【投稿】諫早干拓と公共事業の見直しへ–環境保護運動と公共事業–
4月以降、環境問題と公共事業を結ぷ数々の動きが相次いで出てきている。諌早干潟の「ムツゴロウ」に始まっているようだが、その背景には行財政改革・財政再建に関わっての公共事業の見直しの具体化、それを促進している各地の市民運動の動き、そして公共事業コントロール法提案など新しいイメージを作ろうとしている民主党の動きなどがある。ある意味でこれらの動きをトータルに捉えることが必要だと考えるので少し整理してみたい。
■50年前の事業目的の亡霊・・・・諌早干拓
長良川河口堰建設の場合も、昭和40年代の工業用水・上下水用水などの水需要予測から計画された事業であった。その後、水需要は解消され、「塩害」と「防災」へと建設目的は変更されてきた。自然破壊を代償としてである。現在問題になっている諌早干拓事業もその最初の目的は戦後の食料不足解消のための農業用地の確保であった。しかし、減反政策の中もはやその理由は成りたたなくなった。そこで、「防災」が登場し、水害対策が全面に出てきた。いろいろな経過はすでに報道がなされているので省略するが、去る4月14日の水門閉門によって、3千haに及ぶ干潟に死が宣告され、ムツゴロウ、シオマネキなどの生物の死滅が引き起こされることで、世論は一斉にこの事業に注目することとなった。
はっきりしているのは、農林省や地元推進派が大事な事を忘れていることである。それは第1に自然環境保護への国民の意識の大きな変化である。地元推進派が、反対の先頭を
切っている民主党などに「ムツゴロウが大事か、災害の犠牲になる国民が大事か?」などの反論をしていることでもわかるように、環境保護への決定的な軽視がある。さらに、地元への補助金の誘導、「地元が納得しているのだから」など公共事業費の投入が地元だけで判断出来る、という時代遅れの発想である。
5月中旬から地元市民による運動が始まり、各党党首レベルの地元視察が行われる事態となった。6月14日には東京で市民デモが400名で行われたし、諌早干潟を守る署名も現地の「諌早干潟緊急救済本部」が呼びかけ、市民団体や民主党各地の支部が取り組みを始め、今後も事業見直しを強める動きが強まりそうである。(埋立地が増えると、地方交付税算定にも影響するので地元自治体は推進派ということも言えそうだが‥‥)
すでに国外からも諌早へのアプローチが始まっている。5月21日には、アメリカの環境NGO(非政府組織)が「諌早湾を守る米国NGO連合」を結成し、22日付で、橋本龍太郎首相に干拓事業の一時中止と見直しを要請する手紙を出すほか、クリントン米大統領にも日本の公共事業の改革について日米間で協議するよう要請する、と報じられている。
米国NGO連合はアメリカを代表する環境保護団体のほか、国際河川ネットワークなど会員数で約100万人、定期刊行物購読者を含む支援者を合わせると500万人を超す一大組織だという。諌早湾の干潟が渡り鳥など生物多様性保全のために重要な生態系で、干拓事業による破壊は日本だけの問題ではないと、橋本首相あての手紙は「今回の干拓事業問題で、日本の公共事業における環境評価と市民によるチェックの不十分さが浮き彫りになった」と指摘されている。
■ダム建設の見直しが進む
一方、ダム建設見直しについては、95年7月から全国12ケ所で「ダム等事業審議委員会」が建設省によって設置され、審議が行われてさている。いくつかの事業でこの間凍結や見直しの動さが出てきている。
一番目立っているのは、徳島県木頭村の「細河内ダム」だろう。建設反対の藤田村長を先頭に反対運動が進んでいるが、この5月に「事業凍結」が決定された。すでに50億円の調査費が投入されているが、地元の反対で着工できないできた。今回ダム工事事務所の閉鎖を亀井建設大臣が決断した形だ。
また北海道千歳川の放水路計画も97年度予算が20億円について年度途中での約50%10億円の予算執行凍結を5月28日に建設省が決定した。地元などを加えた「円卓会議」が開催されないことなどが理由だが、反対運動ががんばっているわけだ。97予算が執行できない場合、来年度予算への影響し、さらに事業の見直しにまで至る可能性も出てきている。計画自体の見直しではなく、一旦予算計上された予算の執行を凍結するという今回の措置は極めて異例と言われてる。
同じ北海道でも、日高管内平取町の平取ダム建設の是非を検討する諮問機関「沙流川総合開発事業審議委員会」では、道庁がダム建設で産みだされる水について、苫東地区の工業用水としては使わないことを決めたことから、見直しの動きが出ている。この平取ダムも約30年前に苫小牧東部地区工業開発への水供給を目的に計画されたものだが、開発そのものが頓挫しているにも関わらず、ストップがかかっていなかったもの。
また、名古屋市の「藤前干潟」埋め立て問題も地元では反対運動が続けられている。この計画はごみの最終処分場を藤前干潟一帯の46Haを埋め立てて作ろうというもので、ここは環境庁が鳥獣保護区に指定しようとしているほど保護動植物の宝庫でもある。野鳥・渡り鳥にとって「干潟」は、魚やかになどが豊富なこともあり、生息地や停留地として貴重な場所である。動植物もいて、「干潟」「湿地」「湖沼」などは自然保護の大きな対象なのである。
