【投稿】耐震偽造問題を考える

【投稿】耐震偽造問題を考える
                           福井 杉本達也 

 11月17日に発覚した耐震偽造問題は当初千葉県の1設計事務所による些細な事件と見られていたが、その後、建築基準行政ばかりか国の建築行政そのものの根幹を揺り動かす大きな問題となってきた。国交省の発表によると、問題の発端である姉歯建築設計事務所が関与して構造計算書を偽造したとされる物件は12月8日現在63件となっており、まだ調査中・不明の物件も多数あり、さらに被害が拡大する様相をみせている。
 
<建築確認は抜け穴だらけ>
 建築確認の図面と完成後の実物が大きく違うことはよくある。むしろ、建築主事(今回問題の建築確認者)が完了検査には来ないことをいいことに(2階建て以下の木造建築物は完了検査がいらない・住宅公庫融資を除き)申請図面通りに施工せず、建築確認申請が通ったら現場工事では大幅に修正して建ててしまうということすらある。
 本来の建築主事の仕事は、「建築確認」・「中間検査」・「完了検査」である。しかし、現実には建築主事が足りず、中間検査はほとんど行われていないのが実態である。「完了検査」ですら、昨年度に全国で73%しか実施されていないことが4日、国土交通省のまとめで分かった。最低の茨城県はわずか50.6%しかなかった(「時事」2005.12.5)。だから手抜きのし放題といったところが建築業界の実態ではないか。建築基準法で耐震基準を強化したといっても、実態がこのようでは、どうしようもない。本来は特に中間検査(現行法は木造3階建てと3階以上かつ500m3を超えるものを対象)が重要である。中間検査を行ったといっても写真による確認がほとんどである。写真では鉄骨の溶接・鉄筋の立ち上がりや、コンクリートの「かぶり厚」がどうかまではよくわからない。基礎や鉄筋の本数・鉄骨の強度など建築物が完成してからでは検査できないものを検査するには工事の中間で検査するしかない。

<コンサルタントと称して手抜き>
 今回の場合、姉歯だけでなく、コンサルタントの「総合経営研究所(総研)」(東京都千代田区)も構造計算を委託した設計業者もヒューザーなどの発注者も木村という土建屋もみんな手抜きしているということはわかったはずである。第一、現場では鉄筋の本数を減らせば、生コンはスムーズに入るのだから、疑問に思わないはずはない(通常、1階部分の生コン打ちは鉄筋の本数が多すぎて、上から棒でたたいたり揺すったりして四苦八苦して生コンを入れている。あるいは、通称『シャブコン』といって強度が出ない水のようなしゃぶしゃぶの生コンを打って手抜きを行っている)。
 12月7日の衆院国土交通委員会の参考人質疑で、民主党の馬淵議員は、奈良県内のホテルの開業指導をめぐり、コンサルタント料として総研は約六千九百万円を得ており、「総研、木村建設、平成設計、姉歯氏の四者が一体となり、利益を吸い上げる構図がある」と指摘している(「日経」2005.12.8)が、建設コンサルタントと称して、手抜き工事の組織化を図っていたことは疑う余地がない。
 
<建築でVE(バリュー・エンジニアリング:Value Engineering)は無理>
 11月24日の国交省の聴聞では、姉歯建築士は「取引先三社から圧力があった、特に木村建設の篠塚明東京支店長から『鉄筋を減らせ』と指示されたと証言している。
 ヒユーザーの小嶋進社長も「コストダウンの努力と経済設計は正しいこと」(日経2005.12.4)とする発言を繰り返している。また、総研の内河健社長(71)は、業界紙上で、「設計にかかわった二つのホテルを比較。一方の『Pホテル』の1平方メートル当たりの鉄筋量が109.2キロなのに対し、『Sホテル』は69.55キロで、差の39.65キロにPホテルの延べ床面積をかけて165トンの鉄筋(1824万円分)を節約できるとしていた。さらに、この節約分が建築請負費の2.6%にあたるとして『構造計算屋さんを変えるだけで2.6%原価が違うんですよ』と強調している」(「Yahoo―読売」2005.12.9)。
 しかし、そもそも建築工事で“経済設計”が成り立ちうるものなのか。建築は周知のように、建築工事は鉄骨工事、鉄筋工事、コンクリート工事、型枠工事、ALC工事、電気設備工事、設備工事など専門工事が原価の7~8割を占めている。建築基準法で定められた「構造計算」を行えば、使う材料の質や材料の大枠はほとんど自動的に決められてくる。原価を下げようとすれば、こうした専門工事業者を安く叩く以外にはない。しかし、型枠工や鉄筋工、設備工などの人件費単価は下げようがない。また細々としたVE(例えば、地中基礎はどうせ埋めるので見栄えはどうでもよいので、木の型枠ではなく、金属の網の型枠を使うなど)や専門工事業者いじめはどの業者でもやっている。中国からの鉄骨の輸入なども手がけている。他の業者と大幅に差をつけるには、「工程管理」と称して「工数」を“省略”するしかない。つまり、鉄筋の本数を少なくする、配筋基準を守らない、溶接の手を抜く等々を行い工事の実日数を少なくし人件費総額を削ること、併せて材料費もそぎ落とすという手口である。だから、「建築基準法」が邪魔なのである。

