【コラム】ひとりごと–ロシア最高会議ビルに砲撃に思う–
▽ロシア最高会議ビルを戦車が重火器で砲撃し、数百人もの死者が出た。現在までのところこの正確な死者の数さえ厳しい検閲の為に公表されていない。私はこのおぞましい映像を見ながら、思い浮かぶかぎりのロシアのリベラルな知識人の胸のうちを想像してみた。▽西側の世論は、今までのところロシアが核大国であること、エリツィンが「民主主義者」を装っていること、反大統領派が先に手を出したという喧嘩の論理でエリツィン支持で固まっている。▽しかしこれはきわめて政治的判断にもとづく「支持」であり、当然のことながら、リベラルな思考が求められるレベルでは、問題はまったく別である。ニューズウイークの最新号にその一端が載っている。一例をあげてみよう。「保守派は大嫌いだけれど、今の状況は一方だけが悪いんじゃない。議会を軍隊に包囲させておいて、何が”勝利”なの?本当に恥ずかしい」(ジャーナリストのリュドミラ・サラスキナ)、「エリツィンは国を一つにまとめられなかった。そのくせ自分を支持するか武装蜂起で戦うか、どちらかを 選べという」(政治評論家アンッドレイ・コルトウコフ)、「新しい指導者、新世代の政治家が必要だ」(詩人のユーリー・キム)などなど。▽これらの控えめな発言からも、ロシアの良識派の悲痛な心情が伝わってくる。願わくば、彼らのこうした発言が保守派に肩入れするものだというあらぬ意図的なフレームアップによって封じ込められることにならぬことを祈るばかりである。 (O 10月5日)
【出典】 青年の旗 No.191 1993年10月15日