<<パンデミックをもたらしたもの>>
2/13、中国・湖北省の衛生健康委員会は、新型コロナウイルス感染症例が12日に1万4840件、前日から実に45%も増加し、同省での感染例は計5万件に近づいた、と発表している。これまでの核酸の検査キットによるものに、画像スキャンで確認された症例を加えたという。ここ数日、新たな感染者の伸びが鈍化していたかに見えたが、反転増大している実態が浮かび上がってきたのである。ウィルス拡散の実態は、不正確、あるいは不明かもしれないのである。
そもそもこのウィルス拡散の経緯が、いくつもの疑問点や問題点を含んでいる。
▼ 最初の患者は、湖北省・武漢市で2019年12月1日に発見され、12/8に原因不明肺炎と診断される。
▼ 12/26、上海市公共衛生臨床センター科研プロジェクトが武漢市中心医院と武漢市疾病制御センターから発熱患者の検体を入手し、精密検査。
▼ 12/29、湖北省中西結合医院呼吸科・重症医学科主任の張継先医師が武漢の海鮮市場で働く人たちが数多く同類の肺炎に罹っていることを湖北省および武漢の衛生健康委員会疾病コントロールセンターに報告。
▼ 12/30、武漢市中心医院眼科医・李文亮がグループ内のチャットで「武漢の華南海鮮市場で7人のSARS(に類似した)患者が出た」と発信。
▼ 12/31、武漢市衛生健康委員会が、原因不明の肺炎が発生し、華南海鮮市場と関係しており、27例の症例と重症7人であるが、「人‐人感染」はなく、「予防可能で制御可能である」と発表。
▼ 2020/1/1、武漢警察の公式ウェイボー(微博)「平安武漢」が武漢の医者らが訴えた情報は偽情報で社会の秩序を乱すとして8人を摘発したと発表。
▼ 1/5、検体検査をしていた上海市公共衛生臨床センターが病原菌は「歴史上見たことがない新型コロナウイルスだ」と明言。
▼ 1/17、浙江省で新たに患者5人が発生、中国最高権威の著名な疫学者・鐘南山院士が警告を発し、国家衛生健康委員会が鐘南山をトップとする「最高レベル専門家チーム」を結成。
▼ 1/19、鐘南山をリーダーとする専門家チームが武漢入り、協和医院を視察、「人‐人」感染を確認、「緊急事態」と判断、国家衛生健康委員会を通じて、李克強国務院総理に報告。
▼ 1/21、中国政府が公式に新型コロナウィルス感染拡大を発表、ここで初めて国際社会全体が知ることとなった。
▼ 1/22、中国国家衛生健康委員会の李斌副主任が同日午前0時時点で確認された感染者数が440人、死者数は9人に増えたこと、「すでにヒトからヒトの感染、医療関係者への感染が確認され、一定範囲の地域へ拡散している」と指摘。ウイルスが変異する可能性についても言及し、「さらに拡散の危険がある」と述べる。
▼ 1/23、習近平国家主席の名において「重要指示」を発表。1月23日午前2時、武漢市新型コロナウイルス肺炎予防・抑制指揮部は第1号通告を発表し、「1月23日10時から、全市の路線バス、地下鉄、フェリー、長距離バスの運行を一時的に停止する。特別な理由がない限り、市民は武漢を離れてはならない。空港や鉄道駅から武漢を離れるルートを一時閉鎖する」ことを通知した。
以上が武漢市閉鎖という非常事態に至る、これまでに明らかになったおおよその経緯であるが、ウイルスの拡散を封じ込める絶好の機会が何度かあったにもかかわらず、逃してしまっている。
まず、発生から12月の1カ月、ほとんど何らの対策も講じられず、情報さえ公開されなかった。12月下旬には多くの報告が寄せられ、重傷者まで出ていたにもかかわらず放置し、12/31になってようやく武漢市衛生健康委員会が、原因不明の肺炎が発生したこと、しかし「人‐人感染」はなく、「予防可能で制御可能である」と発表。
翌1/1には、当事者である医師らが訴えた情報は偽情報で社会の秩序を乱すとして8人を摘発し、二度とこのようなデマは流しませんという誓約書にも署名捺印させて事態を隠ぺいすることに終始した。1月上旬には数人の医療従事者が感染していたにもかかわらずこれも隠蔽され、もちろん、予防措置は一切講じられず、1月中旬まで武漢でフェイスマスクを着用している市民はほとんどいなかったのである。
しかも1/21の公式発表、1/23の武漢市閉鎖まで、約50日間の間に、何らかの危惧と危険を察知したのであろう、実に約500万人の人々が何の検診も警告も受けずにすでに武漢市を去っており、ウィルス拡散が放置されてしまったこと、情報公開と予防措置という決定的な行動が一切取られなかったことである。こうした経緯こそがパンデミック(世界的な感染・流行)をもたらしたのである。
こんなこともありうるさ、では済ませられない決定的な中国当局、ならびに政権を担う中国共産党指導部の失態と言えよう。彼らは、ウイルス拡散に対抗し、防止する代わりに、情報と真実の隠蔽に力を注いでいたのである。たとえその後の果断な決断と行動が大いに、あるいは少しは事態を改善させたとしても、事ここにまで至る責任は免れないと言えよう。
<<「反対形式主義、官僚主義」>>

