【投稿】地方分権推進委員会が中間報告

【投稿】地方分権推進委員会が中間報告
                     「機関委任事務廃止を断定」

本誌においては、依辺氏によるシリーズ「地方分権と政治改革」が昨年来掲載され、3年前の自民党単独政権の崩壊と連立政権の成立、政界の再編の中での「地方分権」課題をどうのような戦略で位置づけるか、という分析が行われてきた。
筆者も地方自治に従事するものとして、非常な関心をもっている。それは自分の仕事がどう変化するのか、またどう変わらなければならないか、を考えるとき、まさに「戦略的課題」としての「地方分権」の行方に無関心ではいられないからである。

政府は昨年7月「地方分権推進法」を施行し、7月には法に基づく「地方分権推進委員会」(諸井日経連副会長が委員長)を設置した。この法律は5年間の時限立法であり、推進委員会は今年の年末での「最終報告」勧告を目指して昨年来委員会を開催し、3月29日に中間報告を公表している。
この文書では、この中間報告の内容と評価について指摘をしてみたい。

<前進した中間報告と後退する政府>
中間報告の評価については、例えば「この中間報告は多くの問題を先送りにしたにも拘わらず、その基本的方向性において極めて重要な内容を含んでいるといってよい。その要諦はなんといっても機関委任事務制度の廃止を明らかにしたことである。」(辻山幸宣中央大学教授)という評価が、特に自治労周辺の学者グループから聞かれる。私も「中間報告」のみに限定すれば同感である。「地方分権推進法」に基づく地方分権推進計画を政府が立てるための関係団体の「意見調整組織」としての「分権推進委員会」が「この報告の公表を契機に、地方分権推進に対する草の根の関心がたかまり、・・・さらなる国民的論議が全国津々浦々に広がり深まることを希望する」という中間報告まえがきに述べているのは深い意味がある。
「地方分権推進法」が成立したのは村山政権下であった。現在の橋本政権と比べると「政権の存立基盤」が同様の自社さ連立政権とは言え、微妙な変化を見せている。
3月29日、中間報告を受け取った橋本首相は「さらに慎重な審議を期待する」として、内容に戸惑っている様子も伺える。エコノミスト4/16号によれば、「首相からは中間報告ばかりだけではなく、地方分権推進委員会の運営について相当注文がつけられたとする見方が有力」で、首相は「2月に行革委員会、経済審議会、財政審議会、地方分権推進委員会の連携強化を命じ、3月に各会長・事務局長会議が開かれたが、分権推進委員会の論議の方向に危惧を抱いたからだ」との報道もある。
中間報告を受けて、官僚・族議員が「権益」保全のため動きはじめているとも言われ、「行革のプロ」を自認する橋本首相はじめ政府の側も年末の最終報告に向けて、相当な巻き返しがあると考えたほうがいいようだ。

<機関委任事務廃止に省庁は抵抗>
昨年7月以来の議論過程の中で、地方分権推進委員会は、知事会、市長会、町村会から代表を招いてヒアリングを行った。4回行われたが249頁に及ぶ資料が提出された。自治体名は匿名ながら実例を挙げて改革の方向を提示したのだ。
例をあげると①都市計画決定は、市町村責任という建前になっていながら実際には各省庁との協議が必要とされ、市街化区域・市街化調整区域の線引きには、出張平均31回、事務処理所要日数平均804日、再考1600日もかかる。
②障害者の補装具の交付は団体事務だが、厚生省告示で細かく定められていて少しでも合致しないと大臣協議となる。このため松葉杖に寒冷地に必要なアイスピックをつけようとすると大臣協議が必要となる。
③A市:特養老人ホームの待機者が20名おり、身障施設の要望もあるため、両施設を合わせて定員50名として設置要件のクリアーを検討したが、各施設ごとの定員要件(各25名)達成を指導され、計画を断念した、など。
この後、今度は建設省、農水省、通産省、国土庁、運輸省、郵政省、環境庁、厚生省、など16省庁から5回に渡ってヒアリングがおこなわれたが、「全国統一の基準、公平性の確保」などを理由にすべての省庁が「機関委任事務の廃止には反対」の立場を主張したという。

<機関委任事務廃止を決断すべき>
中間報告は、こうした議論過程を経ながらも、懸案の「機関委任事務は廃止することを決断すべき」であると断定した。機関委任事務とは本来、国の事務であるものを「地方自治体の長」が「執行機関」として行う事務のことであり、「明治時代の旧市制・町村制の地方制度において自治体であった市町村の長を国の指揮監督下におく方式として制度下された」もので、戦後の地方自治制度の発足によって知事公選制に移行したにも関わらず、都道府県にも拡大され、項目数で561(うち都道府県379、市町村182)にも及んでいる。「機関委任事務の執行にあたっては、知事は大臣の、市町村長は国の機関としての知事の指揮監督を受けるものとされ、議会のチェックも制限されるなど、機関委任事務制度は、日本の中央集権型システムの中核的部分となっている。
この制度によって、「国と地方のの関係を上下・主従の関係に置いている」「自治体の首長は、自治体の長の立場と国の地方行政機関の役割を二重に持ち、地方自治に徹しきれない」「通達行政などによる国の関与に対して、報告・協議・認可など膨大なコスト・時間を要する」などの弊害が指摘されてきた。
当然、中央省庁は「機関委任事務の存続」を主張しているわけだが、その背景に省庁・官僚・族議員の既得権ともいうべき利害が存在しているのである。

