北朝鮮はダミー
イージス・アショア計画の頓挫により、急速に台頭してきたのが先制攻撃を含む「敵基地攻撃論」である。
古くは1956年に鳩山一郎が「座して死を待つべしというのが憲法の理念とは考えられない」と先制攻撃を容認する答弁を行った。
さらに96年の「わが国に現実の被害が発生していない時点でも、侵略国がわが国への武力行使に着手していれば、わが国への武力攻撃が発生したと考えられる」との国際法上疑義がある先制的自衛権行使を容認する、野呂田防衛庁長官答弁がある。
いずれも「やられる前にやる」「攻撃は最大の防御」と言わんばかりの、大日本帝国時代と変わらない粗雑な認識である。
何を持って武力行使の着手とするかは、2003年の「東京を火の海にするぞと言ってミサイル屹立をさせ、燃料を注入し始め、不可逆的になった場合は一種の着手」という石破防衛庁長官答弁がある。
しかし、北朝鮮が人工衛星の打ち上げとする、1998年の「光明星1号」を想定したこの石破見解は陳腐化している。当時は射場にロケットをくみ上げ、燃料を注入すると言う悠長な工程であった。
だが現在の中距離弾道弾「火星」シリーズは、巧みに隠匿された移動式発射台を使用するものであり、また開発中と言われる潜水艦発射型弾道弾のいずれも事前の探知は極めて困難であり、全く別の作戦が必要となってくる。
1991年の湾岸戦争で初めて実戦投入された巡航ミサイル「トマホーク」は、先制第一撃としてバクダッドの国防省などイラク軍事中枢(通信指揮・統制・情報)を破壊した。これによりイラクの防空システムは機能を喪失し、多国籍軍航空部隊の進入が容易になり、移動式であるが砂漠地帯で比較的発見が容易な「スカッド」ミサイルの破壊も進んだのである。
こうした敵首都の軍事中枢を無力化する作戦はこの後の、1999年のコソボ紛争に伴うユーゴ空爆や2003年のイラク戦争でも行われ、現代戦のセオリーとなった。
したがって、北朝鮮が「武力行使に着手」したと判断すれば、平壌の軍事中枢機能を先制攻撃する作戦が、軍事的には常識である。日本政府は「トマホーク」に関心を示していると言うが、どのように使われるかは戦訓が示している。
しかし、先述のように現在では「武力行使に着手」したかを確認することは、困難なため、常識的には第一撃を受けてからの反撃と言うことになり、「やられる前にやる」のは不可能である。この場合でも、露見、固定した「ミサイル基地」は存在しないのだから、軍事中枢を攻撃することに代わりは無い。
第一撃を受けることが「座して死を待つ」と言うのであれば、北朝鮮は危険として、「大量破壊兵器の存在」という虚偽の情報で開始された、イラク戦争のような予防戦争に訴えるしかないであろう。
ところが現実には、日本と北朝鮮の間に拉致問題はあるものの、国際紛争の最大要因である領土問題は無く、ある日突然北朝鮮が弾道ミサイルを撃ち込んでくる、などというのは妄想に過ぎない。したがって北朝鮮に対する軍事行動にまつわる論議はフィクションと言ってよい。
主敵は中国へ回帰
にもかかわらず先制攻撃論が浮上してきた背景には、日本の軍事戦略の転換がある。自衛隊は冷戦下における妥協の産物であったが、1990年代までは60年安保体制の下に安住していれば良く、憲法9条により「専守防衛」の箍がはめられ朝鮮、ベトナム、そして湾岸戦争への戦闘部隊派兵も回避できたのである。
しかし21世紀になり、アメリカの国力低下と中国の台頭と言う国際情勢の変化の中、日本独自での権益確保とアメリカへの軍事支援が求められるようになったのである。
中国に対する対決路線は安倍政権下で一時転換がはかられたが、この間再び緊張拡大が進んでいる。この要因は、コロナ禍による「官邸官僚」の地歩の後退、なにより安倍が当事者能力を喪失したことが大きい。
足元を見た自民党タカ派は、習近平国賓訪日反対、尖閣海域などでの中国公船拿捕要求、さらには香港やウイグルでの事態を口実とした対中強硬路線を声高に叫んでいる。8月15日靖国神社には4年ぶり、安倍政権下最多となる4閣僚が参拝したが、安倍は放置した。政権の箍が全く外れた末期症状を表すものであった。
アメリカとの軍事同盟の強化は2015年の「戦争法」で枠組みが作られた。「予防戦争」も含んだ武力による日本の権益確保のためには、改憲が必須であるが当面これは不可能となっている。
しかしこうした作戦を遂行可能な自衛隊の態勢構築は着々と進んでいる。水陸機動団の増強、護衛艦「いずも」型の空母への改修、極超音速ミサイルの開発、巡航ミサイルの保有検討、さらにはイージス・アショアの代替としてミサイル専用艦建造計画も報じられており、自衛隊の外征能力は大きく拡大しようとしている。
安倍は辞任直前の9月11日、「敵基地攻撃能力」の検討を暗に促す談話を発表し、年末までに方策を示すこと求めた。極めて無責任な言動であるが、「安倍路線を継承」する菅政権の対応を、今後厳しく監視していかなければならない。