【コラム】ひとりごと—「没落から逆転できるか」—
○筆者は、榊原英資氏の本は基本的に買って読むようにしている。最近では「幼児化す日本社会」「日本は没落する」「政権交代」と出版されている。一番新しいのが、「没落からの逆転–グローバル時代の差別化戦略」である。○一連の著書に共通しているのは、日本経済と社会に対する危機感である。まさに没落の危機にあるとの認識が出発点である。○比較的文量の少なめなので、一読いただけたらと思うのだが、その中で、いくつかの論点を紹介してみたい。○要約するならば、著者の主張は、米英流の「普通の国」をめざすのではなく、日本の文化・伝統を大切にして、グローバリゼーション化の中での日本の特殊性を核にした発展の方向(差別化戦略)こそ、求められている、ということになる。○気になる論点をいくつか紹介してみよう。○差別化のキーワードを「和」とされている。日本の歴史において、国内で宗教戦争が起こらなかった要因として、少なくとも明治以前は、仏教と神道が並存し、さらに、この二つが権力者よりも高い精神性と権威を保持していた事を著者は指摘する。それが、平安時代の350年間、江戸時代の250年間の合わせて600年間国内戦争がない歴史を形成した。○ヨーロッパでは、民族間・宗教間の対立から戦火の絶えない歴史を持って来たこととの比較において、世界に類を見ないと。○さらに、富と権力の分離、分権システムなどが歴史的に形成されてきた事を日本社会の特徴とされている。まさに「和」のシステムの伝統を本来日本は持っているというのである。○これが、欧米列強の侵略の脅威の中であったとはいえ、明治維新によって、断絶され、当時の「普通の国」=「植民地主義・侵略国家」に変質、極端な排外主義・ナショナリズムが支配し、第2次世界大戦の敗北で、破綻したのである。○特に、司馬史観とも言われるが、幕末・明治初頭の政治指導者は良かったが、日清・日露から日本は変質していった、との議論に疑問を投げかけ、明治維新において、すでに破綻のレールは引かれていたのであり、その中身は「和」のシステムの放棄、中央集権主義、廃仏毀釈のような神仏習合の否定、極端な欧化主義と伝統の放棄だというのである。○著者は、「普通の国」に異議を唱える。アメリカ流の拝金主義を是とするグローバリゼイションに迎合した小泉・竹中路線にも厳しい批判をされる。軽軍備経済重視路線を基本に対米交渉をおこなった吉田・池田・宮澤などの本来の保守の本領について語り、これを忘れ対米追従の小泉や現自公政権を批判するのである。○さらに、アメリカ追随ではない積極的平和政策を掲げることこそ、世界の信頼を勝ち取る道であり、そのためには、明治の不平等条約改正問題以来、特殊な地位を与えられている外務省の解体とその機能を内閣府・官邸が担うこと、などを提言されている。○こうして、没落からの逆転のキーワードこそ「開かれた差別化戦略」であり、そのためのインフラである戦略・組織の改変が必要だと主張されるわけである。○日本経済と社会が、閉塞感と停滞に突入していく中で、保守の側からの危機感は深刻でもある。突破口を求める議論に対して我々の側もしっかりと受け止める姿勢が必要だと思われる。(佐野秀夫)
【出典】 アサート No.368 2008年7月30日