<国家賠償法の適用>
 マンションの購入者は大変な被害者である。住宅ローンは払わなければならないし、物件はなくなるし、どこかへ引っ越しして賃貸はしなければならなし。一生に一度の高い買い物でこのようなことをされたらたまったものではない。しかし、まさか購入予定マンションの建築現場を四六時中監視しているわけにはいくまい。
 ところで、今回、国は非常に素早く、マンションの住民に対する補償の決定をした(ただし、本来の強度の50%を下回るマンションのみ)。補償内容は新潟地震や各地の水害による住宅被害者の補償100万円と比較すると雲泥の差である。対応の早い理由は、今年6月24日の最高裁大法廷判決により、指定確認検査機関の瑕疵は地方自治体の瑕疵という判決が確定しているからである(「建築基準法の定めからすると,同法は,建築物の計画が建築基準関係規定に適合するものであることについての確認に関する事務を地方公共団体の事務とする前提に立った上で,指定確認検査機関をして,上記の確認に関する事務を特定行政庁の監督下において行わせることとしたということができる。そうすると,指定確認検査機関による確認に関する事務は,建築主事による確認に関する事務の場合と同様に,地方公共団体の事務であり,その事務の帰属する行政主体は,当該確認に係る建築物について確認をする権限を有する建築主事が置かれた地方公共団体であると解するのが相当である。 」)。国はまことに現金な判断である。むろん、補償の額は別として、本来の強度の50%以上のマンションでも確認検査機関の瑕疵は明らかであるから国家賠償の対象とはなる。

<民間開放が原因か?>
 構造計算は難しいので、ほとんどの設計業者は一部の構造計算専門の業者に委託している。いわゆる『構造屋』。さらにある程度の規模の建物になれば、それぞれ専門の『設備屋』『電気屋』も加わる。一級建築士の数は全国に312,185人いる。しかし、そのうち構造設計をできるものは、わずか1万人である。今回の事件で、イーホームズや日本ERIなど民間確認検査機関に建築確認を開放したことが不正の温床となったというような見解も一部にはある。しかし、建築確認が民間開放される以前から、人口20万人程度の都市では、構造を審査する担当者はいない。県においてすら構造審査する担当者はほとんどいないのが現状である。県レベルでは一級建築士を少ないところで70~80人から多いところで数百人抱えているが、建物を建設するに当たり、ほとんど全ての設計は民間の設計事務所に丸投げし、構造も民間の構造専門の設計事務所に発注している。自ら建築する建物においてすら、自ら設計し構造計算する能力を持ち合わせていないのである。ましてや、市レベルではなおさらである。だから、愛知県や京都府、長野県、荒川区、神奈川県平塚市、長野県松本市、愛知県岡崎市等で姉歯建築士の偽装を見抜けなかったのである。
 確かに「建築基準法」には守らなければならない基準がこと細かく書かれている。しかし、それを審査すべき体制は「官」においても以前からまことに心細い状況にあったのである。それを民間開放したところが、それに輪をかけることとなった。基準は厳しいが中身は守られないというのが日本の法律である。特に「建築基準法」はその典型である。「性善説」に立つのではなく、「性悪説」に立つ立法論が必要である。政府の機能が小さければ、それに反比例し、社会的費用も嵩むということを肝に銘ずるべきである。

 【出典】 アサート No.337 2005年12月17日

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