東大教授は「大阪『橋下改革』の評価」(毎日:6.29)の中で「財政の使命とは、失業率や犯罪率の増加など市場経済の結末として起きた失敗を解決することだ。ところが、大阪府がそのために独自に試みてきた福祉事業にまで切り込もうとしている。『楽しんできたんだから無駄を省け』という借金取りの論理だ。財政危機とは歳入と歳出のバランスではなく、財政の機能不全によって起きている危機を指す」と財政の使命を述べている。どうしても必要な社会保障経費までも削り、国内投資を切りつめ、海外の「鉄火場」に資金をもちだそうというのが額賀氏のいう『世界の信認』である。欧米金融資本は「でかした」というであろう。
 
(6)外資のJ パワー株の買増し問題を「日本は閉鎖的と見られる」と発言する大臣は“外資のエージェント”
 1月15日に英ファンドTCIがJパワー(電源開発)の株買い増しを表明した。これに対し、経産省の北畑隆生事務次官は「経営ノウハウを持ち込む外資は歓迎するが、資本だけならば国内に余っている」「企業の発展と同じ船に乗る株主と、そうではない株主とを分けて考えるべきだ」とし、「株主は…すぐに売れということで浮気者、無責任、有限責任、配当を要求する強欲な方なんです」と真っ向から反対した。「本当は競輪場か競馬場に行っていた人が、パソコンを使って証券市場に来た。最も堕落した株主の典型だ。バカで浮気で無責任というやつらですから、会社の重要な議決権を与える必要はない」とまで述べている(朝日:2.8)。全くの正論である。経産省も経団連と組んで、これまで、会社法の改正や時価会計の導入など、外資の提灯持ちをやってきたがようやくまともになってきたということであろうか。ところが、またぞろ渡辺善美金融相や大田経済財政担当相などは「持株の増加を認めないと日本は閉鎖的と見られる」・「外資を規制するのは官僚の利権を守るため」と、先頭に立って外資を擁護した。
 「上場会社の所有者は株主」なのではない。「会社は、株主ではなく、社長以下の社員、取引先、地域住民が協力し合って利益を生み出す」(北畑次官)ものである。日本には買収防衛ルールがない。米国は連邦法での規制はないが、州会社法で自州の企業を守る法制を整備している。英国はシティコードやその実施機関であるシティパネルによる安定的なルールが現に存在する(日経:6.5)のである。
 外資の提灯記事を得意とする日経は「政府の内向き姿勢の弊害は株の下落という形で既に顕在化している。…日本が経済成長を持続するには、外に開かれた国づくりが不可欠だ。逆に内向き姿勢を強めれば、成長どころか、現状維持さえもおぼつかなくなる恐れがある。」(日経「社説」「霞ヶ関は日本を開くのか、閉じるのか」2.14)と逆に経産次官を攻撃した。しかし、「外資の売り越しが始まったのは昨年の8月頃からである。しかしこれは『日本の改革が後退した』というのではなく、外資金融機関の資金調達が困難になったからである。…つまり外資系ファンドは資産(株式など)の換金売りに迫られていたのである。しかし株の換金売りといっても簡単ではない。新興国のような小さなマーケットで換金売りを行えば、それこそ相場は大暴落する。したがって日本のようにある程度の規模がある市場が最初に狙われた」(ブログ「経済コラムマガジン」:2.3)のである。
 
(7)「鉄火場」資本主義に吸い尽くされる日本と底に穴の空いた財布を持つ日本政府
 米証券取引委員会(SEC)は7月15日、日欧米の金融機関株19銘柄(19機関には米国債を扱う大和証券とみずほFも含まれている。)について、株券を借りずに空売りすることを一時的に禁止する緊急命令を出した(FujiSankei Business i 7.17)。空売りとは自分が保有していない株券を株主から借りて売り、相場が下落した段階で買い戻すことにより利益を得る方法である。米住宅公社の経営危機に続き、大きな痛手を被ったシティやJPモルガンといった金融機関株が空売りされ倒産に追い込まれることを避けるためである。
 つまり、お互いに空売りされることを心配し疑心暗鬼に陥っており、もう欧米の金融市場はほとんど機能していないということである。奇妙なことに日本の新聞ではこうしたきわめて重要な情報が殆ど報道されていない。米シティは6月13日から日本円で購入できる「サムライ債」を1865億円募集したが、わずか4日で完売したという(夕刊フジ:7.7)。東京以外の市場が完全にマヒする中、東京市場だけが機能している。「サブプライム危機の影響が比較的軽微であった日本の資金市場は、有り体に言ってしまえば、『財布の紐が緩い』市場と言えるわけだ。資金繰りに汲々としている市場よりも、『財布の紐が緩い』市場の方が、資金調達の条件が有利になる」(Nikkei NBオンライン 7.16)。パンディット・シティグループCEOは「我々が旧日興コールディアグループを買収したのは戦略的理由がある…今後1500兆円という個人金融資産が証券分野にシフトする」(・日経:7.11)と、日経のインタビューにぬけぬけと答えている。その東京市場の資金を日本国内市場で使わせず欧米金融資本の「鉄火場」に投げ込もうというのが先の渡辺金融相の不可解な発言の真意である。さらに、輪をかけて、7月16日、渡辺金融相は訪ねてきた米政府元高官に語りかけた。「米政府が必要とすれば日本の外貨準備の一部を公社救済のために米国に提供するべきだと考えている」(産経:7.16)と。企業も国益も格安でバーゲンセールする日本人という汚名の影で、おいしくてたまらない人々の凱歌がこだまし続ける(日経「大機小機」:6.5)。

 【出典】 アサート No.368 2008年7月30日

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