【投稿】金融危機とアジア的・日本的特殊性

【投稿】金融危機とアジア的・日本的特殊性

<<「IMFに聞け」>>
タイでは現在、「恋人と別れてどうすればいいの」、「IMFに聞け」という皮肉たっぷりのフォークソングがはやっているという。周知のように、巨額の対外債務を抱えるアジア諸国は軒並み事実上の「国家的不渡り」=デフォルト(債務不履行)に直面し、国際通貨基金(IMF)や世銀、日米欧の金融支援で事態を乗り切ることに必死である。そこには一昨年までの世界経済をリードするアジア・ニーズ、躍進する新興工業諸国といったイメージは消え失せてしまっている。
中でも「四頭の虎」(韓国、台湾、香港、シンガポール)の先頭に立っていた韓国の事態の進展は象徴的である。
昨年末の史上最大規模のIMF支援にもかかわらず、むしろIMFの融資条件順守(経常収支赤字を対GDP=国内総生産比1%以下、増税による財政の均衡と黒字維持、不良金融債権を抱える金融機関の整理)によって、今年に入って経済悪化がさらに急速に進み、信用収縮が一気に激化、預金引き出し、取り付け騒ぎ、優良銀行への移し替え、資金回収にともなう倒産が頻発、その中で財閥系マーチャントバンク14社が閉鎖に追い込まれている。
事態の急迫にIMFも緊縮条件を緩和せざるをえず、急遽、短期債務250億ドルを政府保証の長期債務に振り替え、2/3には韓国政府が強く要望していた金利引下げにも合意、ようやく小康状態に入ったところである。
しかしIMFはこうした一連の交渉過程で、債券市場の全面開放、敵対的M&Aの許容などを含めた外資の自由化を強く要求、外資を含めた合併・買収による金融機関の整理統合、さらには労働基本権に関わる解雇の自由化までを要求、事実上、欧米資本に、この機会に大幅に値下がりした優良企業や銀行を買いたたく絶好の機会を与えたともいえよう。まさに今後の事態の成り行きは「IMFに聞け」というわけである。

<<金大中新政権に立ちはだかるもの>>
こうしたもっとも困難な最中に、金大中新政権が2/25に発足する。新政権は、金融情勢安定化のために、先進7カ国を中心とする80億ドルのさらなる追加融資、日米欧主要債権銀行との債務に関する個別交渉を提起している。国内的には、財閥と政権との癒着、保護主義の温床を断ち切ることに重点を移し、さらには財政経済院を頂点とする分野別縦割り機構を改革し、金融監督機能を財政から分離することを明らかにしている。
こうした課題は、実に日本と共通するものを持っているが、はたして事態が改善されるであろうか。そう単純ではないし、基礎的条件がきわめて悪化させられていること、立ちはだかる分厚い壁はそう簡単には崩れるものではないであろう。
なにしろ韓国の対外債務は96年末で1000億ドル程度にまで達していたのであるが、97年から98年にかけて通貨が50%強も暴落、ウォン建てで債務が80兆ウォンから170兆ウォンへと増大、90兆ウォンもの為替差損が発生しているのである。
このウォン価値暴落の結果をGDPで見ると、96年のドル建てGDPは4800億ドル、これが今回の暴落レートで再計算すると、実に2300億ドルに激減している。国内総生産の半分近くにも達する対外債務はどのように努力したとしても返せるものではないであろう。韓国とIMFが支援条件に合意した昨年12月3日の直前には、韓国の外貨保有高はわずか37億ドルでしかなかった。にもかかわらず、これまで海外で調達した短期資金を直接東南アジアなどのリスクの高い案件に長期投資してきた結果、たとえばインドネシアへの債権は60億ドルを超えており、これ自身がもはや不良債権化しつつある。

<<現代版徳政令の必要性>>
さらにその借り手であるインドネシアの場合を見ると、事態はもっと劣悪である。対ドル為替相場が80%強も暴落した結果、ドル建てGDPが2300億ドルから何と400億ドルにも急減し、これに対する対外債務が実に1400億ドルにも達しているのである。国内総生産の3倍以上もの債務など返せるはずもなかろう。韓国、インドネシア、タイ、フィリピンの5カ国でGDPは1兆1000億ドルから4600億ドルへと半分以下に縮小したことになる。
これら諸国においては、少々の飢餓輸出、低賃金労働による貿易黒字程度では金利さえ払えなくなっているのが実態である。事態の本質的な解決のためには、債務負担を大幅に軽減し、為替レートの回復をはかるより他に再生への処方箋がなく、そのためには大規模な現代版徳政令、巨額の債務の棚上げ、棒引き、債権放棄が必要なのである。最大の貸し手としての日米欧資本の過剰で無責任な投融資のツケが、相手国の債務危機という形で自分たちに跳ね返ってきたのである。
米国自身が96年末時点でも経常収支赤字が1480億ドルを超え、現状放置すれば米経常赤字が国内総生産GDP比2%程度から3%程度に増えることは間違いがない。他国にはGDP比1%以下を要求しながら、自らは基軸通貨の特権を悪用して赤字のドルを全世界に垂れ流して、他国の犠牲の上に我が世の春を謳歌するという構図がすでに受け入れ難い段階に達しつつあるとも言えよう。
このことは、そのことによって日本的特殊性やアジア的特殊性として主張される情報秘匿の慣行、財閥と政権の密接な癒着構造、閉鎖的な独占的系列支配構造、政・官・財の腐敗構造が免罪されるものではないし、金大中政権の登場やスハルト政権の危機に見られるようにそれぞれの諸国においてもはや許し難い課題になってきていることをも明らかにしている。

