【投稿】歴史的転換期の米新大統領 –地殻変動の第一歩–
<レーガン・ブッシュ=冷戦路線の終焉>
クリントン米次期新大統領は、勝利宣言の冒頭で「今回の選挙は冷戦が終わり、次の世紀に向けた試練に米国が立ち向かい、成長を回復するための進軍
ラッパだ」と述べた。これはまさに冷戦の終焉という世界的な歴史の転換期に照応した米新大統領の登場といえよう。エポックメーキングな出来事である
とともに、米国全体の地殻変動の第一歩を示すものであろう。
選挙戦でFOR A CHANGE =変革を訴えるクリントン陣営に対して、ブッシュ陣営はEXPERIENCE=経験を対置したのであるが、その経験はワープロ時代にタ
イブライターの修理経験をいうような、もはや時代遅れのご用済みのものとして拒否されたのである。
ブッシュ陣営は、冷戦時代の思考そのままにクリントンの兵役拒否を個人攻撃の最大のテーマとしたのであったが、何の成果も得られなかった。逆にク
リントンは、「我々の世代の多くの米国民と同じように、私は国を愛していたが、ベトナム戦争には非常に強く反対した」と、これを正面から受けて立
ち、今の米国指導者に必要なのは戦争指導者ではなく、経済再建の指導者であることを訴えた。彼は英オックスフォード大留学時代から、ロンドンの反戦
デモに参加していたのである。
本来ならば、ブッシュ大統領は冷戦と湾岸戦争という二つの戦争の勝利者であることからすれば、圧勝して当たり前のはずであった。事実昨年の湾岸戦
争時には90%以上の支持を獲得していたのである。
にもかかわらず事態は大きく変動した。ソ連を悪の帝国と叫び、軍拡経済に突き進んだレーガノミックスの負の遺産は、膨大な軍事費と巨大な財政赤字、
基幹産業の荒廃、産業競争力の低下、社会資本の劣化とマネーゲームをもたらし、40年にも及ぶ冷戦経済の重い後遺症を加速化させたのであった。冷戦に
負けたのはソ連だけではなかったのである。冷戦終焉はむしろ米国経済自身も冷戦経済に敗北したことを示し、さらにその「戦後処理」コストが膨大なも
のであることが明瞭になってきた。米国民はようやくそのことに気づき、クリントンに変革への希望を託したのである。
<クリントノミックス>
クリントンはテレビ討論でこ「景気が本当に回復するためにはもう一人、ブッソユ大統領、あなたの失業が必要だ」と述べ、米国は公共投資、設備投
資、研究開発それに教育への投資を怠ってきたことを最大の問題として取り上げ、経済の健全さこそが国の強さと安全を確保する基盤であることを強調し
た。大統領直属の経済安全保障会議を設置するという構想は、冷戦時代には考えられもしなかったものであろう。冷戦時代の花形であった国家安全保障会
議(NSC)よりも、重要性を帯びてくるかもしれない。
現在明らかにされているクリントンの経済政策(クリントノミツタス)の重要な柱は以下の通りである。
①経済基盤整備:社会基盤整備のための新規公共投資2000億ドル、中心は高速鉄道、先端技術、電気通信網、道路整備など。4年間で800億ドルの産業
基盤整備、中小企業の育成。
②財政、税制:歳出削減1400億ドル。年収20万ドル以上の層の所得税を最高36%まで引き上げる(4年間で800億ドル増税)、年間報酬100万ドル以上の
企業経営陣への所得控除の制限と加算税制の新設、中間所得層、年収6万ドル以下の減税(4年間で200億ドル減税)、投資減税(生産性向上や先端
技術開発のための設備投資と中小企業の長期投資に対する税額控除)、海外に向上を移転した企業に増税、外国企業への徴税強化
③科学技術:軍事から民政研究への転換、政府研究予算の内、防衛と民政の比率を現在の6対4から、5対5とする。二酸化炭素排出規制の強化など、環境
規制を強化する。
④軍縮:5年間で国防費を600億ドル削減する。兵力総数とSDIの見直し。枚実験の停止、枚拡散防止条約の強化。
⑤通商:不公正貿易を続ける国に対してスーパー301条を復活、適用する。
<地球環境版マーシャルプラン>
経済政策とともに注目されるのは、地球環境問題への対応である。これに対してはブッシュ政権は何のリーダーシップも発揮しなかったばかりか、常に
ブレーキをかけてきたのであるが、アル・ゴア次期副大統領は、地球温暖化防止条約で米政府の政策を批判し、プッシュ陣営から「オゾンマン」と攻撃さ
れた環境保護論者であり、地球環境国際議員連盟の総裁もつとめている、いわば環境副大統領である。
「地球環境に対する文明の攻撃という事態に際して、もし世界のリーダーとしてのカを発揮できなかったら、アメリカは再び将来の混沌を招いてしま
うかもしれない」と主張するゴア氏は、世界人口の安定化、環境に優しい技術開発、環境への影響を評価する経済システムの確立などを掲げた「地球環境
版マーシャルプラン」を提案している。
これはまさに冷戦終焉後の世界史的な転挽点にあたって、全人類的課題である環境問題をもはや一刻もゆるがせに出来ない事態の反映といえよう。この
点でもブッシュ陣営は全く時代遅れの認識しか持ち得ていなかったのである。クリントンがいうように「いろんな問題が無視されてきた。エイズ、環境、
国内経済の活性化。今回の選挙は長期間にわたり、見逃されてきたこうした問題を直視することを呼びかけるものだった」のであり、エネルギー多消費を
はじめとするこれまでの生活様式そのものが問われたのである。
クリントン新政権の政策は、多くの矛盾を抱え、これまでの政権のツケに苦しまざるをえないであろう。しかし地殻変動の第一歩が踏み出されたといえよう。
<問われる日本の政策>
時代の大きな流れの変化の中で、全世界的な冷戦後のあらゆる問題は複雑に絡み合っており、世界的な新しい平和と協力、全人類的課題、地球環境保護
への姿勢がすべての国に問われている。
クリントンは「われわれは日本に対して、首尾一貫した政策をまだ持ち得ていない」ことを明らかにしつつ、「日本と協力しつつ競争する」と明言して
いる。派閥抗争と腐敗・汚職、暴力団との結託の中で自民党政権は、何等の積極的なリーダーシップも発揮し得ずに、泥沼に引きずり込まれている。事態
を打開するイニシヤチプは野党側にこそあるはずである。日本の政治状況は世界史的な転換点とは余りにもかけ離れているのではないだろうか。来年7月
には東京でサミットが開かれるが、これまでのような理念のない個別対応型の行きあたりばったりのやり方ではもはや通用しない時代に突入しているとい
えよう。 (生駒 敬)
【出典】 青年の旗 No.181 1992年11月15日