【投稿】鳩山新政権—-三党連立政策合意の重要性
<<「君子豹変」を求める各紙>>
戦後初めての政権交代が現実となり、民主・社民・国民新党連立の鳩山新政権が船出した。自民党主導の自公連立政権の政権たらい回し、そして何よりも小泉政権以来、露骨に推し進められてきた規制緩和と、セーフティネットの破壊、弱肉強食の市場原理主義が、そして徹底した対米追随主義が、圧倒的多数の有権者の選択によって明確に拒否されたのである。その意味では、自民党一党支配体制が崩壊した今回の政権交代は、歴史的意味を持つ変化と評価することができよう。これが見せかけの、あるいは一時的な、底の浅い変化に過ぎないものとなるか、歴史的意味を持つ変革となるかは、この市場原理主義と対米追随主義路線からいかに決別できるかにかかっているといえよう。
事態の劇的変化に慌てふためき、驚きを隠さない大手メディアはいっせいに警戒と懸念を表明し、投開票翌日には「維持されるべき日本政治の方向性とは、日米同盟を基軸とした外交・安保政策の継続であり、構造改革の推進により経済や社会に活力を取り戻すことにほかならない。民主党が現実的な判断に立ち、これらを継承することができないなら、何のための政権交代かということになる」(8/31、産経・主張「民主党政権 現実路線で国益を守れ 保守再生が自民生き残り策」)と主張し、9/1の読売社説「政権移行始動 基本政策は継続性が重要だ」は、「政権交代によっても、日本の対外関係の基本に変化がないことを、各国首脳に伝え、信頼関係を築くことが大切だ」「(沖縄)普天間飛行場の移設見直しは、日米合意を破棄するに等しく、同盟関係を損なうのは必至だ」「非核三原則について『法制化を検討』し、三原則のうち『持ち込ませず』を明確化する……とも語っている。これでは米軍の核抑止力を否定していると受け止められてしまうのではないか」と深刻な懸念を表明し、同紙は9/17付社説においても「インド洋での海上自衛隊の給油活動について、首相は『来年1月の期限を単純に延長することはない』という。それなら、『単純な延長』以外の方法で、活動を継続する道を探るべきではないか」「普天間飛行場の移設など在日米軍再編は、日米合意を着実に実施することこそが、沖縄など地元自治体の負担軽減の近道である」と書く。
さらに9/2の日経・社説に至っては、「鳩山政権は対米政策で『君子豹変』せよ」と題して、「鳩山政権に対する最も深刻な不安は、外交政策とりわけ対米関係をめぐるそれである。民主党が野党時代の態度を貫けば、不安は現実になるだろう。鳩山政権にとり『君子豹変』は不可避であり、私たちはそれを求める」「日米関係に否定的な影響を与える問題が少なくとも4つある。第一に、インド洋での海上自衛隊による給油活動反対である。第二に、沖縄の普天間基地の県外移設を求めた点である。第三に『思いやり予算』への反対である。第四に、日米地位協定の改定を求めた点である」として、「君子豹変」を求める事態である。
<<「決別」の危険性>>
そして当のアメリカにおいてもさまざまな懸念が表明された。鳩山民主党代表が、PHP研究所の月刊誌『Voice』9月号に寄稿した論文「私の政治哲学」の抜粋英訳が、8/27付けニューヨーク・タイムズ電子版に掲載されたのであるが、この論文に対して米紙ワシントン・ポストは9/1付の社説で、鳩山氏が東アジアに軸足を置いた外交政策を目指していることに触れ、「日本が米国との決別を模索すること」は「核を持った北朝鮮の脅威」に直面する日本と周辺地域にとってあまりに危険だと主張、さらに民主党が「元自民党員と元社会主義者、社会活動家の混合体」であり、実権を握るのは「元自民党のボス」の小沢一郎氏だと指摘、民主党が政権公約に掲げた高速道路無料化や子ども手当については財源が不明確だと批判、国内農業の保護を掲げている点にも不安を表明し、ついで鳩山氏が米国の「市場原理主義」を批判しており、沖縄に駐留する米海兵隊の問題などでオバマ米政権と交渉の余地はあるとした上で「決別」の危険性を訴え、米政権はそれを許してはならないとまで主張したのである。
同じく9/2付け米紙ニューヨーク・タイムズは、「米オバマ政権内で、鳩山代表の外交姿勢に対する懸念が高まっている」として、複数の米政権高官が「アフガニスタンでの戦いといった米国の優先課題や、アジアでの米軍再編などの問題で、米国を支えてきた立場から日本が離れていってしまうのではないか」との懸念を抱いていると紹介、ある高官の「予測不可能な時代に入った」などとする発言を引用しながら、「今回の投票が、米国への長年続いた依存関係から日本が離れようとする、より根本的な変化の予兆なのかどうか、大きな疑問がワシントンにある」とし、オバマ政権が「民主党が勝利したことで、この数十年間で初めて、全く未知の日本の政権、それも、米国への歯にきぬ着せぬ批判をすでに表明した政権に対応しなければならなくなった」と指摘している。