<分権推進の異なる立場>
省庁側の抵抗にも関わらず、「機関委任事務の廃止」を報告に盛り込んだのはどんな力だろうか。推進委員会7名のうち、学者は3名、現職市長1名(福岡市長、前全国市長会会長)、県知事経験者2名、そして財界から1名(日経連副会長)となっている。県知事経験者には長洲一二氏も入っている。この人選そのものにも、一定程度村山政権下であったことが影響しているように思える。
他方で、地方分権推進は、「行革推進・規制緩和」や「国にしか担い得ない国際調整課題への国の各省庁の対応能力を高めるため、国の各省庁の国内問題に対する濃密な関与に伴う負担を軽減するため・・・」などの立場から主張されている。新進党も「機関委任事務廃止」の立場といわれる。小沢流の「普通の国」論でもある。「民主的行政システムとしての地方分権推進」の立場と、結果としての「規制緩和」や「国際調整力の強化」からの分権推進の立場とは今後厳しい対立が予想されるわけである。(この問題については、前述の『地方分権と政治改革』95年1月掲載にも詳しい分析がある)

<「自治事務」と「法定受託事務」>
分権推進委員会は「機関委任事務の廃止」を述べただけでなく、廃止後の地方自治体の事務の分類、国の関与のあり方についても合わせて提案し、地方自治体が行っている事務がどれに分類されるか、国(省庁)と地方に問題を提起しており、今年年末の最終報告への議論の「枠決め」を行っている点も注目されている。自治体の事務を自治事務と法定受託事務にわけ、自治事務を本来の自治体の事務、法定受託事務は専ら国の利害に関係のある事務だが、利便性・効率性の観点から法律により地方が受託する事務とするとしている。また自治事務についての国の関与は、権力的であってはならず、関与の位置づけは「法の規定」が必要としている。
「機関委任事務」廃止は、膨大な量の法律改正と事務の整理が必要になるのもので決して短期間ではできないだろう。しかし、「方向」が明らかになれば、あとは線引きをめぐる攻防ということになる。上述のような省庁・官僚・族議員の存在を考えれば、まだまだ安心はできないのである。

<自己決定権の思想>
中間報告は前段で「地方分権の理念」明らかにしているが、前述の「規制緩和・行革推進・国際調整力の強化」などの諸点を別として、評価できると思える。
千葉大、鈴木教授によれば、「分権型社会」を構成する原理として
①決定権における上下型から並列型へ。自治体が自己決定権を持つこと。
②行政統制型から立法統制型へ(民主的法治主義)
③新たな「国と地方」の調整ルールの確立、を挙げている。
①は、国と地方の対等な関係を表しているのは当然として、②は、現状では法律、政令等に基づかない有形、無形の法律の範囲外の「通達」や「行政指導」によって地方がしばられているのが現状である。「立法統制」すなわち自治体が条例等で「地方法」的な処置により行政運営すべきである。
③は今回沖縄の米軍基地への借地問題において、国が大田知事を訴えた例のように訴訟による解決をめざすルールが必要となる。中間報告においても「国と地方」の調整ルール、第3者機関、立法・訴訟による調整を想定しているのである。

<残る最大の問題:地方財政問題>
地方分権の理念、国と地方の新しい関係、機関委任事務の廃止などについては一定論議の対象となりうる「中間報告」であったが、十分に尽くされていない問題がある。財源の問題である。
3割自治と言われてきたように、税収上の比率では地方3に対して国が7程度となってきた。一方支出ベースでは93年度で公的支出の75%が地方支出となっている。地方税+交付税による税の再配分を受けることで地方の支出は大きなものとなっている。但し交付税や補助金は、前述のような「国の配分権」が担保された上で地方に回ってくるわけで、「地方分権推進」の立場からは、地方税、交付税・補助金の一般財源化など「国と地方」の税における配分の見直し、現行財政制度からの移行の問題など、特に利害の絡む問題であり、地方分権推進の最大の問題であるとも言える。
中間報告では「地方公共団体の自主性・自立性を高める見地から、国と地方公共団体の財政関係についても基本的な見直しを行う必要がある」として「国庫補助負担金の整理合理化、存続する国庫補助負担金の運用・関与、地方税・地方交付税等の地方一般財源の充実確保」をあげているものの、具体的な方向は示されていない。但し新聞報道によれば、地方分権推進委員会は5月にも「地方財政・税制の見直し」のため専門チームを設置し、7月には検討結果をまとめると言う。検討項目は、国庫補助負担金の見直し、地方債発行の許可問題、地方債の市場整備、地方税の拡充問題等である。

<地域がどう変わるのか・・分権議論>
中間報告が出され、年末までさらに最終報告に向けて「地方分権推進委員会」での議論は続けられようとしている。「国と地方の新しい関係」といわれているが、振り返って我々の職場である「自治体の姿」を思い浮かべると、まだまだ分権論議はさびしいかぎりだ。「地方分権に名を借りた行革推進」との自治労連の時代錯誤は別のレベルだが、「まちづくり」や「高齢者福祉政策」などの重点課題においても、まだまだ「分権」によって「行政サービス」の向上を図ろうなどという雰囲気ではない。むしろバブルの後始末、景気低迷を受けて大阪の各自治体も財政的には厳しい時代を迎えている。自力で分権を進めようという迫力がない状況で、分権よりも行革の方に重点があるほどだ。
「分権推進委員会」の奮闘(?)に応えて、議論を盛り上げなければならないと思う。
(1996-04-16 佐野秀夫)

【出典】 アサート No.221 1996年4月20日

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