【本の紹介】ポスト戦後政治の対抗軸

【本の紹介】ポスト戦後政治の対抗軸
                 (山口二郎著 岩波書店 2007-12 2000円+税)

 90年代以降、日本の政治は冷戦の崩壊、自民党政権の退場と連立政権成立、自社政権から小泉長期政権を経て、21世紀初頭の今、2大政党が政権交代争う状況を迎えている。山口二郎氏が、日本の政治のあり方について、論壇に登場したのはまさに、政治が激動期を迎えつつあった頃であった。(岩波新書「政治改革」93・5)以来、私は、山口氏の論説を共感をもって読み、期待してきた。今回出版された本書は、90年以降の日本の政治状況を解明し、書名の通り「ポスト戦後政治の対抗軸」を展望を考える上で、大変参考になると思われる。以下に紹介することにする。
 本書の構成は、以下のとおりであり、ここ数年間に発表された論文に書き下ろしを加えたものである。
  序 ポスト・デモクラシーとポスト戦後政治(書き下ろし)
  Ⅰ 90年代政治再編における左派の蹉跌
  Ⅱ 党改革の政治学
  Ⅲ アカデミック・ジャーナリズムとしての丸山眞男
  Ⅳ 右派論壇の不毛
  Ⅴ 統治機構の改革は政党政治をどう変えたか
  Ⅵ 改革政治の変容(書き下ろし)
  Ⅶ 平等をめぐる民意
  結 2007参議院選挙の意味と政治の行方(書き下ろし)
 ここでは、序、Ⅰ、ⅡとⅣ以下を中心に紹介することにしたい。
 
<社会党は、なぜ解体したか>
 90年代以降の日本の政治を考える際、1955年以降40年に渡って野党であった社会党の問題向きには語れないだろう。この政党は一貫して自民党に対抗して平和と平等を求め続けた政党であった。しかし、1995年の自社連立政権を最後に解体する。
 Ⅰにおいて、著者は、社会党などの左派が90年代に急速に力を影響力を失う要因を分析し、Ⅱにおいては、英労働党など西欧社会民主主義政党が、80・90年代に党改革を成し遂げ政権党に成長した経過を、日本社会党と比較して分析されている。
 90年代の政治を既定した要因に、冷戦の崩壊、経済のグローバル化・バブルの崩壊、世代交代を著者は挙げる。冷戦の崩壊は、反対政党とも言われた社会党にはポスト冷戦の外交防衛戦略が求められた。バブルの崩壊によって右肩上がり経済を前提にした政治・経済・財政運営の転換が求められ、戦後生まれが有権者の過半数を占めた90年代は、所謂無党派層が増加し、政党の集票方法も転換が求められた。
 しかし、こうした状況に対応した党改革は社会党では進まず、湾岸戦争で右から提起された「国際貢献」論に対して、PKO法案に牛歩戦術で抵抗したものの、92年の参議院選挙では国民の支持を得られず議席を減らした。
 一方の自民党も同様の変革を迫られ、相次ぐ汚職事件で党内は揺れ、宇野内閣は不信任を受け分裂し政権を失うことになる。社会党も従来の平和主義路線が、国民の支持を得られず、「創憲論」などの見直し論議が進まない中、連立政権の崩壊、村山自社政権の成立とともに、政治の継続性を理由になし崩しの「安保容認、自衛隊容認」に政策転換を行った。以後の経過はご存知の通り、新民主党への合流組、社民党、新社会党へと分裂・解体していった。他方、西欧の社民政党は、英労働党に象徴的なように改革を成し遂げ、政権を奪うのである。(内容的には、筆者の既出書評に譲る)
 
<日本的擬似社会民主主義>
 なぜ、日欧の社民政党の改革に決定的な落差が生じたのか。著者は、日本の擬似社会民主主義の特殊性について論じている。
 80年代までの日本は、比較的平等な社会であると言われてきた。所得格差も小さかった。これを「日本型社民主義」と著者は名づけ、その特徴を、リスクの社会化-個人化、裁量的政策-普遍的政策の縦横軸で分類する。それまでの日本はリスクの社会化と裁量的政策に位置していた。比べて西欧はリスクの社会化と普遍的政策となる。(現在の日本は、リスクの個人化、「裁量的政策」と言えようか)
 しかし、護送船団方式に特徴的なように、政策・分配は裁量的政策で行われ、主に自民党の政治家の介入による利益誘導が常態化し、汚職構造が生まれた。社会党など野党は、基準・ルールの曖昧さを問題とすることなく、賃上げなどの再分配などに依拠して、本来の社会民主主義的プログラムの開発を怠ってきたのだ、とする。
 「1990年代の日本システムの行き詰まり状況に対して、左派の側は擬似社民主義を真の社民主義へと改革するという政策を持たなければならなかった。しかも、その場合の社民主義とは、伝統的な大きな政府ではなく、官僚制の病理を克服し、市場活力と共存できるような洗練された政策でなければならなかった。」
 西欧の社民主義では、福祉国家の財源として付加価値税(消費税)が定着しているが、日本の場合、社会党が導入に反対であったことは「皮肉なめぐり合わせ」であった。それが、「山が動いた」との89年の参議院大勝・土井ブームを生み出したことも、また政策の転換を遅らせることになった。
 「このように、左派は旧来型の政策に安住し、グローバリゼーションへの対応を怠り、経済システムの改革に関して建設的な政策の提示をしなかったのである。その結果、日本型の擬似社民主義の破壊という作業は、もっぱら新保守主義的言説によって定式化されることとなった。」
 
