【投稿】関電美浜3号機蒸気噴出事故について
福井 杉本達也
福井豪雨からまだ1ヶ月もたたない8月9日午後3時28分、関西電力美浜原子力発電所3号機(加圧水型軽水炉・出力82.6万キロワット)タービン建屋内で、2次系冷却配管が突然破損して大量の蒸気が噴出し、たまたま、現場付近で定期検査準備作業中の下請け会社「木内計測」の社員11名が被災し、うち5名が死亡するという日本の原発史上最悪の事故となった。
<事故の原因は腐食と水流による磨耗>
事故の原因は腐食と水流による磨耗が重なって、想定以上スピードで炭素鋼製の配管が減肉し、内部の圧力に耐え切れず破損したものである。直径55cm、肉厚1cmの配管は腐食・減肉で最も薄い部分ではわずか0.4mmになっていた。炭素鋼管の場合通常は内側の薄いさびの皮膜によって、さびが内部に進展することを防いでいるが、配管内の水流が乱れると一様なさび皮膜に亀裂が入り、さびが内部にまで進展していくこととなる。破損した配管の直前にはオリフィスという水流を計測する部品が取り付けられており、これが水流を乱したと考えられる。配管内の水流が乱れると予想される箇所は1976年の運転開始以来一度も検査されたことはなかった。
加圧水型原子炉は放射能を含んだ1次系配管と2次系配管費分離されており、1次系の熱を蒸気発生器という熱交換器で2次側に伝える仕組みである。2次系配管は万一破断しても放射能を含まず、冷却材喪失事故にも結びつきにくいことから、原子炉等規正法の対象外で自主保安にまかされており、配管材料も高級なステンレス鋼などを使わず炭素鋼などが使われることが多い。今回と同様の2次系の炭素鋼管の破断は1986年12月に米国サリー原発2号機ですでに起こっていた。4人が事故で死亡し、この事故を契機に日本でも該当箇所を低合金鋼に取り替えたり(高浜3号機、大飯1号機などはSUS304に交換済み)、肉厚検査を実施したりすることとなった。
なお、BWRについても給水・復水系,抽気系等の配管はSB・STPTなどの炭素鋼を使用しており、従来より減肉が生じることが知られているが,配管内への水に対しては酸素注入、配管材料に対しては,必要に応じてエロージョン/コロージョン対策材への取替へを行ってきており、東電などの調査結果では大きな減肉は今のところ生じていないようである。しかし、点検漏れの箇所がないとは言い切れず、BWRは1次系であり万が一美浜3号機と同様の箇所で大規模破損が起こった場合には重大な放射能漏れ事故となる。
関電から配管検査をまかされた関電子会社の日本アームは1996年から美浜3号機の検査をすることとなったが、それまで3号機の検査を担当してきた三菱重工から5年前に当該箇所の検査漏れを指摘されていたにもかかわらず、関電には報告していなかった。日本アームから関電へは昨年11月に報告されたというが、関電の検査は日本アームに「丸投げ」の状態であり、事故が起きるまでことの重大性にはまったく気づかなかった。
<今回の事故は氷山の一角>
関電の品質管理体制の問題点については、MOX燃料のデータ捏造に関連して、以前に「捏造問題の中間報告で…『自動計測を製造者としての品質管理とすれば、抜取検査データは発注者への品質保証』という認識を示している…自動機器による全数検査で不良品を大量にはねても、まだ、多量の不良品が完成品に混入する確立は非常に高く、抜取検査は必要不可欠の検査であり、「発注者への品質保証」などと“情緒的な”認識をしているような問題ではない。関電は元来が製造事業者ではないため、品質管理に関する能力は高いとは言えない。」(ASSET2000年1月20日号)と指摘しておいた。関電の安全管理・品質管理の状態は濃霧の氷山の海をレーダーも無しに航海しているようなものである。ハインリッヒの法則にもあるように、今回の事故は氷山の一角である。目に見える氷山の下には巨大な事故の可能性が潜んでいる。関電の経営者はこのことを全く理解していない。これが社会的影響の少ない企業であればまだしも、万一の事故の時には膨大な被害が発生するおそれのある原発を11基もかかえる企業の実態である。
