『詩』 スケッチ
大木透
(ネフスキー大通り)
イリッチは
ネフスキーを
閥歩するように
社会主義はやってこない
と 嘆いた
僕は
一本一二ルーブルの
アイスキャンデーを
なめなめ
やすやすとでこほこの王道を進む
前向きの資本主義者らしい
物売りが
言い争っている
舌の根に
にがみが走る
プーシキンを
探しに来たのでもあるまい
ジプシーが
俺を見上げる
なかには
ロシア人も混じっている
ああ
IMF総会で
ジプシー役を
演ずるひな鳥たちに
幸いあれ
俺は
急いで
ゴーリキー通りへ
隠れた
(スモールヌイ)
左にマルクス
右にエンゲルスの視線を
用心深く逃れて
スモールヌイに入る
磨き抜かれた
遠い昔の
遺跡のようだ
レーニンが愛用した
机に座ってみる
色の変わったプラウダが
土地を農民にと告げている
向かいのソファーに
妻が座り
数十年の生活を
振り返っている
ただ徹笑んでいる
案内人が言うには
時々サブチャータ市長が
お客を招いて
ここに座って見せるそうだ
さてもさても
市長の顔つきや
いかん
ご説明や
いかん
(チェルヌイシェフスキー像)
留学中に
ひと儲けした
自タクのドライバーは
メルセデスを操る
像を訪ねると言うと
びっくりして
ダサイおっさんやな-
と せせら笑う
花一輪もない
汚れきった銅像は
逆光のなかに
「なにをなすべきか」
考える
瞳は見えないが
もうシベリアを
望んでいるわけではあるまい
脱イデオロギーという
イデオロギーがあることも
気にかけずに
若者は
ローレンツに
凝っていると言う
なにも
誰も
信じないと言いながら
若者は
まだ交通信号だけは
信じている
サブチヤク氏よ
せめて
信号だけは
守ってやってくれ
(一九九二・八・一五)
【出典】 青年の旗 No.181 1992年11月15日