こうした報道と関連して、米国務省のケリー報道官が総選挙直後の8/31、「米政府は普天間飛行場の移設計画や在沖縄米海兵隊のグアム移転計画について、日本政府と再交渉するつもりはない」と突き放し、また9/9には、米国防総省のジェフ・モレル報道官が記者会見のなかで日本の新政権に対して、インド洋での給油活動の継続を促す発言を行ったりしている。
こうしたアメリカ側の懸念に、9/11付け読売は、「米が本音をぶつけてきた」、「新政権は大丈夫か」と鳩山新政権を脅し、対米追随の継続を強要しようとしているが、オバマ政権自身がこれまでのブッシュ路線からの「チェンジ」の過程にあり、路線転換を模索している現実を認識すべきであろう。その意味では、米国務省のキャンベル次官補が9/2のワシントンでの講演で「日本が自立志向を持つのは当然のことだ。日米同盟と何ら矛盾するものではない」と強調、民主党が「対等な日米同盟」を掲げていることを念頭に、「主体性は不可欠」であり「米国は支持する」と力説し、冷静な対応を明確にしていることをこそ評価すべきであろう。
<<「私の政治哲学」>>
ニューヨーク・タイムズ紙に抜粋・紹介された問題の鳩山論文「私の政治哲学」は、以外に基調は明確であり、政権交代の意義を明確にしており、市場原理主義路線からの転換、東アジア地域での恒久的な安全保障としての「東アジア共同体」、地域的な通貨統合としての「アジア共通通貨」の実現を目標として設定し、民主党のマニフェストそのものよりもあいまいさがないとも言えるものである。
同論文は冒頭で、「冷戦後の日本は、アメリカ発のグローバリズムという名の市場原理主義に翻弄されつづけた。至上の価値であるはずの「自由」、その「自由の経済的形式」である資本主義が原理的に追求されていくとき、人間は目的ではなく手段におとしめられ、その尊厳を失う。金融危機後の世界で、われわれはこのことに改めて気が付いた。道義と節度を喪失した金融資本主義、市場至上主義にいかにして歯止めをかけ、国民経済と国民生活を守っていくか。それが今われわれに突きつけられている課題である。」と述べ、鳩山氏持論の「友愛」について、「この時にあたって、われわれは自由の本質に内在する危険を抑止する役割を担うものとして、フランスのスローガン「自由・平等・博愛」の博愛=フラタナティ(fraternite、友愛)の理念に立ち戻らなくてはならない。現時点においては、「友愛」は、グローバル化する現代資本主義の行き過ぎを正し、伝統の中で培われてきた国民経済との調整を目指す理念と言えよう。それは、市場至上主義から国民の生活や安全を守る政策に転換し、共生の経済社会を建設することを意味する。」と述べたものである。
そして今回の世界経済危機は、「冷戦終焉後アメリカが推し進めてきた市場原理主義、金融資本主義の破綻によってもたらされたものである。」と指摘し、「日本の国内でも、このグローバリズムの流れをどのように受け入れていくか、これを積極的に受け入れ、全てを市場に委ねる行き方を良しとする人たちと、これに消極的に対応し、社会的な安全網(セーフティネット)の充実や国民経済的な伝統を守ろうという人たちに分かれた。小泉純一郎政権(2001-2006)以来の自民党は前者であり、私たち民主党はどちらかというと後者の立場だった。」と述べている。
さらに同論文は、「冷戦後の今日までの日本社会の変貌を顧みると、グローバルエコノミーが国民経済を破壊し、市場至上主義が社会を破壊してきた過程と言っても過言ではないだろう。郵政民営化は、長い歴史を持つ郵便局とそれを支えてきた人々の地域社会での伝統的役割をあまりにも軽んじ、郵便局の持つ経済外的価値や共同体的価値を無視し、市場の論理によって一刀両断にしてしまったのだ。」と明確に主張している。