<国の検査体制への関与>
事故調査委員会中間報告では、国の関与は電力会社が勝手に解釈運用している検査基準を統一し書面化して電力会社の事業者検査(自主保安)に任せたい考えのようである。しかし、安全管理・品質管理を全く理解できていない電力会社に自主保安として任せても担保がない。西川福井県知事は今後の安全対策について、2次系配管について国の関与を明確にするように求めている。2次系配管の保安に国が関与するということは、自主検査結果を書面で確認するのではなく、定期検査に立ち会うことしかない。原子炉設備が益々経年劣化する中、さらに多数の検査職員が必要となり、現在の原子力安全・保安院の組織の拡充が必要となる。保安を担保し、検査回数を減らすには2次系の主要部分をすべてステンレス鋼化することである。(桜井淳:『日経ものづくり』2004年9月号「予測は可能だった美浜原発蒸気噴出事故」)。または、一定年数、たとえば15年経過した設備は検査結果のいかんにかわらず全て新品と交換することであろう。
<安全規制法規の統一>
高温高圧の水やガス設備を対象にした安全規制の法律・規則には「原子炉等規正法」「ボイラー及び圧力容器安全規則」「高圧ガス保安法」などがあり、監督官庁も経済産業省と厚生労働省とに分かれ、技術基準もそれぞれ異なっている。原子炉等規正法では放射能の管理区域内を対象とし、今回のような2次系配管は「電気事業法」の自主保安の部類に入る。原子炉圧力容器や蒸気発生器などはボイラー規則の対象施設ではあるが原子炉等規正法で対象から除外されているし、高速増殖炉「もんじゅ」の冷却材である液体ナトリウムを空気などから遮断するアルゴンガスの高圧ガス設備も高圧ガス保安法の適用除外となっているなど運用は複雑である。過去よりボイラーや高圧ガスにおいても様々な事故が起こってきた。今回、美浜3号機の事故後、保安院はPWR・BWR原子炉・火力の緊急点検調査を実施したが、事故の履歴が統一の「技術基準」として共有化されているとは言いがたい。8月15日には福島県の相馬共同火力でも美浜3号機と同様の箇所の破損事故が起こっている。こうした安全規制法規に抜け穴が多いことが今回、関電が火力発電の技術基準のただし書きを勝手に解釈して配管の耐用年数をごまかそうとした行為にもつながっている。
<現場を離れた書類検査だけでは安全性がないがしろに>
今回の事故で子会社の日本アームが炭素鋼の性質をよく理解していなかったことが、事故の直接のきっかけとなった。日本アームは三菱重工から検査を引き継いだものの、なぜ、その場所を検査しなければならないのか、構造・材料・溶接等にまで踏み込んで理解していなかったものと思われる。でなければ28年間も無検査状態ということは起こりようがない。関西電力は、8月18日付けの点検漏れ調査報告書の中で、「高浜3号機等3機で合計11部位が点検対象から漏れていたが、同一仕様プラントの測定結果から健全性は確認できていた」と報告したが、同一仕様であろうが、全く同一の材料が使われることはない。製造工場やロットが違えば材料も微妙に異なる。溶接も異なってくる。そのような違いがその後の腐食・減肉に大きく影響してくる。検査はそのような違いが起きていないかどうかを検査することにある。関電のような認識では、「2次系配管肉厚の管理指針」でなぜ曲管やエルボ、弁部分を検査することとなっているのかということはわからない。水流などの変化によって元々材料に潜在化していた欠陥が顕在化するおそれがあるからこそ検査するのである。
