【投稿】根拠なき「緊急事態宣言」の解除と今後の新型コロナウイルス対策
福井 杉本達也
1 根拠もなく「緊急事態宣言」の解除
政府は5月25日夜、新型 コロナウイルス特別措置法に基づく緊急事態宣言を全面解除した。継続中だった北海道と東京など首都圏4都県も対象から外した。解除理由は①直近1週間の新規患者数が人口10万人あたり0.5人以下、②医療提供体制、③検査体制をあげたが、何の根拠もない。そもそも、PCR検査をしぼり、感染者数を少なく見せてきたのであるから根拠ある数字など出しようがない。政府専門家会議の尾身副座長自身が、「5月11日の参院予算委員会において『症状が軽い、ない人が多くいる。(実際は)10倍か15倍か20倍というのは誰にも分からない。』と述べ、10日現在で約1万6 千人との報告数を大きく上回る可能性があるとの見方を示した」(福井:2020.5.12)と居直り、あまりにも「素直」・かつ「無責任」な証言をしている。哲学者の内山節は「正体不明のウイルスの気持ち悪さ」とともに、「もうひとつ、コロナウイルスの蔓延とともに展開している現代社会の気持ち悪さがある」として、「政府の発表が真実に基づいているとはいえない…私たちは、真実を伝えられないままに、政府の指示に従うという実に気持ちの悪い世界でくらしている」と述べている(『新型コロナ19氏の意見』(農文協ブックレット:2020.5.10)が、全く「気持ちの悪い」解除である。
2 PCR検査をしないことを「日本型モデル」と自画自賛した能天気の首相
安倍首相は緊急事態宣言解除の会見において「我が国では、緊急事態を宣言しても、罰則を伴う強制的な外出規制などを実施することはできません。それでも、そうした日本ならではのやり方で、わずか1か月半で、今回の流行をほぼ収束させることができました。正に、日本モデルの力を示したと思います。」「日本の感染症への対応は、世界において卓越した模範である。」と自画自賛した。
今回の新型コロナウイルス対応の失敗は①新型コロナウイルスを第二種感染症にいきなり指定したことにある。第二種感染症に指定したことで、感染者は軽症者を含め指定病院に隔離しなければならない。ところが軽症者・無症状者が多かったのである。中国などからの多数発表される論文などをチェックしていればこうしたことは把握できたはずであるが、現場を全く知らない厚労省の医官にはそのような能力はなく、感染症法の机上プランをいきなり実施してしまった。そのため、約1800床の指定医療機関の病床はすぐ満床となってしまった。②クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号に多数の乗客・乗員を監禁し感染を広めてしまった。このため、さらにに指定病床に負担がかかった。③病床が著しく逼迫したため極端にPCR検査数をしぼり、患者数が顕在化しないように抑えた。そこで感染者が地下にもぐることとなった。また、発熱後4日間という強い縛りを設けたため、患者が重症化し、また家庭内感染なども多発することとなった。④結核などの感染症が減少したことで、国が感染症対策の第一線から撤退し、2000年前後から国立病院の廃止や自治体への移管を行い(例えば、福井県鯖江市では陸軍病院の流れをくむ国立鯖江病院が公立丹南病院として移管された)、医療費削減の流れの中で、“儲からない”感染症病床の削減を進めた。⑤国が医療の第一線から引いたにもかかわらず、厚労省→感染研→保健所の古い体制を残し、自治体に財源も含めた医療の権限移管を行わずに来た。⑥社会的環境が大きく変化してきているにも関わらず、感染症対策に保健所という公権力を背景として私権を制限し感染者をあぶり出す人海戦術による古いシステムのままで対応しようとした。⑦大都市部においては公権力の行使がうまく進まない中、「ライブハウス」・「歌舞伎町」・「パチンコ」・「8割削減」などというマスコミなどを利用した何の疫学的根拠もない恫喝を多用した。