■公共手業への疑問噴出
こうしてダム建設見直しの動きが加速している背景には、当然財政再建論議がある。政府は財政再建法として準備している中にも、公共事業計画の2年間の延長を盛り込んだ。もちろん、それ自体はいいかげんな内容で、「いったん決めたら止まらない」と言われる公共事業の体質には踏み込んでいない。しかし、言わば不要不急の事業については見直すということは、政府・建設省と言えども反対はできない状況になってきている。
特に注意すべきは、長良川河口堰など水資源事業団が行うダム建設費用は、最後は水の最終利用者である住民や自治体に、費用負担が回ってくる仕組みで、住民税や水道料金に知らないうちに転嫁されていることである。
諌早干拓問題でも、主要新聞は公共事業の見直し論議と絡めて、一様に批判的であった。一方、沖縄特措法や医療改革法案で失点をくらった民主党は、公共事業の決定について、国会がコントロールすべきだと法案を提出している。
■民主党が公共事業コントロール法案提出
「霞ヶ関政治の解体」を掲げる民主党は、環境破壊と財政財政再建の両面から、公共事業を見直す手段として、さる5月30日公共事業コントロール法案を提出。長崎県の諌早湾干拓事業など公共事業の見直しを当面の重要政策と位置づけている民主党は法案成立に全力を挙げる構えと言われる。同法案は国会法など十六の法律の改正案を一本化したもの。各省庁の縦割りで策定されている各種公共事業長期計画の効率的な執行を目的とし、(1)各長期計画の開始年度の統一(2)衆参両院に公共事業委員会を設置し、計画の承認・不承認を決定(3)事後評価報告書を策定し、無駄な事業をチェック(4)道路特定財源の廃止-などを盛り込んでいる。この法案の提出にあたっても、長良川河口堰反対を進めてきた「公共事業をチェックする議員の会」や研究者の参加で準備されてきた。今国会では自民党などの反対で成立は困難と言われているが、官僚や自民党などの族議員に独占されてきた公共事業をチェックするという意味で注目すべき動きであると考えられるもの。
■環境アセス法も成立
また公共事業や開発行為が自然環境にどんな影響を与えるか、事前に評価することを義務付ける法律はこれまで未整備であったため、国や企業の動きをストップさせることは困難を極めた。そういう意味で今回成立した、大規模公共事業などによる環境への影響を緩和するための環境影響評価(環境アセスメント)法は注目すべきだ。
同法案は1981年に提出されたが、経済界や開発官庁の反対で83年に廃案になった経緯があり、経済協力開発機構(OECD)加盟二十九カ国で唯一アセス法がない状態が続いていたものだ。現行の行政指導による環境アセスは主に公害防止を目的としたものだったが、新法は、環境基本法が対象とする環境一般の保全に目的が広がり、野生生物や森林、水辺などの自然環境も調査の対象としている。今後、対象となる事業の規模などを政令で定め、二年後をめどに施行される。
成立した環境アセス法は、(1)現行の行政指導によるアセスの評価対象に、発電所や大規模林道、在来線鉄道を加えて十四事業とする(2)アセス開始前の段階で住民や自治体の意見を聞さ、アセスの対象にするか、評価項目をどうするか、などを判断する(3)住民が意見を述べる機会を一回から二回に増やし、事業地域外の住民も意見が出せるようにする-などが主な内容だ。2年をめどに施行されると言うが今後環境運動の武器になる法律だ。
環境に関わっては、5月に河川法の改正も行われている。民主党はそれぞれの水系ごとに委員会を作るという民主党案を提出したが、否決となった。主な改正内容は、従来の治水中心から「環境」にも配慮する、という内容。
■すべての公共事業の見直しを行え
こうして、諌早干潟問逝の焦点化と同時進行で、環境をキーワードにした動きが相次いでいる。この動きの中で民主党と市民運動の果たしている役割は多いに評価したい。そして、これら川とダムをめぐる運動の背景となっているのが「長良川河口堰反対運動」の中での蓄積だ、ということは明らかだ。
公共事業が環境を破壊している、この事実は諌早でも長良川でも同じ。国家予算を官僚と族議員、保守系の自治体関係者、ゼネコンが食い物にするという構造だ。財政再建という中で、注目を集めているだけに、環境運動の側の攻勢の時期だということがでさる。
長良川河口堰問題では、6月2日に日弁連が「運用中止」の意見書を出している。「現状には多くの問題点があり、河口堰の運用は中止すべきだ」とした意見書だ。意見書は、河口堰建設の根拠にもなっていた国の水需要予測が過大になっている点などを指摘。「河口堰がなくても、水需要はまかなえる」としている。また、河口堰の運用によって、生物や環境が受ける影響は無視できず、震災対策の研究、調査も不十分であるとした。間違が解決されるまで、運用を停止すべきだという内容だ。
事業見直しに大きな応援団が動き出した。7月には超党派国会議員団の長島町現地入りも予定されている。夏から秋にかけて環境運動は公共事業見直しを大きな目標に動き出している。(佐野秀夫)
【出典】 アサート No.235 1997年6月15日