<新自由主義への道筋>
 「Ⅵ改革政治の変容」と「Ⅶ平等をめぐる民意」は、村山・橋下政権から小泉政権に至る新自由主義的政治の道筋を辿るとともに、新自由主義(格差社会議論)に対する民意のありかを探る論説である。
 90年代、擬似社会民主主義からの転換はどのように進んだのだろう。
 著者は、90年代は、正面から貧困を議論する段階ではなく、「新中間階層」論や「生活者重視」「消費者重視」などの政策に示されるように、擬似社民主義の「平等感」や豊かさの上に、議論設定されていたという。議論の中では、市場化のベクトルと市民化のベクトルが共存していた。規制緩和は、官僚支配の打破・腐敗の根絶と言う意味では、野党のスローガンにもなった。しかし、橋本政権の終盤からは、市場化のベクトルは、「構造改革」=新自由主義的方向へと強まったのに対して、市民化のベクトルは、野党が低迷していることもあり、弱まった。、
 自民党は、橋本政権において、行政改革により省庁再編を行ったが、それがやがて「構造改革」論へと進んでいった。野党の側では、社会党右派とリベラルの合同として結成された民主党が「市民が主役」のスローガンを掲げ、省庁の腐敗を「霞ヶ関官僚」支配が元凶であるとした。しかし、民主党は、新進党の分裂で、小沢グループや民社党などが合流するなど、党勢の拡大は、必ずしも政党色を明確にできず、「リベラル色」を薄めていく。
 小渕・森首相と続いた自民党も国民の厳しい批判を受け、瀬戸際にあった。しかし「自民党をぶっつぶす」と宣言した小泉政権が誕生し、状況が変わった。以後、「改革には痛みが伴う」などリーダーシップを求めた国民の支持のもと、5年という長期政権の間、新自由主義的論調が一世風靡する間に、格差と不平等は進んでいった。
 東京都・北海道で、格差問題についてのアンケートを基に、著者は「努力に報いる」民意が存在すると言う。「貧乏なのは努力が足りないからだと切り捨てる新自由主義的な見方は少数派であり、努力にも関わらず貧乏な生活を余儀なくされているという社会の矛盾に対する義憤を多くの人は共有していると言えよう」。そこから「リスクの普遍化の中で、今こそリスクを社会化する安定的な制度構想が必要とされている。・・・小泉時代にそうした平等化装置が破壊されたことによって、人々は大きなリスクに曝されるようになった。そのことは、日本において初めて平等を争点とする左右の対立軸が明確になる条件が整ったことを意味しているはずである」と。

<07年参議院選挙の意味するもの>
 07参議院選挙について、まず著者は、小泉時代に「巨大な地震を引き起こすプレートの歪みのように」社会経済に矛盾が蓄積されていたことを指摘する。「小泉時代の経済政策は、強者の利益に奉仕する猛々しいものになった」。戦後半世紀も政権を維持できた最大の原因であった温かい保守政治は消えうせ、「痛みという名目で政策は冷酷無慈悲なものに変化した。」
 また、自民党も小泉によって従来の自民党ではなくなっていた。強いリーダーに頼る中で、党内派閥は意味を失い、党内抗争もなくなった故に、魅力ある政治家が減り、替わって二世・三世議員が増えた。地域格差拡大・公共事業の削減により、従来の集票システムが崩壊した。郵政選挙の圧勝は、自民党の旧来基盤を弱める結果となった。
 一方民主党は、衆議院選挙後、構造改革路線に近い前原代表となったが、偽メールで降板し、この部分の影響力が弱まることになり、社会民主主義とは言わないが、新自由主義に傾く自民党に対して、中道的なポジションを取ることが可能となった。「こうして、民主党自体は社会民主主義という言葉は使わないものの、政策内容に即してみれば、『新自由主義の自民党』対『社会民主主義の民主党』という二極的な政党構図ができた」のである。
 次に問われるのは、「民主党が社会民主主義路線を説得的に提示できるかどうか」と著者は言う。「有意味な対立軸を立てるためには、民主党が単なる利益配分への回帰ではない、新たな再分配政策を提示しなければならない。そしてその際の鍵は、再分配における透明なルールを確保すること、財源の明示、そして公共セクターの信頼回復の三つである」と言われる。
 このように、小泉・安倍政権によって進められた新自由主義路線に対して、野党が打ち出すべき対抗軸は、「信頼できる政策パッケージとしての社会民主主義政策」という事であろう。民主党が、先の参議院選挙で「生活が第一」としたスローガンは、それに繋がる内容であったが故に、アジテーター小泉なき新自由主義路線の与党に対抗できたと言える。信頼性を如何に野党が獲得できるかであろう。コアの支持者だけでなく、広く国民の信頼が必要である。総選挙への政策議論において本書は整理された議論課題を明示していると思う。(佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.365 2008年4月26日

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