金属の表面がある限り、き裂は必ず発生するし、大気が存在する限り腐食は避けることができない。一般的に保安検査の立会ではプラント所有の検査発注会社の立会者はほとんど技術的に信用できない。検査員は検査会社の技能者の技量を信じるしかない。たとえば、低圧力小口径の安全弁の吹き出しなどは技術基準の許容範囲内に入れようとすると微妙なものがある。それをうまく調節できるかは技量そのものである。これを書類上で安全弁の検査結果として表せば「検査結果は+0.08で技術基準の+0.1~―0.1の許容範囲内」という記述になってしまう。原発では1次系は放射能に汚染されており、どうしても書類審査が主とならざるを得ない。また、原発の配管は1基でも200キロメートルにもおよぶといわれる。これを全て検査し、まして保安院が全て保安検査に立ち会うことはできないが、書類審査だけではなく、抜取検査をするだけでも現場の緊張感は全く異なる。原子炉が経年劣化すればするほど、益々、設備の状態を監視し・検査することが重要となる。原発では放射線被爆をできるだけ避け、しかも検査期間を短縮しようとする圧力の中、書類検査に頼り、現場検査がなおざりにされてきたのではないか。しかし、これは技術の衰退を招く行為である。書類検査だけに頼れば、現場から発信される貴重な情報は、異常値として処理され、あるいはデータ改ざんをされることとなる。今年6月28日、関電の「11基の火力発電所で、約3,600件にも上る検査データの不正処理が発覚した…タービンの保安装置などの検査を行わないままデータをねつ造したり、基準に達していない測定値の改ざん、さらに基準値そのもの書き換えという悪質なものも含まる。」(福井:9月12日)。原子炉が老朽化する中、経験則のない時期に入り、高温高圧の環境にさらされ続ける金属がどのような振る舞いをするのかを予測することは難しくなってきており、今回の事故以上の重大事故が起こる恐れが高い。
<トップマネジメントの問題>
関電は「日本の電力会社で初めて全社的品質管理(TQC)活動に取り組み、1984年には日本科学技術連盟からデミング賞を受賞した。秋山喜久会長は当時、TQC推進組織の責任者で、藤洋作社長も秋山氏の下でTQC活動を引っ張っていた。」(日経:8月16日 その後、関電はTQC(Total Quality Control)をTQM(Total Quality Management:総合品質マネジメント)に名称変更)という。絶えず変化する顧客ニーズに応えるために、プロセスを継続的に改善していくこと、そのために経営のトップが品質問題を、戦略として、トップダウンでプロセスの見直しを行うのものであるが、そこではビジョンや長期的な戦略が全社的な視点で共有されていることが重要である。ISO9000では品質要求事項の第1に当然ながら「経営者の責任」があげられている。そして経営者はそのために「誰が何をやるのか」という役割をはっきりさせ、それが確実に実行されるようにする。「誰が何をするか」=責任者を明確にしなければシステムは機能しない。関電は過去に自ら行っていた品質管理手法を捨て去り管理を「丸投げ」し、品質管理体制を風化させてしてしまった。
安全管理・品質管理において性善説に立つことはできない。必ず自分に都合の良いように解釈したがるものである。「求めている品質要求事項を満足するように品質システムを構築し、」「決めたルールを確実に守る」ために、ISO14001では、『仕組み』として、「品質記録の保管 」「内部品質監査 」「第三者機関による登録審査、定期審査(サーベランス)、更新審査 」の3点をあげていが、データの改ざん、技術基準の勝手な解釈、下請けへの「丸投げ」という状況では前2点は機能しない。関電の無責任体質を改善するためには外部の第三者によるサーベランスしかない。関電においては多量の「検査」“不良品”が“完成品”に混入する確立は非常に高く、第三者による抜取検査は必要不可欠であり、もし、抜取検査で“不良品”が混入していれば“全数返品”せざるを得ない。原発を扱っている以上『顧客満足の向上』とはまずは安全である。安全という前提がなければ電力単価や安定供給をはじめ全ての品質管理は崩壊してしまう。今回の事故は関電経営者がいかにマネジメントとはかけ離れた世界に生きているかを明らかにした。
【出典】 アサート No.322 2004年9月25日