【翻訳と紹介】「現代ロシアが直面する経済」

【翻訳と紹介】「現代ロシアが直面する経済」
      ニコライ・シメリョフ(ロシア科学アカデミー・ヨーロッパ研究所所長)
          

 以下は、去る6月23日、大阪で開かれた現代社会主義研究会で行われた報告要旨である。報告者は、現代ロシアで最も著名な経済学者の一人である。

1.
 現在のわが国おいては、誰が権力についたとしても、それがデモクラッツであれ、リベラルであれ、ニュー・ソシアリスト、ナショナリストであれ、はたまた軍事体制であったとしても、しばらくの期間は、それがどのような政府であれ、現政府が直面しているものと同一の諸問題に直面せざるを得ないであろうし、同一の手法をもって解決に当たらねばならないであろう。いずれにしてもすでに、それが当然であったのであろうが、過去の包括的な司令経済体制は崩壊しているのである。政権がどのようなものであったとしても、現在のわが国の特殊な諸条件にもっとも適した形での中央における統制と自由市場の施策を追求せざるを得ないのである。
2.
 結局のところ、指導層もそして社会全体も、「ショック」療法であれ「ぬるま湯」療法であれ、いわゆる特別な処方箋には一時的な成果さえも期待などできないことを理解したというか、させられたともいえよう。今日、当初の民主主義と市場への急激な方向転換に対する陶酔感が消え去るとともに、わが「ソビエト」から引き継いだすべてのものによってもたらされた厳しい現実が、ますます明白になってきている。現在展開されている事態は、ここ数年やあるいは数十年といったものではなく、最低でも2世代、おそらくは3世代も要することであろう。
3.
 ロシアが現在直面している重要な経済的課題は、以下の点にあると、私は考えている。
3-1.
 いつまでも「爆弾を抱えたオートボルタ人」の地位に甘んじたくないのであれば、多くの部門で経済的な可能性を持ちながらも、現在まったく必要性がないか、あるいは方向性を与え直すか近代化することが急務となっているような産業部門や企業については除外して考えることが必要である。様々な評価や見積もりが行われているが、こうした部門は産業分野で3分の1から3分の2の間、集団・国営農業部門では4分の3にまで達している。逆説的であり、しかも残酷なようであるが、しかしロシアが実際に必要としているのは、そうした部門を退場させることであり、それが現在進行しているのである。それは避け難いものであったし、それによって経済全体に利益がもたらされるのである。
3-2.
 いずれにしても、巨大企業の私有化、つまりは株式会社化の第一段階は、そのほとんどは形式的なものであるが、この二、三年の内に完了するであろう。現在よりいっそう重要なことは、政府と社会が最終的には私有化後の経済環境に力を集中し、改善をはかることである。とりわけ、政府は、都市部や地方の私企業に対して安全が保証され、不正・腐敗行為が排除された、経済を刺激し、活性化させる環境を創出しなければならない。そうした環境を作り出すことは、特別な重要性を持っている。なぜなら、産業やサービス、農業部門で成果をあげようとしている私的部門にとって、経済の立て直しにともなう失業を吸収する代案は他にはないからである。
3-3.
 ロシアは、最終的には健全で効率的に機能する金融制度を持つ必要がある。財政赤字をGNPの3-4%という可能な限度に削減し、インフレの進行を1ケタの水準に抑え込み、金融システムのすべてにおいて実質金利を確保し、出現し始めたばかりの資本・金融市場を全面的に発展させ、経済全体のドル経済化をストップさせ、ここ数年の内に外国に流出したマネーを呼び戻すことが必要なのである。
3-4.
 10月の分離決議以後、ロシアの政治的不安定性と中央・地方間の緊張の脅威は、実質的には減少している。しかしながら、重要かつもっとも論議を呼ぶ問題、連邦、地域、地方政府間の税収の実際的な配分については、まだ解決されていない。
3-5.
 ソ連崩壊後に新しく独立した諸国(ラトビアとエストニアを除く)のほとんどの破滅的な経済状況は、現代世界経済においてはどれ一つとして経済的に一人立ちすることは不可能であることを実証している。
 再統合にとっては、二つの根本的な「必要」条件がある。先ず第一に、再統合は絶対に自発的なものでなければならず、強制されたものであってはならないということ。再統合は、特別な権利であって、一般的な権利ではないのである。第二に、市場自身が再統合の条件を設定すべきものであって、そこには、人為的な価格引き下げ、補助金、無利子融資、未返済融資といった過去の旧ソ連邦時代にまったくゆがめられていた商取引関係があってはならないということである。
3-6.
 ロシアの改革に対して西側の援助が相当程度増大すると期待することは、きわめて非現実的なことであろう。少なくとも今日までのところ、ロシアに対する西側の政府ならびに民間融資の負債返済の繰り延べが、西側の援助の主要な形態であった。90年代のそうした負債繰り延べの継続は、批判的にみられるべきものである。すべての他の分野において、西側諸国や国際金融機関は、実効性のある社会的安全体系の構築に援助の主要な努力を集中すべきだと、私は考えている。
 同時に、政府はわが国の経済を開放することによって、すべての生産者を外国の競争相手に無慈悲にさらし出すことはできるものではない。開放政策と保護主義の最適な結合を見い出すことも、現代ロシアにとってますます重要な課題となってきている。
4.
 今日われわれは、世界史上前例のない諸問題に直面している。いつの日か首尾よく解決することが出来るであろうか。当然ながら現在、誰も確実なことを約束できるものではない。つまるところは、この国と人々の可能性に信を置くか置かないかという信頼の問題である。
(訳 生駒 敬) 

 【出典】 アサート No.212 1995年7月15日

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