【投稿】三位一体改革のホンネ—生活保護費補助金の行方–

【投稿】三位一体改革のホンネ—生活保護費補助金の行方–

地方への3兆円の補助金を削減するという昨年来の小泉流「三位一体」改革。今来年度予算において6000億円の補助金削減を行なおうとしてるが、厚生労働省所管の「生活保護補助金」を巡って暗礁に乗り上げつつある。

○一方的な補助金削減案に地方が反発強める
11月4日に示された削減案は、生活扶助と医療扶助について、従来の国の4分の3補助を2分の1に削減し、削減分の4分の1は都道府県負担とする、住宅扶助・教育扶助・葬祭扶助は一般財源化して、市町村負担とするともに、市町村の裁量権を拡大するというものであった。
かつて10分の8が国負担であったものが、4分の3負担に削減された歴史もあり、特に平成10年以降、生活保護受給者が全国で急増していることから、地方6団体は、むしろ制度そのものの改革と国の負担拡大を求めてきた経過があるにも関わらず、説明文書によると「地方にできることは地方に」とわけのわからぬ「論理」を振りかざし、協議会の場で国補助金の削減提案を厚生労働省は唐突に提案してきたのである。
全国知事会はじめ地方6団体は、一方的な地方への負担増提案を拒否し、協議の余地もない事態となった。
11月18日までに6省から、合計6000億円の補助金削減案を示させるとした安倍官房長官は、厚生労働省が地方との協議が整わず回答できないという中で、様子眺めの省庁からも「ゼロ回答」が示されるにいたり、その手腕が問われることとなった。

○報告拒否から、生活保護業務の返上も
補助金削減案を受けて、すでに7月から14政令指定都市は、保護実施状況の月次報告を厚生労働省に提出するのを停止していたが、九州市長会・佐賀県・東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県もこれに同調し10月分からの月次報告の停止を決めた。近畿市長会も11月17日に12月報告(11月分)から、停止することを決定した。
生活扶助・医療扶助分の削減には、反対が強いと判断した厚生労働省は、11月18日、住宅扶助分のみの地方への移譲を一般財源化で行うことを提案することとなった。いずれにしても一方的な地方への負担の転嫁に変わりがない。
これに反発した地方6団体は、月次報告の停止決定に続き、18日、国庫補助金が削減された場合、来年度からの生活保護業務そのものを返上する考えを示すに至った。来年4月以降の新規保護世帯に限り返上するという内容である。

○最低生活の保障は国の責務
まさに「最後のセイフティネット」である生活保護行政は、憲法に規定された「最低生活の保障」という、国の責務に属する。全国を6つの級地に分類し、世帯数・年齢などにより、最低生活費を決め、それ以下の収入の場合、生活扶助はじめその不足分を補填する制度である。その実施は、地方自治体の福祉事務所や都道府県が行っているが、あくまでも「国基準」を守っての一律の制度として、戦後一貫して行われてきた。
今回の補助金削減の動きは、生活保護世帯が急増し、今後も上昇することが確実であることから、単に地方へ転嫁することで乗り切ろうとする誠に安易な提案であった。
「地方でできることは地方で」と11月4日の提案は述べている。「民間でできることは民間で」という小さな政府論とよく似ているようだが、余りに安易であろう。

○何故生活保護受給者が増えているのか。
生活保護が増えていること、その原因を見極め、社会保障制度全般との関係で対応策を提起することが求められているのである。
端的に言えば、まさに小泉構造改革そのものが、生活保護を増やしているのである。雇用を取ってみれば、市場万能主義・雇用を巡る構造改革は、不安定雇用を増加させることであった。派遣・パートなどの非正規雇用の増大は、健康保険・厚生年金などの加入率を引き下げてきた。病気になればたちまち生活に困るという世帯が増えているのである。
また、高齢化社会の進展も生活保護を増やす原因である。そもそも国民年金を満額掛けても、もらえる年金額は、国の決めた最低生活費を下回るのである。高齢者が増えれば増えるほど、生活保護は増加し、医療費は全額生活保護の医療扶助費となる。
現在、生活保護予算の6割が医療扶助である。生活保護費を押し上げているのは、高齢者の医療費・介護費用ということもできるのである。この医療費問題こそ、側面的ではあるが、決定的な生活保護費増大の原因とも言える。
まさに厚生労働省所管の医療行政・年金行政・労働行政全般にわたる問題が横たわっており、構造的な問題へのアプローチ抜きには、生活保護問題は語ることができないのである。

○数字合わせの「三位一体」改革の中身
来年度予算に向けて、6000億円の補助金の削減問題は、この生活保護補助金をめぐる攻防が大きな焦点となった。地方の側は、地方分権に値しない今回の厚生労働省の補助金削減案に危機感を強めている。
戦後大きな改正もなく実施されて来た生活保護法であるが、いろいろな面で時代の変化に会わない面も出てきており、昨年来、国と地方で協議会が作られ、地方からも様々な提案がされてきた経緯があった。その場で、一方的な補助金削減案のみが提起されたのだから、地方の側の反発も半端なものではない。「数字合わせ、先に有りき」しかできないところが、「三位一体改革」の実態でもある。
生活保護法は、最低生活費の規定、他法活用(補完性の原則)、世帯認定、実施責任など、法律そのものが、一貫性を持つ実施法であって、その運用は結構厳格なものである。それ故に、他法と言われる他の社会保障制度が、機能不全を起こせば、それを受け入れざるをえない。健康保険制度の負担が増えれば、年金の支給額が下げられれば、雇用保険の失業給付期間が短縮されれば、最後に残るのは生活保護ということになる。
団塊の世代の大量退職、不安定雇用の増大、若年層(ニート)失業者の増加、年金支給額の引き下げ、医療費自己負担の増加、高齢化の一層の進展など、時代の変化は、どれを取っても、生活保護の増大を帰結することになる。地方の負担を増やせば、生活保護率が下がるなどというものではない。
かつてのバブルのころは、急速に保護率が低下した時期があった。今、景気が上向いていると言われる中でも、低下のきざしも見えてこないのが現実である。景気が上向き、企業収益が増えたとしても、賃金の増加には結びついていない。むしろ不安定雇用という賃金コストの削減が、企業の収益増を生み出していると言って過言ではあるまい。先に述べたような生活保護増加の基礎的要因は、解消されるどころか、ますます強まっている。
こうした背景の中での今回の国VS地方の攻防について、最後は玉虫色のような決着はありうるかもしれないが、数字有りきの「三位一体改革」で、根本的な改革は断じてできないことは明白なのである。(佐野秀夫)

【出典】 アサート No.336 2005年11月26日

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