<<「バイディンフレーション」>>
11/10、米国の10月の消費者物価指数(CPI)が前年比6.2%上昇と発表された。これは、1990年以来の最速の年間上昇で、過去30年以上で最も高く、9月に記録された5.4%の上昇をも上回るものであった。食料やエネルギーなどの不安定な項目を取り除いた後のいわゆるコアインフレでみても、1991年以来の最高レベルである4.6%の上昇を記録し、価格の高騰が経済全体に広がっていることを明確に示している。平均時給も前年同期比+4.9%、より広範な指標である雇用コスト指数も前年同期比+3.7%となっているが、インフレ調整後の実質的な平均時給は10月に前年同月比1.2%減となり、7カ月連続でマイナスである。実質賃金は減少しているのである。
その上に、食料品とエネルギー(非中核品目)のインフレ率が前年比で9.7%上昇しており、低所得者層により大きな打撃を与えていることが明瞭となっている。
こうした最中、11/10、クラフト・マカロニ&チーズ、ハインツ・ケチャップ、ゼリーなどを扱うアメリカの大手食品会社・クラフト・ハインツが、「業界全体が直面しているエスカレートするインフレを相殺するため 」だとして、多数の製品を最大20%値上げすることを発表したのであるが、このようなインフレを招いたのはバイデン大統領であり、このインフレは「バイディンフレーション」(BIDINFLATION)だとするツイートが登場する事態である。
11/10、バイデン大統領は声明を出し、「インフレ傾向の改善が私の最優先課題だ」と述べざるを得なくなった。
米国でのインフレの急増は、米国のみならず、世界の金融市場の混乱をさらに深め、まずは信用取引や外国為替証拠金取引など、担保をもとに取引を行うショートエンド市場の混乱を招き、国債の利回りを押し上げ、バブル化し、投機化した金融市場の不安定化を招きだしている。金融・株式市場はいよいよ激変しかねない魑魅魍魎の世界に入ろうとしているとも言えよう。
もちろん、この制御が効かなくなりつつあるインフレ高進は、米国だけではなく、世界的な現象となりつつある。
9月のユーロ圏のインフレ率は3.4%で、これまた世界金融危機前以来の最高水準であり、欧州中央銀行の目標である2%を大きく上回っている。イギリスでは、来年の最初の数ヶ月で5%に達すると予測されている。
日本のインフレ率は、直近10/21現在、9月+0.2%で、前月-0.4%から+に転じている。21年4月以降ジリジリと上昇基調にある。輸入物価指数は20年10月には前年比10.9%減であったものが、21年9月には同31.3%増に急上昇しており、連日目立って報道されているのがガソリン価格の上昇である。レギュラーガソリンの小売価格は、20年4月には1リットル当たり134円台であったが、1年後の21年4月には150円台に上昇、1年半後の10月には160円台に上昇、11/10現在、10週連続値上がりで、169.0円まで上昇、11/13現在、高知県では175円を超えている。原油価格の上昇はLNG(液化天然ガス)価格の上昇にも波及、電気・ガス料金の値上げを電力・ガス企業は虎視眈々とうかがっている。インフレは、ベースメタルと言われる銅などの鉱物資源価格、金などの貴金属価格の上昇にも波及しており、日本のインフレはこれからが本番とも言えよう。
世界の製造工場となった中国においてもインフレ傾向が現れだしている。企業の収益性の指標である中国の工業生産者物価指数・工場のゲート価格が、21年4月、前年比+6.8%、6月9%、9月10.7%、10月には13.5%上昇し、26年間で最高の上昇となっている。上昇の主な理由は、原材料の値上げである。石油および天然ガス抽出業界の価格は5月にほぼ2倍になり、鉄金属製錬および圧延処理部門の価格は38.1% 上昇している。中国国家統計局が11/10に発表した、2021年10月の全国の消費者物価指数(CPI)と生産者物価指数(PPI)のデータによると、PPIは2.5%上昇し、前年同期比では、13.5%上昇し、上昇幅は前月比で2.8ポイント拡大している。CPIは、前月比で、前月の横ばいから0.7%上昇に転じ、前年同期比で見ると1.5%上昇している。中国でも、インフレはこれからが本番とも言えよう。
<<「人々は怒り出すだろう」>>
