【投稿】揺れ動く情勢と無策日本

【投稿】揺れ動く情勢と無策日本

<青ざめる、株価急落>
 南北首脳会談から、米朝共同コミュニケ、金大中大統領のノーベル平和賞受賞に象徴される、朝鮮半島における急速な緊張緩和への動き、これとは全く対照的な中東情勢の危険きわまりない戦争への動き、世界の情勢は刻一刻目を離せない波乱要因を投げかけている。日本の政治経済は、こうした情勢が問いかける課題、平和と緊張緩和に向けたイニシャチブなどとは無縁な存在、むしろ政治的にも経済的にも逆行した存在に陥っているのではないだろうか。
 10/12、ニューヨーク株式市場は、ダウ工業株平均が一時前日比330ドル安という急落に見舞われ、1万ドル割れ寸前、ハイテク銘柄の多いナスダック店頭市場も一時140ポイント近くも下落、市場関係者は一斉に青ざめたという。東京市場も直ちに全面安、一時、前日比494円安の1万5101円に急落、年初来の最安値を更新、「金融機関の含み益が吹き飛んでしまう」1万5000円割れが再び現実のものとなってきたのである。アジアの主要市場の株価も軒並み下落している。宮沢蔵相は10/13の記者会見で「この週末はいろいろ注意したほうが言い」などと打つ手なしの拱手傍観状態である。
 今回のきっかけは中東情勢の緊迫化であった。しかしこれまではこうした緊張劇化、「有事」はむしろ強い経済、強い軍事力を際立たせ、アメリカのドル高、株高に寄与してきたものである。それがもはや通用しなくなってきた。

<「沈んだ会社ドットコム」>
 年々累積する膨大な経常収支の赤字、世界最大の債務国にもかかわらず、外国からの資本流入によって支えられてきたアメリカ経済のもろさ、ひずみが現れ出したとも言えよう。インテル、コダック、アップルコンピュータ、デル、モトローラなどの業績下方修正をきっかけに、米経済を牽引してきたといわれるハイテク・IT関連の「花形ネット企業」が一転、今や「ネットバブル」の象徴として問題視される事態への突入である。今回の株価急落でも、米インターネット検索最大手ヤフーは21%安の65ドル、250ドル時代の四分の一への下落である。アマゾン・ドット・コム、ライコス、アメリカ・オンライン(AOL)も軒並み急落。安値販売最大手のプライスライン・ドット・コムなどは160ドル台の株価が5ドル台に暴落といった事態である。
 ネット系企業の倒産・閉鎖・解雇情報を公開している「沈んだ会社ドットコム」のホームページには、連日、倒産、事業閉鎖、資産売却、CEO辞任、リストラ、解雇情報が満載され、こうして解雇された人数は、7-9月期で前期の2倍の約16万9000人に激増しているという(10/8「朝日」)。
 今回は、こうしたハイテク産業のかげりに原油価格の高騰が押し寄せ、化学大手のデュポン、日用品大手のジレット、小売優等生といわれてきたホーム・デポなどが相次いで業績予想を下方修正、事態がただならぬことを明らかにしている。

<「何も感じない日本」>
 この原油価格高騰は、EU諸国ではいたるところで道路封鎖や占拠、デモを引き起こし、大統領選最中のアメリカでは、「庶民の味方」をスローガンに掲げる民主党候補のゴア副大統領が9/21、クリントン大統領に原油備蓄を取り崩すよう公式に要請、翌22日には戦略原油備蓄の放出命令が出され、一挙に政治問題化することとなった。共和党候補のブッシュ・テキサス州知事と副大統領候補で元国防長官のチェイニー氏はこれに反撥、「国家安全保障のためにある戦略原油備蓄を政治策略のために利用している」、「ゴア氏は2月に『原油備蓄の放出はすべきではない』と発言していたのに、また態度を急変」と、舌戦の格好の対象としているが、原油価格は一時下落したものの、再び1バレル=32ドル台に乗せ、一時は37ドル台、株価急落時は35ドル台で推移しているが、中東情勢の緊迫化とあいまって、「年内40ドル」説まで予測される状況である。
 原油価格の上昇は昨年4月ごろからじわじわと上昇し始めていたものである。石油依存度の高いヨーロッパやアジアではすでに影響が出始め、上昇しつつあった景気が後退現象を帯び始め、すでに政治問題化している。ところが日本はこれまで円高傾向でドル建て輸入石油の影響を相殺してきたため、「石油高騰に何も感じない日本」(9/22付けウォールストリート・ジャーナル紙)と皮肉られる始末である。しかし今回の高騰はガソリン、灯油価格など、日本にもすでに直接的な影響を及ぼしつつあり、傍観しておられる事態ではない。対アジア輸出で息を吹き返してきた鉄鋼、化学など素材産業も直撃を受け、企業業績が一気に悪化しかねない要因となってきているのである。

