【本の紹介】住管機構 債権回収の闘いー司法の理念と手法をもってー
1996年6月17日発行 著者/住管機構顧問弁護団、中坊公平
発行所/ダイヤモンド社 定価/2700円
[主な内容]
第1章○司法の理念と手法をもって
第2章○回収スキームと法的課題
第3章○債権回収の実践
第4章○執行妨害との対決
第5章○大口・悪質案件を追う
第6章○各地の回収最前線から
第7章○関与者責任の追及
第8章○「創業から守城へ」、そして新しい出発
第9章○債務者の姿・形に合わせた回収を
資料編
いま時の人、中坊公平を取り上げた本は、書店に行けば必ずある。
これは、中坊氏個人だけではなく住管機構の約1100日に渡るまさに実録、戦記である。中坊氏を筆頭に28名の住管機構顧問弁護団が著者となつている。
<<「平成の鬼平」>>
「鬼平」とは皆さんご存じの池波正太郎の「鬼平犯科帳」の主人公、火付盗賊改方の長官「長谷川平蔵」のこと。江戸時代、火付盗賊は重大な刑法犯であり、「十両盗めば首が飛ぶ」時代。いずれも市中引き回しの上、獄門、さらし、火あぶり等の極刑。
平成の世での火付け盗賊にあたるものは、6850億円という国民の税金を投入させ、8兆円という膨大な不良債権を生じさせた連中のこと。
これと対決する中坊氏の武器は「司法の理念と手法」。民事、刑事ありとあらゆる手法を駆使し悪党を追い詰めて行く。具体的には回収の”5つの武器”
1、「大義名分」
2、「預金保険機構の特別調査権」
3、「競売」
4、「警察、捜査機関との連携」
5、「国・自治体との連携」
ここに書かれていることが事実であることの迫力は驚感。
<<理念とそれを求める気迫>>
中坊氏いわく「国民に二次負担をかけない」本来ならば「国民になるべく二次負担をかけないよう努力いたします。」というのが正しい表現であろう。しかし、彼は言い切る。「国民に二次負担をかけない」「自らの退路を絶つ!」これが、彼の出発点。預金保険機構の100%出資による資本金2000億円の商法上の株式会社、これが住管機構。この会社の社長就任にあたり中坊氏の要求は「閣議決定による社長就任」「政府の代表として大蔵大臣が社長就任を内外に宣言すること」を求めた。いくら国策会社とはいえ、このようなことは前代未聞。
これも、住管機構の持つべき基本理念の確立ためには必要条件。さらに、いわく「私に社長就任を依頼されるのはいったい誰ですか。全国民が私に依頼するのであって、全国民が委任状を書くわけにはいかないから、政府を介して私のほうに依頼したこと、このように考えさせていただいていいですか」
このときから中坊は株主(預金保険機構・大蔵・政府)に対する役員責任から、全国民に対する責任を負うことになる。このような気甲斐、気迫がなければ8兆円という途方もない敵、さらにはそこにうごめくさまざまな権力、闇の勢力に対峙できないだろう。「不退転の決意」
<<現場指揮官と組織者>>
日本の国家予算の10%を超える額の不良債権と闘う彼の軍団の陣容は、旧住専関係710人、銀行からの出向310人、弁護士あるいは大蔵、警察、検察の各OBが60人、総勢1080人。これを旧住専ごとに1~7の事業部、大口、悪質事案を担当する特別整理部(東京、大阪)の2部に配置しており数回組織改編が行われている。これが主な戦力。さらに関与弁護士が二百数十名おり住管機構の理論武装(回収の実務能力)を飛躍的に強力にしている。
とどめは、預金保険機構の特別業務部との連携。この組織は現役の裁判官、検察官、警察官、国税局、金融監督からなつておりその威力は絶大。国税局の査察なみの質問調査権と立ち入り調査権を有し、それぞれの出身の機関とも緊密に連携をとっている。
某広域指定暴力団が「中坊とだけはケンカを売るな!」と回状を廻したとの噂の出所はここかも?いまでは、預金保険機構の特別業務部から住管機構の内部に特別対策室を設置している。
このような組織体を形成すると同時に中坊氏は8兆円の債権の内4.3兆円を特別整理部、3.7兆円を7つの事業部に振り分け、そのうち特別整理部と事業部の7000億分を「社長直轄制」とした。自らが現場の指揮をとりその責任を取るやり方で回収の実績をあげていった。(やりにくい面もあるのでは?)
また、回収業務は厳しい局面の連続。そのためセキュリティーの確保に最大の注意が注がれている。
<<責任の分析と追及>>
借り手に対する責任追及も当然だが貸し手の責任も明確にし追及されてしかるべき。
特に破綻した旧住専の経営者、そこへ話を持ち込んだ、あるいはそういう状況を造りした系列の母体行の責任は看過することはできない。特に住友銀行は住管機構の申し入れに対し法廷での決着を求めるという、まさに開き直りとしか言いようのない態度で臨んできた。最後は和解に応じ30億円を支払うこととなる。このときの論理構成がすさまじい。134件の問題事案の中から具体的に不法行為、共同責任、誘発助長責任を検討し、積み上げていく中で問題点を明らかにしていった。中でも住友銀行は73件の事案に対して指摘されている。これら銀行等の金融機関としての公共性、安全性、収益性、誠実公正義務の諸原則に反しているとの主張したのだ。これらの諸原則が守られていればこそ銀行の信用性が確保されるので、これらを踏みにじる行為は断じて許せない。
このような諸原則を議論する場合、抽象的になりがちである。原則は倫理規定みたいなものでミニマムな規定であるため、法律に違反していないと開き直る卑しい人間がいる。それが、住友銀行だった。それを許さず追い詰めたことに賞賛。
<<国民主権の実質化運動>>
「儲かればよい・・・・」この発想が全金融機関をここまで堕落させてしまっただけでなく、日本を閉塞させているいちばんの根底にあると中坊氏は言う。「失われたパブリックの思想」 豊島の事件の時、彼は島民にどんな被害を誰が与え、誰が受けたのか、被害を受けた側にも新たな責任があるのではないのか。「自らが、すべてのことを自分を主体と考え行動していかなければ」と言う。けっして上からの指導者でもなければ運動家でもない。「国民主権の実質化運動」と彼は言う。
法的に問題がなければ問題ではない。このような思想との闘いをパブリックに依って立ちパブリックを最大の武器に闘った記録。道理とか倫理は法律よりも高いところにあり重い存在であることを考えさせられた1冊でした。
最後に、小柄でメガネで禿頭で70才の関西弁のおじいやん。このおじいやん二足のワラジをはいてるらしい。ひとつは京都で修学旅行を相手の旅館業、もうひとつは弁護士。
(豊中 宝山)
PS.本書の中に住管機構全社員に宛た中坊社長からの書簡が2通収録されています。これほどまでに簡潔に自社の状況と見通しを説明し、全員に話しかける様な書簡を久しぶりに目にしました。
【出典】 アサート No.261 1999年8月21日