【投稿】課題山積みの福祉制度改革–介護保険と支援費–

【投稿】課題山積みの福祉制度改革–介護保険と支援費–

 厚生労働省は、現在悩みを多く抱える省庁の代表格だと言えるだろう。高度成長から低成長・バブル崩壊からリストラ社会へと言える激動の中で、社会的矛盾の「調整役」として、まさに鍵を握る省庁であると言えるからである。特に最近国民的関心事に浮上している例は、年金問題であろう。運用益が上がらない、若者を中心に国民年金保険料の納付率の低下が顕著になり、国民にとって信頼できない制度となりつつあり、年金制度改革はまさに国民注視の政治課題に浮上してきている。(今国会では、年金保険料の年金外使用が焦点になりつつある)
 さらに、医療改革、労働基準をめぐる一連の改悪問題、高齢者・障害者への介護サービスをめぐる制度改正問題はいずれも厚生労働省の所管である。2005年度に向けた動きが出てきている、介護・障害者福祉の分野に限って検討してみたい。

<増え続ける介護サービス供給>
 昨年から今年にかけては、障害者の在宅サービス・施設サービスの一部に「支援費」制度が導入された。これは社会福祉の基礎構造改革に沿ったもので、従来の措置制度から選択・契約制度へと障害者福祉サービスを「利用者本位」に転換するものと説明されてきた。利用者の意思の尊重と多様な民間からのサービス供給を柱にしている。
 昨年夏、制度導入時に、介護保険と違って障害者福祉には、利用量の上限は設けないと説明してきた厚生労働省は、財源不足を理由に、一定の制限を設ける発言を行ったことで障害者団体の強い抗議を受けた。その後、同省は制限を意味するものではない、国庫補助金の決定にあたって、目安にするだけだ、と説明し、利用制限を撤回したことで、一旦治まったかに見えた。厚生労働大臣が「ここが出番」と、今年度は他予算からの流用も含めて、水準を確保すると説明をしていた。
 一方、サービス利用は在宅サービスを中心に予想を上回って増加し、各自治体でも補正予算で対応する事態が生まれてきた。年度末にきて、国庫補助については事業量の8割程度しか対象にできないとの噂が流れはじめ、市町村への補助金を減額することで、実質的な利用限度を行わざるを得ない状況が生まれつつある。補助制度の下、さらにほとんどの自治体が財政悪化が進行しているからである。
 一方、介護保険のサービス対象者数もサービス量も増え続けている。介護保険の対象者(要支援以上の六つの介護度の判定を受けた人)は、年々増え続けている。平成12年4月末に218万人であった要介護認定者は、平成15年10月末には371万人(70%増)となり、サービス利用者数では、平成12年4月の149万人から平成15年8月の214万人(120%増)となっている。この増加が今後も続くならば、保険料の値上げは制度上当然の事として、国・自治体からの繰り入れ金の増額から、介護保険制度そのものの存続の是非論議も必至となるのは確実であろう。
 
<介護保険と支援費制度の合体論>
 そこで昨年末来、急速に浮上してきたのが、高齢者福祉と障害者福祉の統合論である。元々、在宅福祉サービスについては、供給のあり方としては近いものがあるため、障害者福祉を措置から契約制度へ移行させる議論の中で、介護保険との統合する案も検討されてきた。しかし、今回、浮上してきた統合案は非常に唐突であり、且つ乱暴な内容となっている。厚生労働省のあせりと構想力・現場知らずを露呈したものと言えるのである。
 彼ら得意のリーク記事によると、介護保険は急増する対象者、利用量の増大により、財政的も改革が必要と考えられ、2005年の制度改革で抜本改革が必要となっている。そこで、現在40歳から支払っている介護保険料を20歳から徴収することとし、障害者福祉(支援費)、精神障害者福祉も、保険制度としての介護保険に統合する、という案である。さらに現在利用者は利用したサービス費用の1割を負担するわけだが、この負担率を2割に引き上げるという方向も検討されている。厚生労働省は、すでに今年1月から「介護保険改革本部」を設置し、こうした方向への足慣らしを始めている。
 当然、保険料負担に加えて、障害者福祉サービスの利用者負担額も引き上げる事になり、障害者団体はこの統合案に、現時点では否定的な雰囲気と言える。ただ、厚生労働省は、かなりの決意を固めているらしいのである。
 
<福祉サービスを巡る制度設計不足>
 支援費制度は当初より制度的に問題が多かった。介護保険は、要介護度認定にあたり医者などを構成員とする専門委員会で決定し、さらに要介護度に応じて金額ベースの利用上限を設定し、標準的なサービス量を想定し、組み合わせはケアマネジャーという資格者の権限とした。支援費制度には、障害程度区分3段階はあるが、専門家委員会もケアマネも制度化されなかった。さらに標準的なサービス量も示されなかった。自治体にお任せというやり方である。さらに今回の統合論では、2002年から導入された精神障害者への在宅サービスも含まれているが、高齢者介護や身体障害者介護とは、全く性格を異にするスキルが要求されるサービスである。
 いずれも、施設依存型福祉から地域・在宅型福祉への転換という大テーマの下に構想されたことは当然としても、単なる財源論から出発した論議では、高齢者福祉・障害者福祉の向上が望めないのは当然ではないか。

<民間供給サービスの問題点>
 一方、介護保険制度の不正請求も増えてきているし、「俄か事業者」の存在も無視できない事態となっている。介護保険のサービス供給者には従来からの社会福祉法人、NPOに続いて医療法人、他業種の民間会社が参入してきており、「高齢者のための介護保険」というより「事業者のための介護保険」「事業者のための支援費」のような実態も生まれてきている。寝たきりにならないための在宅サービスを重点にした介護保険制度であったにも関わらず、施設サービスの供給の方が増え、施設費用の方が増えている実態など、本来の趣旨から外れてきているとの指摘もある。
 サービスの供給が市場を通じて行われれば、自然淘汰され、良好なサービス提供事業者のみが残っていくなどという「ノー天気」な市場万能主義に浸っていられなくなった厚生労働省もようやく事業者への監査や、第3者による評価システムや情報公開の方法を探り始めてはいるようだが。
 
<国民的コンセンサスを求めているか>
 年金問題然りであるが、制度設計にあたって如何に国民的コンセンサスを取れるか、が問題である。介護保険の場合、すべての人が必ず高齢者になると言う意味で、税の再配分問題として政治性の強い課題である。現在介護保険制度への国の負担が25%、都府県12.5%,市町村12.5%、残りが保険料という枠組みも検討の対象である。こうなれば、単に厚生労働省だけで解決できる問題ではない。年金、医療、福祉を巡っては、国民の関心事でもあり、政治の場を通じて、さらに国民議論を巻き起こして、コンセンサスを得ていく他はないのである。
 日本歯科医師会の不明瞭な政治資金問題が発覚したが、医療、福祉団体の自民党との癒着とも言える結びつきは、こうした議論の妨げにしかならない。そういった意味で、政権交替の必要性は、じわじわと国民の意識に浸透してきていることは間違いがないことだと思われる。(佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.316 2004年3月20日

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