問題の「東アジア共同体」については、「「友愛」が導くもう一つの国家目標は「東アジア共同体」の創造であろう。もちろん、日米安保体制は、今後も日本外交の基軸でありつづけるし、それは紛れもなく重要な日本外交の柱である。同時にわれわれは、アジアに位置する国家としてのアイデンティティを忘れてはならないだろう。経済成長の活力に溢れ、ますます緊密に結びつきつつある東アジア地域を、わが国が生きていく基本的な生活空間と捉えて、この地域に安定した経済協力と安全保障の枠組みを創る努力を続けなくてはならない。」「われわれは、新たな国際協力の枠組みの構築をめざすなかで、各国の過剰なナショナリズムを克服し、経済協力と安全保障のルールを創りあげていく道を進むべきであろう。ヨーロッパと異なり、人口規模も発展段階も政治体制も異なるこの地域に、経済的な統合を実現することは、一朝一夕にできることではない。しかし、日本が先行し、韓国、台湾、香港がつづき、ASEANと中国が果たした高度経済成長の延長線上には、やはり地域的な通貨統合、「アジア共通通貨」の実現を目標としておくべきであり、その背景となる東アジア地域での恒久的な安全保障の枠組みを創出する努力を惜しんではならない。」と結んでいる。三党連立政権が、本来目指すべき当然な主張が展開されていると評価できよう。
<<社会民主党、国民新党の存在意義>>
民主党が、今回の総選挙にあたってのマニフェスト政策各論の7「外交」政策において、「日本外交の基盤として緊密で対等な日米同盟関係をつくるため、主体的な外交戦略を構築した上で、米国と役割を分担しながら日本の責任を積極的に果たす」「日米地位協定の改定を提起し、米軍再編や在日米軍基地のあり方についても見直しの方向で臨む」と明記されていたものが、さらに9/9の「連立政権樹立に当たっての政策合意」では、「主体的な外交戦略を構築し、緊密で対等な日米同盟関係をつくる。日米協力の推進によって未来志向の関係を築くことで、より強固な相互の信頼を醸成しつつ、沖縄県民の負担軽減の観点から、日米地位協定の改定を提起し、米軍再編や在日米軍基地のあり方についても見直しの方向で臨む」とより明確化されている。
さらにこの三党の「政策合意」では、「中国、韓国をはじめ、アジア・太平洋地域の信頼関係と協力体制を確立し、東アジア共同体(仮称)の構築をめざす。」ことが明記され、「包括的核実験禁止条約の早期発効、兵器用核分裂性物質生産禁止条約の早期実現に取り組み、核拡散防止条約再検討会議において主導的な役割を果たすなど、核軍縮・核兵器廃絶の先頭に立つ。」ことを明らかにし、さらに「唯一の被爆国として、日本国憲法の「平和主義」をはじめ「国民主権」「基本的人権の尊重」の三原則の遵守を確認するとともに、憲法の保障する諸権利の実現を第一とし、国民の生活再建に全力を挙げる。」ことが明記されている。
とりわけこの最後の「憲法」に関する項目での政策合意はきわめて重要であるといえよう。これは民主党のマニフェストにはなかったものであり、選挙前の三党の共通政策で確認されていた憲法三原則の遵守をさらに明確化し、「憲法の保障する諸権利の実現」と「国民の生活再建に全力を挙げる」ことが盛り込まれたのである。
そして国内政策の基本路線に関して、市場原理主義を支持する民主党議員が相当多数存在していたことからすれば、また、この「市場原理主義」についてあいまいであった民主党のマニフェストからすれば、この三党連立「政策合意」は、冒頭、「小泉内閣が主導した競争至上主義の経済政策をはじめとした相次ぐ自公政権の失政によって、国民生活、地域経済は疲弊し、雇用不安が増大し、社会保障・教育のセーフティネットはほころびを露呈している。」として市場原理主義を拒否する姿勢を明確にした意義は大きいといえよう。その上に立って、この「政策合意」は、「連立政権は、家計に対する支援を最重点と位置づけ、国民の可処分所得を増やし、消費の拡大につなげる。また中小企業、農業など地域を支える経済基盤を強化し、年金・医療・介護など社会保障制度や雇用制度を信頼できる、持続可能な制度へと組み替えていく。さらに地球温暖化対策として、低炭素社会構築のための社会制度の改革、新産業の育成等を進め、雇用の確保を図る。こうした施策を展開することによって、日本経済を内需主導の経済へと転換を図り、安定した経済成長を実現し、国民生活の立て直しを図っていく。」ことを明らかにしている。
民主党単独ではなく、連立政権としての鳩山新政権、社会民主党、国民新党の存在意義が確認されたものともいえよう。今回の総選挙における有権者の選択が共産党をも含めた少数野党の抹殺ではなく、その意見と政策が反映される政治の仕組みをも要求した結果でもあるといえよう。
すでに矢継ぎ早に各種の政策転換が表明されているが、これらを空回りさせず、着実に実績を積み重ね、現実化していくには山あり谷あり、さまざまな壁に直面せざるを得ない現実からすれば、試されている第一は民主党であるが、同時に連立に参加した社会民主党、国民新党が試されており、また共産党、公明党、自民党も試され、岐路に立たされているといえよう。
(生駒 敬)
【出典】 アサート No.382 2009年9月25日