【投稿】球磨川水系の治水は川辺川ダム建設に頼らずに―自然観の転換と川との共生を

【投稿】球磨川水系の治水は川辺川ダム建設に頼らずに―自然観の転換と川との共生を

                              福井 杉本達也

1 熊本・球磨川支流の川辺川ダム建設再開へ

2020年7月豪雨で氾濫した熊本県・球磨川流域の治水対策として、蒲島郁夫知事は11月19日、球磨川支流の川辺川ダム建設(流水型ダム:下部にある水路から常に放流する。一定量を超える水がダムに入ると水位が自然に上昇し、川の流量を制限することで治水機能を発揮する)を容認すると表明、2008年にダム建設に反対して以来の看板政策であった「ダムによらない治水」を転換した。7月豪雨では65人が死亡、流域で6千戸超が浸水している。今後、国交省と県は流域治水の中心にダムを据えた具体策を検討することとなる。長年止まったままであった大型公共事業が復活するのは異例である(福井:2020.11.20)。川辺川ダムをめぐっては、地元の漁⺠、住⺠は長年にわたり建設に反対し、2001年には球磨川漁協が⼆度にわたって国交省が提⽰した補償案を否決している。2008年には地元・ダム建設予定地の相良村⻑、⼈吉市⻑、県知事が川辺川ダム建設反対を表明し、2009年に国が中⽌を表明していた。

2 川辺川ダムがあれば浸水面積を6割減らせたという国交省の大嘘

10月6日の西日本新聞によると「国⼟交通省九州地⽅整備局は6 ⽇、球磨川流域の氾濫により同県⼈吉市付近であふれ出した⽔量が5200万トンに上るとの推定結果を公表した。併せて、11年前に建設が中⽌された川辺川ダムが 存在した場合のシミュレーションを発表。ダムの貯⽔によって氾濫の⽔量は約 600万トンに抑えられ、同市付近の浸⽔⾯積が6割程度減少するとした。」(2020.10.6)。

しかし、このシミュレーションはダム建設ありきの付け焼刃的に作られたものである。大熊孝新潟大学名誉教授は洪水後の早い段階で「今回の洪⽔位は過去最⼤といって過⾔でない。⾬量や⽔位・流量の変化状況を⾒ると、ほぼ同時刻の7:00頃に全川で急激な⽔位上昇があり、狭窄部下流ほど豪⾬があり、激しい⽔位上昇に⾒舞われている。川辺川ダムがあったとして、そこへの流⼊のピークは五⽊宮園の⽔位から7:00頃であり、その時すでに球磨川本川では上流から下流まで⽔位が急激に上昇し、⼤きな被害を発⽣させていたのである。⼈吉では、4⽇10:00頃に最⾼⽔位に達したようであるが、7:00頃にはすでに河道の流下能⼒約4000㎥/sを超 え、洪⽔流量は5000㎥/sに達し、堤防を越流して、⽔害が発⽣していた。川辺川ダムからの洪⽔流下時間 を考慮すれば、川辺川ダムは存在していたとしても、⽔害軽減にはほとんど役⽴たなかったと考えられる。ダムサイト下流の四浦 で404㎜の降⾬量を記録しており、川辺川ダムサイト下流域の出⽔も⼤きかったと考えられる。」(大熊孝「2020・7・4 球磨川⽔害覚書 −川辺川ダムがあったとして⽔害を防げたか?」2020.7.20)と指摘している。

国交省九州地方整備局の資料:「氾濫を考慮した河道内の再現流量」(2020.10.20)においても、川辺川合流後の球磨川本流:人吉地点で、AM6時には4,600㎥/sを超え、7時には5,000㎥/sを超えており、人吉地点の計画高水流量4,000㎥/sを大幅に超過し氾濫が始まっていたことがわかる。一方、球磨川本流合流地点を2.27km遡った川辺川:柳瀬地点では6時現在で2,600㎥/sであり、3時間後の9時に3,404㎥/sのピークを迎える。検討委員会資料では川辺川ダムがあったと仮定して、4時前後から洪水をダムに貯蔵する計画をたてた。人吉まで流下に2時間かかるとすれば、氾濫する6時に間に合ったのかどうか?しかも、4時前後にはダム予定地点で60.4㎜/時を記録している(国交省九州地方整備局『第2回令和2年7月球磨川豪雨検証委員会 説明資料』:2020.10.6)。ダム操作員はさらに豪雨が酷くなると考えたとしてもおかしくない。4時時点においては洪水をダムに貯留せずに放流を続けた可能性もある。

また、人吉市街で球磨川本流に合流する「山田川からの越水による浸水開始時刻は、証言などから6時頃と想定される。」7時半頃には「山田川からの氾濫水が住宅地へ激しく流入すると共に、球磨川の氾濫開始も確認され、青井阿蘇神社付近等での急激な水位上昇も確認される。」(『検討委員会資料』2020.10.6)。つまり、球磨川本流からの氾濫よりも前に支流である山田川からの氾濫が起きていたのである。山田川は川辺川とは水系が異なる。国交省のウソも極まれりである。国交省は事後的にダム建設に都合の良いように数字を拾い上げ、全ての災害被害を「川辺川ダムがあったら」という話にもっていこうとしているのであるが、時間的にも、地域的にもつじつまがあわない。まさに後出しジャンケンである。