「マスク2枚も、10万円も何もできない。検査ももちろんできない。」、「 海外と比較するのがいいとは思わないが、それでもここまで無能ぶりをさらけ出してくれると、どうしようもない」、「ここまで研究者、専門家が腐っているとはさすがに想像さえしてなかった」(小野俊一Twitter)。「かつての重要分野が文明の発展で当たり前のことになり、やがて忘れられた分野になって予算が減り、人の質が下がって大トラブルになり、当たり前が崩壊する。とにかくダメな専門家ばかりなので何もかも対応に失敗する。日本はこれを繰り返しながら急速に衰退して行くのだろう」(手塚一佳Twitter)というのが政府に対する一般的な評価であろう。
こうしたあまりにもお粗末な国の体制ではあるが、国の指示を無視してPCR検査を大規模に行った仁坂和歌山県知事や愛知県の大村知事などの一部の知事の行動が、欧米のような危機的状況にまでは至らず、日本を救った。大村知事は5月26日、安倍首相の能天気な自画自賛を無視し、見識ある会見を行った。「病院で受け入れ困難だった感染者数や救急件数などの情報公開、検証が全国で必要との考えを示した。特に首都圏や大阪圏に対して、『大きな課題だ』と強調。『ひと山越えてめでたしではない。検証しないとまた同じことになる』と述べた。大村氏はこれまで東京と大阪で医療崩壊が起きていると繰り返し指摘。11日の記者会見では『病院に入れない、救急を断るのは医療崩壊で東京と大阪で起きた。医療崩壊を起こしたら行政としては負け。何を言いつくろっても結果だ』としていた。」(朝日:2020.5.27)もっともな見解である。今後強力な2波・3波が襲ってきた場合、住民は知事の“能力”によっては殺されかねない。
3 3月の『超過死亡』が200人で流行のピーク?―4月の「宣言」は無理筋
5月25日の日経は「『超過死亡』200人以上か」として、「新型コロナウイルスの感染が拡大した2月中旬から3月までに肺炎などの死亡者が東京都区内で200人以上増えた可能性がある。同じ期間に感染確認された死亡数は都全体で計16人。 PCR検査で感染を確認されていないケースが潜み、把握漏れの恐れがある」と報じている。『超過死亡』とは、「感染症が流行した一定の期間の死亡数が、過去の平均的な水準をどれだけ上回っているか示す指標」である。今年は2月にはインフルエンザの流行はない。ようするに3月が「超過死亡」が多いということは、新型コロナウイルス感染のピークがあったとする指標に他ならない。3月24日に安倍首相は東京オリンピックを1年延期すると決めた。直後から小池都知事らを始めに「都市封鎖」(ロックダウン)の論議が盛んになり、ピークから1か月遅れの4月7日に7都府県に「緊急事態宣言」を出した。その頃より東京都のPCR検査体制が少し”緩み“感染者が200人を超し、あたかも4月に入ってから感染が拡大しているかのように見せかけた。そもそも、欧米が3月にピークを迎えているのに発生源の中国に近い日本だけのピークの時期が4月になるのという根拠は見いだせない。2月から3月の時期に、韓国や台湾も感染のピークを迎えていた。日本だけが第1波の中国からの感染ルートを抑えたものの欧米からの帰国者などによる第2波(?)で4月に感染が拡大したというのはあまりにも不自然である。
そもそも「ロックダウン」に感染拡大を防止する効果があるかどうかは不明である。ロックダウンの目的は感染爆発の初期に非感染者を自宅から出さずに守ることにある。そこで非感染者も「自己に利益がある」としてしぶしぶ協力する。今回の新型コロナウイルスのような「致死率が1%を切るような、比較的毒性が弱い病原体の場合はどうだろうか。ロックダウンは大きな経済的ダメージを与える上、高齢者の健康を害する懸念もある」(上昌弘「日本は『ロックダウン』より『院内感染対策』を急げ」:2020.4.3)と当初より指摘されていた。とするならば、4月7日から5月25日までの49日にわたる「緊急事態宣言」は時期を失した全くの政治的パフォーマンスであり、大規模な経済破壊だったのではないか。東京都の2月~3月の『超過死亡』があまりにも多いとの反響から、感染研は5月24日、ひそかにデータを修正した。益々疑惑は膨らむばかりである(佐藤章:『論座』2020.5.27)。
