【投稿】日米新軍事ガイドラインと有事立法
●『ニュー・ウォー・マニュアル』
この6/8に、ハワイのホノルルで日米防衛協力小委員会(SDC)で日米両政府が協議してきた「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)中間報告が発表された。昨年4月にクリントン大統領と橋本首相が発表した「21世紀への日米安保共同宣言」に基づくものであるが、単に日米間にとどまらないこれまでとは質的に異なった新たな軍事的懸念と緊張激化をもたらしかねない危険な段階に一歩足を踏み出そうとしていると言えよう。
従来の日米安保条約では、日米防衛協力の範囲について、「日本国の施政の下にある領域における武力攻撃」とだけ定めており、周辺有事についての日米間の取り決めは存在せ
ず、78年に作られた現行のガイドラインでも、「日本への武力攻撃、日本の安全に重大な影響がある」場合の日米共同作戦が中心であった。ところが今回の新ガイドラインは「日本周辺海域での日米防衛協力」にまで共同作戦範囲を広げ、周辺有事の際の米軍作戦に村する日本の支援に重点を明確に移してきている。これまで、自衛隊は日本への侵略に対して日本の領域内でのみ作戦行動をとるもので、領域外での作戦行動はありえない、とされてきたが、新ガイドラインによって、今後は「日本の平和と安全に重要な影響を与える日本周辺での事態」に際して、「戦闘地域と一線を画される後方地域」という限界を設けてはいるものの、「自衛隊の艦船による船舶検査(臨検)」、「封鎖海域での機雷の掃海」、日本周辺の公海とその上空における米軍への補給・輸送など「米軍への後方支援」等々、領海・領空を超えた公海上での米軍との共同行動をとることが前面に打ち出されているのである。米紙が報道するようにまさに新たな「ウォー(戦争)・マニュアル」である。
●「日本を取り巻く領域」とは?
これによって、日本は戦後初めて自国の領域外で、他国から武力行使とみなされかねない行動に出る可能性に道を開くわけである。日本の自衛隊の役割が拡大され、「日本を取り巻く領域における」米軍の緊急出撃に、日本の戦艦や戦闘機も参加し、逆に米軍機が日本の自衛隊専用空港ならびに民間空港を有事に使用できる道も開かれようとしている。
これまで政府はたとえ情報提供であっても、「特定の国の武力行使を直接支援するような情報提供は、武力の行使と一体となる可能性がある」(内閣法制局見解)として排除してきたのであるが、今回は直接軍事力の行使につながる共同作戦行動、しかも日本に有事が及ばない「日本周辺有事」であっても米軍との共同行動をとることが打ち出されているのである。これは明らかに、憲法で禁じられている軍事力の行使そのものであり、集団的自衛権の行使禁止に関する従来の政府見解にさえ抵触するものである。
これはアメリカ側が、在日米軍の作戦行動の範囲を太平洋全域から中東にまで広げ、日本をその前進基地とし、その補給や輸送、臨検、海上封鎖の後方支援、機雷除去まで作戦指揮以外のできることはすべて同盟国にになわせる傾向を露骨に示しているといえよう。
「米国は、そのコミットメントを達成するため、核抑止力を保持するとともに、アジア太平洋地域における前方展開兵力を維持し、かつ、来援しうるその他の兵力を保持する」(「中間報告」4章4-1)として、東アジアにおける米軍駐留十万人体制維持という米国の政治・経済上の利益に基づいた軍事戦略がまずあり、この米軍の行動をあらゆる面で支援・補助するのが日本だと言うのが本音であり、主旨である。
この新ガイドラインは、今年秋まで審議され、その最終報告は9月末に提出されることになっている。
●憲法議連と有事立法
この「中間報告」はさらに、米軍支援について「中央政府」、「地方公共団体の機関」、「民間の能力」を活用するとして、その対象が自衛隊から地方公共団体、一般企業、民間人にまで及び、地域も朝鮮半島から中東に及ぶ(米側理解)としている。地方公共団体、民間の能力活用までくれば、これらを強制的に動員できる法的整備、つまり有事立法がここぞとばかりに叫ばれ出されるわけである。
これに関連して、6/9の記者会見で、梶山官房長官は、「それぞれの政令や省令、ないしは法律などを作って対処しなければならない」、と有事立法の制定を含めた法的整備を
促進する意向を明らかにし、久間防衛庁長官は、6/13の衆院特別委員会での答弁で、有事立法の法案提出の時期について、「臨時国会までに全部をつめることはできないと思うので、(提出は)多分通常国会になる」と述べ、日米新ガイドラインにとって有事立法が緊急不可欠な課題であることを強調しだした。
ここに急浮上してきたのが、憲法議連(憲法調査委員会設置議員連盟)である。5/23に急きょ、旗揚げの議連総会が開かれ、自民、新進、民主、太陽、さきがけの衆参議員350人以上が結集(衆院253、参院103)。設立趣意書では「地球環境問題の深刻化」や「価値観の多様化」などをあげているが、狙いは明らかに憲法9条の改悪と有事法制にあることは論を待たない。
