【本の紹介】『アメリカ民主主義の裏切り-誰が民衆に語るのか』
W・グレイダー著、94年3月10日、青土社発行、2800円
<<アメリカ民主主義の体制的崩壊>>
冷戦体制の崩壊は、ソ連邦の崩壊と軌を一にしたが、それでは一方この冷戦体制はアメリカ社会に何をもたらしたのであろうか。この本の著者、グレイダーは、「長期にわたる動員体制は、民主主義的な関係を根底から変えてしまい、遠く離れまた責任を持てない場所に権力を集中し、機密保持を体制化し、大衆に対する目に余る欺瞞と偽善を育んできた。またそういう動員体制は、習慣化してしまったやり方で法を犯した。またそれによって、国家目標の大きな問題点を軍事的な政治エリートに任せることになった。またこの体制は、すべての民主的機関を犠牲にして、大統領職に権力を集中させた。問題は、つまり、敵が消えてしまったからには、民主的秩序を回復することが可能か、ということである」と、問いかけている。
著者は冒頭から、アメリカ民主主義に対するきわめて厳しい評価から出発する。「アメリカ民主主義の腐敗状態は捉えにくい。それはそうした事実が隠されているからではなく、至る所に見えるからである。頼もしい見せ掛け、定例の選挙などの裏で自治の実質的な意味は空洞化してしまっている。形式的な外部の裏にあるものは、私たちが民主主義と呼ぶ共通の市民的価値の体制的崩壊である。」
著者はこのように断言して、アメリカ民主主義の体制的崩壊の実態を、あらゆる角度から、徹底的に検証する。その手法は、抽象的観念的なものではなくて、政府や行政組織、財界や巨大企業、ホワイトハウスと二大政党、議会やロビィストの実態を、具体的な個人名や企業名、組織名を上げて、その発言から行動、データ、そして生々しいインタビューを含めて実に執拗に実像に迫るものである。それは著者が、30年以上にわたる記者生活の中で、さまざまな分野のあらゆる現場に飛び込み、格闘してきた成果の反映でもある。それは多くの点で日本の政治の腐敗と共通するものであるが、そのせめぎあいは日本以上に熾烈であり、根深く、また階級的である。
<<国境を越えた民衆の連帯>>
しかし著者は同時に、「こうしたわびしい現実に対し、重要な反対の真理がある。それはまれにしか認められることはなく、それ故広く理解されない真理である。それはすなわち、公式な代議制の失敗にもかかわらず国民は異常な政治的エネルギーで満ちているということである。あらゆる種類・身分の市民が、実際、いかなる妨害にもめげず、大衆的議題を提出しようとする動きになんらかの形で参加している。一般の市民は、選挙の方は見限ってしまったかもしれないが、なお民主主義の意味を求め、しかも創意に富んだ多様性をもって奮闘している」と、指摘するのである。
このように著者は、アメリカ民主主義への希望を捨ててはいない。捨ててはいないどころか、アメリカ民主主義再生の道をさまざまな形で提起している。しかもその再生の重要なポイントを、環境破壊や労働条件の悪化と関連して、世界的規模での新しい国際的な「国境を越えた民衆の連帯」と結びつけることに置いていることである。とかく民主主義を狭く理解しがちなだけに、われわれの目を大きく開かせてくれるものがあるのではないだろうか。
(生駒 敬)
【出典】 アサート No.198 1994年5月15日