【投稿】ヨーロッパ旅行雑感
某印刷会社から転職して一年。新しく入った会社は、新聞・雑誌の広告を中心に行なっている100名弱の製版屋です。そこの会社の創立00周年記念旅行ということで、生まれてはじめて海外(ヨーロッパ10日間)へ行ってきました。
きっちりとした報告はできませんが、いろいろと思ったことを述べてみたいと思います。
まず、おじさんたちの旅行に行く前の反応です。旅行が近づくにつれ、当然、社内では旅行の話で持ちきりになるわけですが、その話題の中心は「旅の不安」なのです。「パリには警官をよそおった観光客狙いのドロポウがいるらしい」と言って、新聞の切り抜きを持ってくるもの。「ポーチやデイパックはナイフで切られるからやめたほうがよい」という治安に関する話から「旅行用紙パンツ」の試着報告に至るまで、社内の論議は「旅の不安」しかないのです。もちろん、諸外国に比べて日本ほど治安のよい国はないわけですから、「旅の不安」が語られて当然です。しかし、その話のみなのです。誰一人として、「ルーブル美術館のOOという絵はすばらしいから、ぜひ、見てきたほうが良い」とか「ウィーンの森から見る景色はすばらしいらしいぞ」とか、前向きな話はひとつもなく、あいかわらず毎日、「旅の不安」が語られ続けられるのです。しかも、社員のほとんどが海外旅行未経験ならまだわかりますが、社員旅行で2~3回は出かけている人がほとんどなのです。
なぜ、このような話しかでてこないのか私にはよく理解できませんでした。また、若い世代の反応はいろいろですが、結構多いのが、「会社の人と10日間も一緒にいるくらいなら行きたくない」といって、辞退する人です。「アフター5は会社とは別な人間と過ごしたい」という傾向が強くなっている昨今ですから理解できなくはありませんが、私などは「ただで行けるのにもったいない」と思ってしまいました。
ヨーロッパに行って一番思ったことは、街に対する考え方の違いです。まず、古い建物と街の景観を非常に大切にするということです。パリもウィーンもそうですが、街の建物のほとんどは中世(?)の建物です。日本みたいな高層ビルはほとんどありません。そして、そのような景観を守るために様々な条令が定められています。建物には色を塗ってはいけない。店の看板は細かくサイズや位置が決められています。ネオンなどあまり見かけないのですが、ネオンをつけるにしても細かく規定があります。その上、パリでは表に洗濯物をほしてはいけないという条令もあります。ほとんどの家庭では、洗催物はバスルームにほすそうです。
アパートについても古ければ古いほど人気が高く家賃がいそうです。機能面から見ても、古いアパートは最低でも壁の厚さが60cm以上あるため、隣の部屋の物音が聞こえない。夏は涼しく、冬は一度部屋を暖めてしまえば、熱が逃げることなく暖房費がかからない等の利点があるようです。
また、街の緑についても非常に大切にしています。ウィーンでは市民一人あたり、最低でも2平方メートルの緑を確保しなければならないという法律があり、自分の庭の木であっても、かってには切れないそうです。パリでは、歩道の工事をするにしても、歩道の木の保護を充分行なってからでないと工事ができないし、まして工事中に木が一本でも切られようものなら、街中にデモの嵐が吹き荒れるそうです。 そのようなヨーロッパで異臭を放つかのように存在しているのが、日本人の料理店、ラーメン屋等です。パリには約100軒くらいの日本料理店がありますが、その多くが店先にラーメン屋の大きな赤い提灯をぶらさげていたり、派手な日本語の看板をぶらさげていたりします。外に洗濯物もほさずに、パリの景戟を保っているパリ市民がどのような気持ちでこれらを見つめているのかを考えると思わずぞっとしてしまいます。
古いものを大切に残すことが一概に良いとは言うつもりもありませんが、日本人とヨーロッパの人々の間には、街、生活等に対する考え方に大きな開きがあるようです。「このあたりに、歴史的な労働者の戦いによって築きあげられたヨーロッパの民主主義と底の浅い日本の民主主義のギャップがあらわれているのではないか……」とかってに思い込んで帰ってきた私でした。
いずれにしても、学ぶことの多いヨーロッパ旅行でした。言葉が良くわからなくても、片言の英語と学生運動で鍛えたずうずうしさがあれば、なんとかなるという実感も持てました。来年は、自分でお金を貯めてまた海外へ出かけてみようと思っています。自分の視野を広げるという意味でも、運動を考え直すという意味でも非常に役立つと思います。みなさんも機会があれば出かけてみて下さい。 東京・N
【出典】 青年の旗 No.176 1992年6月15日