同議連の最高顧問に就任した中曽根元首相は、「自衛隊は憲法違反ではない。集団的自衛権は日本は使える。憲法を改正してはっきりさせる必要が出てくる」と明言しており、同議連の三役は、中山太郎会長が「日本では現実に自衛隊がありながら憲法に手をつけられないでいる」と嘆き、天皇の元首化と有事法制をとなえる愛知和男(新進)氏が幹事長につき、靖国神社国家護持をとなえ、現憲法の全面書き換えを主張する鳩山邦夫氏(民主)が事務総長と、いずれもそろいもそろって狙いを憲法九条の改悪と有事立法を画策する最悪のトリオである。かれらは、「憲法調査委員会」を予算委員会と同じ規模の常任委員会として設置する国会法改正案を国会に提出し、成立を目指すことを確認している。
●「ピンのフタ」論
6/20から開かれる先進国のデンバー・サミットには、ロシアがついに正式メンバーとして参加する事態である。冷戦構造の終焉の結果でもある。世界第一、第二位の軍事大国が、共通の最大脅威であったソ連が崩壊し、その軍事的脅威が消滅したにもかかわらず、ここ数年、軍事同盟強化に努めている実態は、何と説明できるのであろうか。
1960年の日米安保条約に基づく米国の戦略は、西のNAT0に対応し、東からもソ連や中国を封じ込めることにあり、そこにすべての大義名分が存在していた。それが一体なぜ冷
戦終結、ソ連崩壊という状況にあっても、日米の軍事力を強化する必要があるのか、その論理的で納得できる認識はまったくと言っていいほど示されてはいない。アメリカでさえ、過去のソ連に取って代わる脅威を立証し得ていないし、せいぜい上げられるのが地域紛争の頻発である。残るのは自己の政治的経済的利害のための軍事力でしかない。
日本のマスコミも政府も、そして自民党と新進党が「米国がこれを強く求めている。国連でも日本が血を流さなければ世界から孤立する」などと盛んに世論を誘導しようとしている。しかしアメリカのマスコミは、ほとんど無視、ないしは無関心である。ホノルルでガイドラインの概要が発表された6/8の翌日には、ワシントン・タイムズが取り上げただけである。これは統一教会の文鮮明が所有するウルトラ保守の新聞に過ぎない。
5/30のニューヨークタイムズヘの沖縄の米海兵隊基地の撤去を要請する意見広告に対する反論の中に、「海兵隊はオマエら日本人を監視するためにいるのだ」というのがあったという。在日米軍はいわば日本の軍事力強化を統制・監視し、過去の日本軍国主義・ファシズムによって手ひどい犠牲を強いられた周辺諸国をなだめる役目を果たしていると言う、いわゆる「ビンのフタ」論が、一種の安心感をもって受け入れられている。今回のガイドラインに対して示した韓国政府の受け取り方がその代表であろう。それほど信頼されてはいないし、過去の清算も義務も果たしていない国として日本が見られていることの証左でもある。
●躊躇なく大胆な食糧援助を!
今回の新ガイドラインを合理化する唯一の具体的な説明は、北朝鮮の「未曾有の食糧危機」と連動した「暴発」論である。たしかに北朝鮮はこれまでたびたび軍事的強硬姿勢を
「脅し」として用いてきたのは事実であろう。93/3に核拡散防止条約脱退宣言の直前に行った戦闘準備態勢命令、94/4の南北実務協議の席上での「ソウル火の海」発言、93/4板門店で強行した武装演習、黄書記亡命に関連しての「報復」発言等々、なんとなく危なっかしい発言や行動がつさまとい、それが不意の軍事行動の惧れとして誇大に宣伝され、利用されている実態は無視し得ないものである。
「未曾有の飢饉」が本物だとして、その実態を真剣に問題として取り上げ、調査団を派遣し、具体的な解決に向けての援助の手を差し伸べることこそが、本来取られてしかるべき
解決策であろう。食糧危機が極限に至ると周辺世界に戦争を仕掛けかねないとか、暴発が起き、大量難民が発生し、日本国内と相呼応して暴動を起こしかねないと言った根拠薄弱な想定によっマ、それを日米軍事同盟強化の理由に使うことなど許されるものではない。それは逆の効果をしかもたらさないであろう。
そもそも隣国でありながら、ただただ疑心暗鬼で様子をうかがい、日本海側での日本人拉致事件を理由に、橋本首相自ら「食糧援助はしない」といってはばからない、本当に「日本周辺」の平和を願っているのか、「暴発」を願っているのか分からないような無責任な態度は即刻止めるべきであろう。
米国と韓国はそれぞれに北との対話のパイプを維持し、現実に相当規模の食糧援助も行いながら、対処しており、その食糧援助も韓国赤十字要員が引き渡し場所を訪れて授受証を交換、写真を撮影し、国際赤十字ピョンヤン駐在代表団の立ち会いによる配分まで行われている。さらに韓国の民間支援者は地域や支援対象者を特定することが可能となり、離散家族への支援や音信回復にもつながると期待されている。ところが日本は食糧援助を拒否し、対話の努力もほとんど行わないまま、軍事的な対応といわば「朝鮮有事」の国内体制に腐心している醜い国家に成り下がろうとしている。ただちに「未曾有の飢饉」に対応する食糧援助をこそ大胆に躊躇することなく実行すべきである。それこそが日本周辺の平和と安定に寄与する唯一の道と言えよう。 (生駒 敬)
【出典】 アサート No.235 1997年6月15日