<「ITの神風」>
 このように見てくると、今回の株価急落後の見通しはそれほど楽観できたものではない。とりわけ単なる目先のばら撒き政治で「後は野となれ山となれ」式の無責任政治を取り続けている現在の与党三党・森政権ではお先真っ暗だとも言えよう。むしろこの先、こうした無責任政治のツケが一気に噴き出し、株価、金利、為替、原油価格、中東情勢、等々の推移如何によっては、そのいずれか一つの変調だけでも森政権が自己崩壊する可能性も出てこよう。
 今回、いとも簡単に1万6000円を割った株価、「10月末までに1万5000円割れは確実」「年内に1万3000円まで下落」という厳しい予測まで出されている。破綻した千代田生命保有の株が今後、市場に放出され、さらに11月には1兆円相当のNTT株の第6次放出が控えている。株価下落要因はあれども、上昇要因が皆無に近い。それに対して政府・与党の景気対策は、赤字国債乱発の「大型補正予算」だけという無策ぶりである。
 森首相の総裁派閥の小泉・森派会長が、「今の自民党は無責任なバラマキ政策で政権を維持してきた面が強い」、「補正予算など10兆円やっても、5兆円やっても、3兆円やっても効かない」、「財政構造改革は首相が言えば簡単にできる。なぜやらないのか分からない!」などと自民党の現執行部をくそみそに批判する事態である(9/26)。
 ところが当の森首相は米紙「ワシントン・ポスト」のインタビューに、「日本にはITの神風が吹いている。私は幸運の星のもとに生まれたに違いない」(9/14)などと、進行している事態の本質の一端でさえ把握できないお粗末さである。ただただ「神国」日本の「神風」に期待して、後は何もしないで傍観し、神妙にふんぞり返っている姿には哀れなおかしささえ感じさせるものである。

<「若乃花を出せないか」>
 今、森首相の頭にあるのは、政党名を書かずに済む非拘束名簿式の導入を何が何でも成立させ、「引退した若乃花を出せないか」と相撲関係者に打診したり、有名タレントを候補者にして、来年の参院選の大敗を防ぎ、政権を延命させること、それがすべての中心となっているのであろう。
 「原潜事故と日本の組織」と題して、朝日新聞の文化欄で、池内了・名古屋大学教授(宇宙物理学)が、ロシアの原子力潜水艦の事故の重大性、さらに危険なチェルノブイリ級以上の原発事故の可能性について警告を発する中で、次のような指摘をしている。
「そんな懸念を抱きながら日本を見ると、ロシアと『同質』の事件が起こっていることに気付く。JCOの臨界事故は言うまでもなく、雪印乳業の食中毒事件や三菱自動車のリコール隠し問題である。そこには自らの責任への自覚がないまま必要な対応策をサボりコトの重大性への重大な認識がないままうやむやにすませてしまおうという幹部の体質がある。相続く警察の不祥事や、大百貨店の倒産も、これに類すると言えるだろう。明らかに緊張感を失った人間の集団に化しているかに見える。その意味で、日本は制度疲労やバブル崩壊の後遺症のために小事故が頻々と起こっている状態にあり、このまま対応措置をサボり続けると将来どこかで重大事故がおきかねない危険性があるだろう。」
 筆者自身にとってもそうなのだが、政府・与党はもちろん、野党にも心してもらいたい指摘である。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.275 2000年10月21日

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