2/4付け人民日報・筆者撮影
なぜこうした事態に至ったのであろうか。民主主義の欠落である。
その象徴的な事例が、偽情報で社会の秩序を乱したとして摘発された李文亮医師の実例である。彼は生前、この危険なウィルスについて警告を発し、中国メディアのインタビューに応じて、「健全な社会には1つ以上の声が必要だ。公権力を行使して過度に介入するのを私は容認しない」と話している。その李文亮医師が2月7日未明にまさにこの新型コロナウイルス肺炎で亡くなるという悲劇を生み、中国のネットでは怒りの声が次から次に寄せられ、哀悼の意を表すると同時に、当局の「言論封殺」を多くの人々が激しく非難している。人民日報の姉妹版「環球時報」の編集長・胡錫進氏でさえ、「武漢政府は李文亮医師に謝罪をすべきで、湖北政府は全国の人民に謝罪すべきだ」と書かざるを得ない事態である。中国共産党の機関紙、人民日報もついに李文亮医師の追悼記事を掲載し、「武漢中央病院の李文亮医師は昨年12月にこの危険な病気について警告した8人の医師の1人だった。今から振り返ると、彼のプロフェッショナルな警戒心は敬意に値する」と表明し、「私たちは団結し、より多くの患者の命を救い、李文亮医師らが最初に警告してくれた病気に感染するのを防ぐためにより多くの人々が最善を尽くさなければならない。私たちはこの戦争に勝たなければならない」と述べている。これに呼応するかのように、「国家監察委員会」が2/7、李文亮医師の死を追及するため武漢市に調査団を派遣すると発表している。そのうちに下部への責任転嫁が発表されるのであろう。
ここに特徴的に表れているものこそ、民主主義の欠落である。上からの指令、指示待ち、情報公開の拒否、隠ぺいがその典型であり、事態が隠しおおせなくなってからは、「地方政府は情報を得ても、権限が与えられなければ発表することはできない。この点が理解されていない」(武漢市・周先旺市長)などと、言い訳と見苦しい責任の転嫁・押し付け合いに終始する。これは単なる地方政府の問題ではないであろう。民主主義とは、強権主義と両立するものではなく、ましてや上からのではなく、下からの、具体的には、分権・自治・参加・民主的コントロ-ル、そして情報公開と透明性を必要不可欠とするものである。社会主義・共産主義とは、突き詰めて言えば、民主主義の徹底である、というその根本が欠落しているのである。
2/4付け人民日報は、「中国共産党政治局常務委員会」が2/3に開かれ、習近平総書記(国家主席)が報告・指示を行い、「今回の疫病はわが国の統治システムと能力を試しており、経験を総括し、教訓をくみ取らなければならない」と強調し、「明らかになった欠点や不足への対処能力を高める」ことを確認した、と報じている。さらに「直接の責任者だけではなく、主要な指導者の責任も問う」と表明したという。その2/4付け人民日報(国際版)一面を見ると、「新冠病毒」(新型コロナウィルス)に対する戦いに際して、上の写真に見るように、「断固として、反対形式主義、官僚主義」を貫くことが求められている。この「形式主義、官僚主義」こそがパンデミックをもたらしたものであるが、それを克服する民主主義については一切触れられてはいない。あるのは、形式的・官僚的な上からの指令・指示である。
2/10、習近平総書記が「新型肺炎の感染拡大を阻止する戦いに断固勝利する」と表明し、これに呼応するかのように同じ2/10、トランプ米大統領は「中国のウイルス問題は、春になって気温が上がるので4月までに解決する」という楽観的なツイートを発するや、ニューヨーク株式市場は、新型肺炎の拡大をめぐる市場の懸念が後退したとして3日連続で最高値を塗り替え、2/12にはダウ工業株30種平均の終値は前日比275.08ドル高の2万9551.42ドルと、4営業日ぶりに史上最高値を更新。ところが2/13、冒頭に紹介した中国・湖北省当局の感染拡大が報じられるや、楽観ムードが後退、たちまち下落している。
現在の株式市場は、実体経済とかかわりなく、市場を取り巻く状況が「良くても」「悪くても」、その上げ下げで最大限利潤を追求するマネーゲームの場と化しており、FRB(米連邦準備制度)をはじめ各国中央銀行は超金融緩和と、最低金利でその資金を提供している、資金を提供し続けなければ金融システム自体が危機に瀕する、崩壊しかねない、危機の真っただ中にあると言えよう。FRBだけでも、2019年9月17日以降、マネーゲームのプレイヤーであるウォール街に累積合計6.6兆ドルも注ぎ込んでおり、それでも破綻から逃れられない悪循環に陥っているのである。
パンデミック危機は、この金融危機にまさに利用され、実体経済を破壊する危機に結合されようとしているとも言えよう。1%の大金持ち・金融資本・独占資本への富の集中と99%の圧倒的多数の人々の窮乏化の進行である。ここでも決定的にかけているのは、民主主義の欠落であり、そうした事態を許さない、資本規制・金融規制・独占規制、税制の根本的改革、ニューディール政策こそが要請されている、と言えよう。
(生駒 敬)