4 「自粛」という“大本営発表”
日本の場合にはこのロックダウンを事実上の強制であるにもかかわらず、「経済的補償をしない」ので強制ではないと言い張り、「自粛」だと称し、マスコミを使って「3密」、「8割削減」、「ステイホーム」といった“大本営発表”を垂れ流し、「自粛警察」も使って国民を恫喝しまくったが、その「政策」的根拠はなにもない。
英国は、3月18日からロックダウンし、5月25日時点の感染者数は約26万人、死亡者数は約3万7000人にのぼっている。ロックダウンを進言したのは、ジョンソン首相の側近の疫学者ニール・ファーガソン教授だといわれている。「ファーガソン教授は、感染症数理モデルにより『英国で都市封鎖を実施しなければ、新型コロナウイルス感染症により50万人が命を失う』との予測を示して」英国民を恫喝した。しかし、2013年にノーベル化学賞を受賞した米スタンフォード大学の生物物理学者マイケル・レヴィッド教授によれば、「「『都市封鎖は、国民の生命を守るよりもむしろ多くの死亡者を出す結果を招いている』と英国での都市封鎖に異を唱え、『専門家が統計を誤って読み解き、新型コロナウイルス感染症の実際の疫学を誤ってモデル化している』と指摘している(英紙テレグラフ)。」レヴィッド教授は、続けて「新型コロナウイルス感染症が発生すると、都市封鎖など、感染拡大防止のための措置が講じられるか否かにかかわらず、『2週間にわたって指数関数的に感染者数と死亡者数が増加したのち、増加ペースが鈍化する』という数理パターンが認められた」としている(yahooニュース:Newsweek:2020.5.26)。
5 「集団免疫論」という優生思想と感染者の社会的排除
37.5度以上が4日間というPCR検査の門前払い基準が続けば、もし感染したらどうしようと不安にかられるのは誰しもである。そうした中で、感染しないように個人が防護しようとすると、感染者家族・感染者の所属する組織・地域・学校や感染源に近いと疑われる病院などの医療施設・介護施設等々を避けるようになる。本来の医療とは感染者を早期発見し、早期に治療することであるが、日本のこれまでの検査体制は感染者を発見せず治療せず、見捨てることに絞られてきた。これでは感染者や医療機関等関係者への人権侵害が起きることは避けられない。感染者・家族への差別など、社会不安を煽ってきたのは政府である。それをあたかも個人の責任であるかのように喧伝するのは噴飯ものである。
結果、東京・大阪では明らかな医療崩壊が起きた。北海道の介護老人保健施設「茨戸(ばらと)アカシアハイツ」や大阪の「なみはやリハビリテーション病院」、石川の「二ツ屋病院」等々、高齢者施設や高齢者の患者が入る病院では一旦院内感染が起きると大変な状況となる。時事通信の報道によると、院内感染が起きた大阪府の医療機関5カ所で計35人の患者が死亡し、府内全体の死者の4割超を占めたと報告されている(時事:2020.5.24)。福井も死亡率は結構高い。県の担当者の見解では、高齢者の患者については、気管挿管による人口呼吸器の装着まではしなくてよいという家族側の希望があったとしている。気管挿管してしまえば、意思疎通もできなくなる。高齢者の治療をどこまで行うかという「命の選択」である。通常の入院治療でも高齢者の場合はどこまで高度な治療を求めるのかを常に家族は聞かれる。しかし、高齢者だから一律に切り捨ててよいということにはならない。福井では人工透析の「福島泌尿器科医院」で院内感染があり、入院患者4人が感染、うち3人が死亡、1名が現在も入院中である。人工透析などの持病となると極めて死亡率は高くなる。