大熊氏は球磨川⽔系の特徴について「⼤きな⽀川としては川辺川、万江川(まえがわ)があるぐらいで、あとは⼩さな川が本川に直⾓に合流する形態をしている。どの⽀川からも同じように洪⽔が本川に流れ込むため、本川では上流から下流まで同時に⽔位が上昇し、同時に最⾼⽔位に達し、その最⾼⽔位は⻑い時間継続する。⼈吉盆地の下流から⼋代の河⼝付近まで、⻑い狭窄部が続く。」(大熊:上記)と書く。もし、流域面積470㎢の川辺川水系よりもさらに広い604㎢の流域面積の球磨川本流上流部において、今回豪雨よりも多い雨が降った場合にはどうなるのか。ダムサイトの豪雨のピークが8時前後だった場合はどうなのか。検討委員会ではそのような議論は一切なされていない。今回のような1965年7月の豪雨をはるかに超え、江戸時代の1669年(寛文9年)の豪雨(青井阿蘇神社の楼門が約1m浸水。死者11人、浸水家屋1432戸)以上の豪雨災害の検討にあたり、わずか3か月で結論を出すというのはあまりにも杜撰である。

3 水害を防げない川辺川ダムの建設を容認-まともな「河川整備計画」は策定できるのか

球磨川水系では全国109水系では唯一「河川整備計画」が策定されないまま,7月豪雨を迎えた。国交省の杜撰な検討委員会資料からは川辺川ダム計画を温存させるためだったことは明らかである。

検討委員会資料はその最後でこっそり「今次洪水に比べ、浸水面積は約6割減、浸水深3.0mを超える範囲は約9割程度減少すると推計。(ただし、計画高水位を超えているため、決壊による浸水リスクは存在)」、「現行の川辺川ダム計画だけでは、全ての被害を防ぐことはできない結果となった。」(「川辺川ダムが存在した場合の検証結果」―「8検証結果について」2020.10.6)と書く。つまり、川辺川ダムを建設したとしても今回のような豪雨災害は防げないと結論したのである。にもかかわらず、蒲島知事らはダム建設を容認したのである。ダムを造れば「⽔害」を防げるという単純な話ではない。国交省を含め、いったい何を考えているのか。いや、江戸時代以来の大洪水に直面して、河道内に洪水を閉じ込めるという明治以降の積み上げてきた土木技術が通用せず、何も考えたくないというのが正解であろう。

今本博健京大名誉教授は「今回の洪水は日本の治水計画の根底に疑問を投げかけるものであった。計画通りに河道整備をしダムをつくっていたとしても,大惨事を避けられなかったのである。」、「いまの治水計画は.対象洪水を設定しそれに対応できる対策を実施することになっている。この治水方式を一定限度の洪水を対象にするという意味で『定量治水』という。」、「河道整備を充実させ,川辺川ダムを復活させたとしても,今回の洪水には到底対応できない。対象洪水を河川整備計画基本方針の1/80というレベルにすればダムを復活させることで一応の辻棲は合わせられるが,再度災害の防止という大原則が崩れる。要するに,定量治水が破綻したのである。」、「唯一の解決策は、対象洪水を設定せず、実現可能な対策を順次積み上げる「非定量治水」に治水方式を転換することである。」(今本博健「川辺川ダムの効果を検証する」『科学』2020.9)と述べている。

また、大熊氏も「氾濫危険地域に⼈が住まないことが究極の⽔害対策といえるが、今後の⼈⼝減少を想定しても、その実現は無理であろう。結局は、氾濫地域に⼈は住み続け、⼤洪⽔には避難し、被害を最⼩限に押さえる以外に⽅法はない。⼈吉の河道流下能⼒を河床掘削により現況より⾼める必要はあると考える。しかし、下流に狭窄部があり、⾕合には 多くの集落があるので、それには限界があり、河道から洪⽔が溢れることを前提とせざるを得ない。その場合、両岸に⽔害防備林を造成し、氾濫流の⽔勢を弱め、⼟砂をろ過する⽅法が次善の策であると考える。その上で、建物を耐⽔化するしかないと考える。」(大熊孝 上記)と書く。ダムさえ造れば、河川をコントロールできると過信してはならない。⾃然を⼈間と対⽴的に捉え、⾃然をコントロールしようというのが明治以降の科学技術の考え方であるが、今回の球磨川の災害はそれを完全に否定した。国交省の検討委員会が最後の最後で図らずも分析したように、今回の豪雨のようなことがあれば、川辺川ダムがあろうがなかろうが球磨川の水害は起きてしまうのである。住民は⾃然と共⽣していく以外に道はない。国交省は水害を所与とした「河川整備計画」を策定できるのか。

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