11/10付けニューヨークタイムズ紙は、「冬の暖房費が次のインフレの脅威となる」と題して、パンデミックで景気が悪化し、急落していたエネルギー価格が急上昇している。消費者はすでに数十年で最も早い価格上昇に対処しているが、もう一つの好ましくない上昇が目前に迫っている。冬の暖房費の増加である。米国の家庭の約半分の暖房に使われている天然ガスは、昨年のこの時期に比べて約2倍の価格になっており、冬季に暖房用の石油やプロパンを使用する10%の家庭に大きな影響を与える原油価格も、同様に目を見張るほどの高騰を見せている。米国では、家庭用燃料消費の約50~80%が冬場に集中しており、暖房費が過去10年間で見られなかったレベルまで上昇し、請求額を押し上げる可能性がある。言い訳として、在庫量やサプライチェーン、世界の需要についての複雑な説明を聞いても、心が癒されることはないだろう。12月や1月に請求書が届き始めると、「一般の人々は怒り出すだろう」と警告している。
バイデン大統領は、11/10の先の声明の中で、物価高の最大要因は「エネルギー価格の上昇だ」と指摘している。
しかし、物価上昇の最大の原因は、価格を上げる力を持った相対的に少数の巨大な大企業・独占体へのアメリカ経済の集中化・競争条件の排除が進んでいることと密接不可分なのである。
問題のエネルギー価格についても、実際には、集中化し、寡占化した石油・ガス独占体が、価格が上昇するのを待ってから供給量を増やすことで大きな利益を得ているのが実態なのである。それが可能なのは、大規模な石油・ガス企業は売り手優位の独占企業連合を通じて、競争を排除し、値下げ競争ににさらされていないからである。そうした下での価格上昇のほとんどは、インフレではなく、独占企業・独占資本の力、それを支えるこれまた独占金融資本の力が価格上昇を促進しているのである。実際にも、米石油大手シェブロンが10/29に発表した第3・四半期決算は、石油販売が前年同期の約2倍、米国産ガスの販売が同3倍となり、利益が過去8年間で最高となっている。まさに価格上昇に対応して供給量を増やし、巨大な利益を手にしたのである。
<<COP26『ブラ・ブラ・ブラ』>>
すでに2年前に、米エクソンモービル(ExxonMobil)、英蘭ロイヤル・ダッチ・シェル(Royal Dutch Shell)、米シェブロン(Chevron)、英BP、仏トタル(Total)の5社が、表向きはパリ協定とその気温目標を支持すると約束しつつ、実際には「化石燃料事業の運営と拡大」に年2億ドル(約220億円)をつぎ込んできたことが暴露されている。そして今回の英スコットランド・グラスゴーで開かれている国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)に、どの国よりも多くの代表を送り込んだのは化石燃料産業界であり、会議開始時に国連が発表した参加者リストには、化石燃料産業とかかわりのある503人が、COP26の参加資格を認定されている。
「COP26」は会期を延長して14日間にわたる交渉を終え、世界の平均気温の上昇を1.5度に抑える努力を追求するとした成果文書を採択して閉幕したのであるが、最終合意案には当初、石炭の使用の「段階的に廃止」ではなく「段階的削減」という表現に変えられ、イギリスの前ビジネス相でもあるアロク・シャーマCOP26議長は、「この終わり方について、謝ります」「本当に申し訳ない」と全体会議を前に謝罪する事態に追い込まれたのであった。
スウェーデンの環境保護活動家、グレタ・トゥーンベリさんは11/13、自身のツイッターに「COP26が終わりました。簡潔に言えば『ブラ・ブラ・ブラ』です。本当の活動は議場の外で続いています。私たちは決して諦めません」と投稿している。「ブラ・ブラ・ブラ」は、会議が形だけのものだったというわけである。
こうした石油独占資本やそれを支える金融独占資本のあくなき独占利益追求こそがインフレを高進させているのであり、環境を破壊しているのである。これを阻止するためには、独占禁止法を徹底的、積極的に活用することが求められているのである。
しかし現実には、連邦政府が反トラスト法の施行をほとんど放棄した1980年代以降、アメリカの全産業の3分の2が集中化・独占化している。そしてこれらの業界団体の一つである米石油協会(American Petroleum Institute)を通じた、共和・民主両党へのロビー活動によって、2018年にはメタン排出基準の緩和や、石油ガス開発規制の緩和など、トランプ政権下での「成果」を次々と勝ちとってきたのである。こうした「成果」は、独占禁止法によって破棄し、独占体そのものを規制・解体しなければならないものである。
現在、バイデン政権は、ガソリン価格の上昇を抑えるために石油業界と協議したり、トラック運転手の不足を解消するために商用運転免許証の発行を簡素化したり、混雑したコンテナ港を解消しようとしたりしているが、そんなことではますますインフレ高進を制御不可能なものとさせ、放置することになろう。物価上昇の原因となっているより深い構造的問題に切り込む、反独占政策こそが要請されているのである。
(生駒 敬)