<<「セッタイ」「ノーパンしゃぶしゃぶ」>>
その日本的特殊性をまたもや全世界にさらけ出したのが、またかとうんざりするほど出てくる大蔵省と金融機関の癒着・汚職・腐敗記事の連続である。今や、「セッタイ」がそのまま新聞に使われる事態になった。「銀行や金融業界の重役による公僕セッタイは日本に充満している」(1/20付けUSAトゥデイ)と報じられ、この2/4付けウォールストリートジャーナル社説では、「官僚がノーパンしゃぶしゃぶで接待漬けになり、逮捕者、自殺者、辞任者が続出する日本最強の役所」=大蔵省という役所そのものの有り様が問われており、小手先の改造では問題解決など不可能であり、新たに就任した松永蔵相には「腐敗体質是正・金融危機救済を期待できない」とまで断言されている。
さらに1/29付けロサンゼルスタイムズ社説は、橋本首相自身がすでに蔵相辞任の経歴を有しており、その「91年には今回と同様な省内の銀行・証券業界との不祥疑惑にまみれたものだが、そこから今回までどのような改革や学習を得たのであろうか」と指摘、橋本首相は「世界第2位の経済大国にもかかわらず、二流の政策しか取れないのであれば、それはこれまで権力を握ってきた自民党政府の責任が問われねばならないし、同党は政治的にもそのツケを払うべきである」と手厳しい。
大蔵省の検査官が相手先からゴルフ、料亭で豪勢な接待をうけ、しゃぶしゃぶを食いながら、ノーパン女性を侍らせ、懐中電灯で覗きまくり、卑猥な行為に没頭している姿は、腐敗・癒着構造の末期的症状を示すものであろう。接待漬けにあっていたのは大蔵省ばかりか、日銀現職幹部にも及んでおり、あわてて当局は、金融関連部局の在職経験者550人を対象に、過去5年間に受けたゴルフや宴会などの接待の日時、場所、相手などを自己申告させているが、お互いに隠し合うことは眼に見えており、そんな結果報告など誰にも信じられないであろう。
大蔵省は事態を糊塗するために急遽、金融検査官を監査する「金融服務監査官」を新設したが、またもや腐敗の重層化をしかもたらさない身内による監視態勢であり、いったいこの監査官の不正は誰が監査するのであろうか。

<<大蔵省の解体>>
不良資産隠しや不正融資、癒着行政維持のためには手段を選ばぬ企業体質、接待工作と買収、これらには問題の野村証券や日本興業銀行にとどまらず、第一勧銀からあさひ、三和をはじめ、大手銀行、大手証券会社のほとんどがすべて関与、率先していたことが明らかになっている。
大蔵省の監督下に、独占的保護行政のもとで、不良債権がどれだけ膨らもうと情報を互いに隠し通し、問題解決を先送りし、バブルが崩壊しそれでも隠しきれなくなると国民の負担に転嫁し、税金を投入する、なおそれでも情報公開にはかたくなに抵抗する、こうした護送船団方式がもはや通用しなくなってきたにもかかわらず、こうした構造の維持に固執する勢力が厳然として存在しているのである。
橋本内閣の行革は、明らかに大蔵省の財政・金融の権限集中にだけは決して手を触れさせないように仕組んでいる。そこには予算配分から税制、金融行政まで絶大な権限が集中していることに政治的利益を見出し、権力の甘い汁を吸い取ろうとする政府・自民党と大蔵官僚の利害の一致が集中しているとも言えよう。腐敗の構図の最大の温床でもあり、原点でもある。財政と金融行政との完全分離、国税庁の分離・独立、第三者機関による監査・監督体制、大蔵省の解体こそが再度現実的な政治日程に上らせられなければならいのである。
もともとこの点については、一昨年の暮れの自民、社民、さきがけの与党3党合意で「財政と金融の分離を明確にする」とされていた課題である。ところがセッタイ疑惑表面化の直前に、目先の金融不安の拡大を絶好の根拠にして、「当面の金融不安に拍車をかける」として分離に反対する方向が社民、さきがけを巻き込んで確認されてしまった。野党各党も同じ土俵に引きずり込まれ、音無しである。一体、自民党以外の政党の存在意義はどこに行ってしまったのであろうか。3党合意の復活と野党の存在を賭けた奮起を望みたいところであるが、むなしい願望であろうか。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.243 1998年2月21日

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