また、集団感染を起こした東京上野の「永寿総合病院」では血液内科で48人が感染、うち23人が死亡している。白血病の骨髄異形成症候群などを治療している特殊な病院である。白血病は医療費が高くなるからといういうことで切り捨てると、感染症問題では最も危険な「優性思想」につながる。当初の英国や米国の新型コロナウイルスへの対応は「何もしないこと」=「集団免疫論」であった。それが高齢者や社会的弱者の死亡率を高め、米国では死者が10万人を超すという現在のような悲惨な状況を招いている。まだスウェーデンは「集団免疫論」を捨てていない。スウェーデンは5月25日現在で死者数は4000人を超えた。スウェーデンの人口100万人当たりの死者数は339人で、ノルウェーの43人、 デンマークの97人、フィンランドの55人に比べ非常に多い(AFP:2020.5.26)。
6 東アジアの死亡率はなぜか低いのか
欧米諸国は、中国やロシアの死亡率が極端に低いことに対し、死亡者数を隠している、統計をごまかしていると攻撃している。しかし、東アジアの死亡率はなぜか低い。5月29日の専門家会議においても菅谷憲夫慶応大学客員教授は「死者数はアジア全体で低く抑えられている。日本だけが特別に成功したわけではない」と指摘している(福井:2020.5.30)。BCG接種説もあるが、児玉龍彦東大先端研教授によると、ウイルスに打ち勝つための体の抗体は「抗体のうち、まずIgM(病原体に感染したとき最初に作られる抗体)型が出てきて次にIgG(IgMがつくられた後に本格的につくられる)型が出て回復に向かう」というの通常であるが、日本人の「新型コロナウイルスに対する反応を見ますと、IgGが先に反応が起きてIgMの反応が弱いということが分かってきた」として、通常の抗体反応とは逆となっていると指摘する。一方、「重症例でIgMの立ち上がりが早い。軽症例やその他の例ではIgMの反応が遅い。重症化している例ではIgMの反応が普通に起こる」として、「軽くて済んでいるという人は、すでにさまざまなコロナウイルスの亜型にかかっている。そういう方が東アジアに多いのではないか。特に沿海側に流行っている可能性があるのではないか」、「SARSの流行以来、実際にはさまざまなコロナウイルス(SARS-X)が東アジアに流行していた可能性があるのではないか」、「その結果として、欧米に比べて東アジアの感染が最初にIgGが出てくるような免疫を持っていた可能性があるのではないかということも考えられる」という仮説をたてている(「SARS-X流行の仮説」『デモクラシータイムス』:2020.5.16)。いずれにしても安倍首相の自画自賛の「日本型モデル」によるものではない。徹底的な検査体制と研究によって今後検証されねばならない。
現在、中国・武漢市では1100万人の市民全員を対象にPCR検査が進められているが、「大量の検査を処理するため、複数の検体を1本の試験管にまとめて調べるプール方式が採用された。ある試験管で陽性反応が出たら、個別に調べ直して陽性の検体を突き止める。この方式は先月、ドイツの研究者らが英医学誌ランセットに発表した論文の中で、多数の無症状者をふるいにかける必要がある場合の検査方法として提案していた」(CNN:2020.5.26)ものであり、650万人の検査を終え、218人の無症状の感染者が見つかっている。1桁も2桁も違う大量の検査を行うにはこうした生産工学的な発想の転換が必要である。日本のPCR検査がいかに職人的発想による時代錯誤のままであるか。これでは、第2波・第3波の感染拡大には対応できまい。また、韓国ではソウルが第2波の感染拡大に襲われている。しかし、感染経路不明者が4,5割を占める日本と大きく異なる点は感染経路不明者はわずか7%に過ぎないことである。ITを使った感染経路追跡アプリの導入が大きな影響力を発揮している。「自己満足」に浸る日本は、「コロナ後」においても東アジアにおいて “置いてきぼり”になりそうである