【本の紹介】「金融権力」 本山美彦著 岩波新書

【本の紹介】「金融権力」 本山美彦著 岩波新書 2008年4月

 本書は、サブプライム問題により顕在化した金融危機について、1990年代以降に急速に肥大化したアメリカの金融ビジネスの構造を解明し、その歴史・理論を明らかにし、新たな金融のあり方まで提起する読み応えのある新書である。
 筆者は、「売られ続ける日本、買い漁るアメリカ」(ビジネス社2006年3月)、「格付け洗脳とアメリカ支配の終わり」(ビジネス社 2008年3月)を相次いで出版されている現大阪産業大学経済学部教授の本山美彦氏である。

<金融権力とは何か>
 かつてアメリカには、軍産複合体と呼ばれる支配構造が存在したと言われる。冷戦終結後は、軍事分野に替わって、金融経済分野でアメリカの世界支配が目標になった。それが、金融複合体=「ウォール街・IMF・ワシントン複合体」である。「ワシントン・コンセンサス=資本の自由な国際的移動こそ、世界の経済社会を繁栄させるという信念を共有して、資本の国際的自由化を進めることをめざす政治経済的合意を指している。しかし、そうした自由化措置は世界中に投機的経済を広めてしまった。(J・バクワッチ)」
 「金融複合体は、社会的に必要なものを作り出す「しもべ」ではなく、金儲けをするための最高の「切り札」に位置づけてしまった。その結果、自由化の名の下に、人々の金融的欲望を解放してしまう金融システムが作り出されてしまった。カネがカネを生むシステムがそれである。そうした金融システムが、現在、「金融権力」として猛威をふるっている」と筆者は言う。

<サブプライム問題が明らかにしたもの>
 昨年来吹き荒れるサブプライム・ショックは、こうした金融複合体が牽引してきた金融ビスネスの破綻でもある。「リスク理論」「デリバティブ」「先物取引」など、現物生産を伴わない金融ビジネス理論が生み出した「信用不安」の根は余りにも根深い。
 住宅バブルを背景とし、住宅価格上昇を不変の前提に、低所得者向け住宅融資は2000年を前後して膨れ上がった。初当選したブッシュ・ジュニアの持ち家政策強化も拍車をかけた。その貸し倒れリスクをローン債権の証券化により分散させ(ABS)、投資会社に販売する。この時点で、住宅ローン会社のリスクは回避される。(そのため、悪徳ローン会社の無理な販売を加速させた。そして住宅価格上昇により、低所得者はローンを借換を繰り返し、消費に廻していた)。証券化されたローン債権(ABS)を複数組み合わせて、切り分け、CDO(債務担保証券)として販売する。格付けの高い担保証券と組み合わされることで、「リスクは分散された」に見えたのである。しかし、2006年夏、住宅価格の下落が引き金に、暴落が始まった。2007年10月時点で、1兆3000億ドルも、サブプライム関連の債権が発行されていた。少なくとも3500億ドルがデフォルト状態にあったと言われている。2008年3月には巨大証券会社リーマン・ブラザーズが破産の瀬戸際まで至るのである。
 
<金融ビジネスの理論・歴史>
 本書では、第3章「リスク・テイキングの理論」と第4章「新金融時代の設計者たち」において、いわゆる金融工学に行き着いた理論家とその実践者達が描かれている。
 ハリー・マーコビッツの「ポートフォリオ選択」、ロバート・コックス・マートンの「ブラック・ショールズモデル」(1973)は、リスクを避け得るポートフォリオ構築の可能性を明らかにしたと言われる。そして、ノーベル経済学賞を受賞するMM理論のマートン・ミラーなど。
 更に、通貨先物市場の創設の立役者・レオ・メラッド。戦後、反マルクス主義・反ケインズ主義の立場から、市場経済と開かれた社会の促進を目的とする国際組織「モンペルラン協会」。これらに共通するのは、国家による規制を排除した完全市場が人間を幸福にするとも言うべき徹底した市場主義というものであろうか。
 私にとっては、聞きなれない人々ではあるが、アメリカの金融工学なるものがこうした経済学者や投資理論・実践者によって構築され、またサブプライム問題が準備され、そして破綻したということである。
 筆者は言う。「現在の人間生活に恐ろしい脅威を与え続けている金融システムに対抗するためには、まず、システムを支配する新自由主義のイデオロギーから私たちは自らを解放しなければならないと訴えたい」と。
 
<リスクビジネスのはてに>
 低所得者に貸付られた過剰なローンが、「証券化によるリスク分散」の魔法により、安全な債権とされ、ハイリターンを求めてアメリカのみならず欧州・日本の金融機関がそれに莫大な投資を行ってきた。それがデフォルトを起こした。証券化が過剰貸付を生み出し、破綻したわけである。
 第5章「リスク・ビジネスのはてに」では、証券化金融の歴史について分析が行われている。その起源として筆者は、1980年代のメキシコ危機に対してアメリカ政府がとった手法だと指摘する。
 そして、「サブプライムローン問題を引き起こした極めつけの原因は、世界的な過剰金融にある。それがアメリカの新金融商品に飛びついたからである」。サブプライム問題での最初の焦げ付きは、欧州で起こっている。過剰金融の原因のひとつが、低金利政策でもある。ITバブル崩壊後、FRBグリーンスパン議長時代から低金利政策が取られており、市場には資金が溢れていた。ドルに対して相対的に低金利であった円も、キャリートレードを活用されて、投資資金を世界に供給してきたのである。
 さらに、筆者はサブプライム問題によって、ドル体制の低下、資源国の台頭など国際金融地図に大きな変化が生じていると指摘する。「このようにサブプライム問題は、単にアメリカに経済停滞をもたらし、それによって世界経済を不況に追いやること以外に、金融の世界地図を塗り替えつつあるという側面のあることを世界に示した。このことの世界経済に与える衝撃は巨大なものである」と。
 
<金融権力に抗するために>
 最終章では、金融権力に抗するために、生産・地域・人間と結びついた金融のあり方について問題提起をされている。
 プルードンの人民銀行、バングラディッシュのグラミン銀行、NPO銀行、イスラム金融、ラテン・アメリカの「南の銀行」などが紹介されている。そして、ESOPと言われる「従業員への税制優遇自社株配分制度」である。アメリカで発展しているESOPは、従業員に積極的に企業活動に関わってくれることを意図する一種の従業員報酬制度であり、日本では三洋電機のみが導入しているという。経済同友会なども導入を提言しているが、それは企業買収防止策に重点が置かれているなど、本来のESOPではないと言われる。
 そして「いま求められているのは「自由」の美名の下で金融ゲームに走る金融権力をいかに制御するのか、という社会の知恵である。」と結論付けられている。
 
<格差社会を作った金融権力>
 長期金融から短期金融へ、間接金融から直接金融へ、とマネーゲームを進めてきたワシントン金融複合体。その日本への影響が顕著になるのは、1998年であろうか。この年、日本では、山一證券、日本長期信用銀行などが相次いで破綻した。もちろん、経営危機の原因は、バブル経済下での過剰投資であったわけだが、最後のボタンを押したのは、BIS規制やアメリカの金融権力からの圧力であったと言われている。間接金融と長期金融は、長期雇用や生産活動重視という日本の金融経済の基礎でもあったわけで、これ以後、日本経済は、金融・経済において新自由主義が跋扈することになる。株主価値を向上させる経営者には莫大な報酬を与え、労働者は出来るだけ安く雇用し、非正規雇用を増やし、貯金より投資だと、政府もこれを推奨してきたのである。まさに格差社会を根底から生み出してきたのは、金融権力ではないか、これが本書を読んだ私の実感である。是非一読願いたい。(佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.367 2008年6月28日

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