【投稿】歴史の経過を踏みにじり、他国の内政に干渉する衆議院の「新彊ウイグル決議」

【投稿】歴史の経過を踏みにじり、他国の内政に干渉する衆議院の「新彊ウイグル決議」

                            福井 杉本達也

1 衆院の「新彊ウイグル決議」は中国への重大な内政干渉

北京冬季五輪開幕が目前の2月1日、衆院本会議で「新疆ウイグル自治区やチベット自治区など、中国での人権状況に懸念を示す決議」が自民・公明両党や、立憲民主党、日本維新の会、国民民主党、共産党など与野党の賛成多数で採択された。決議は、中国での人権状況について「近年、国際社会から、新疆ウイグル自治区やチベット自治区などで、信教の自由への侵害や強制収監をはじめとする深刻な人権状況への懸念が示されている」と指摘。そのうえで、中国政府を念頭に「力による現状の変更を国際社会に対する脅威と認識するとともに、国際社会が納得するような形で説明責任を果たすよう強く求める」とした。決議を受けて、林外務大臣は「これまで新疆ウイグルの人権状況などに対しても、日米首脳会談やG7の場を含め、わが国として深刻な懸念を表明するなど、価値観を共有する国々とともに連携しつつ取り組んできている。決議の趣旨も踏まえ、政府として、引き続き、国際社会と緊密に連携しつつ着実に取り組んでいく」と述べた。本会議に先立って開かれた議院運営委員会では、日本維新の会と国民民主党、共産党から、決議には賛成するものの、中国政府による人権侵害をより明確にすべきだったなどの意見が出された。決議を提出した日本ウイグル国会議員連盟の会長を務める自民党の古屋政調会長代行は「五輪前に決議できたことは一定の成果」だと強調し、立憲民主党の泉代表は、「国際社会の声も踏まえ、わが国も当然人権をしっかり守らなければならないという立場を示した」と述べた。(NHK:2022.2.1)。

新疆ウイグル問題は、2018年9月に米人権活動家らが「中国のウイグル族ら100万人以上が新彊ウイグル自治区の再教育施設に強制収容されている」と“報告”し、当時のポンペオ国務長官らが中国への制裁を打ち出し(日経:2018.9.17)、さらに2019年には国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)が「ウイグル族弾圧の内部文書」を入手したと報道し(日経:2019.11.28)、2019年12月に米下院が「ウイグル人権法」を可決したことには始まる。しかし、これは伝聞に過ぎず、ウイグル族を弾圧したという何の裏付けもない。そもそも、100万人もの住民を収容するなどという施設規模はばかげた話である。伝聞に過ぎない事をあたかも真実であるかの如く装い、他国に内政干渉するというのが、これまでの米英の手口である。それを、「属国」としては米英に遅れるなとして追随したのが今回の衆院の決議である。

新彊ウイグル自治区では2009年7月に自治区の中心地ウルムチで漢民族とウイグル族の衝突が起こり、197人が死亡している。その後も2014年5月には130人が死傷する暴動が起きるなど、貧富の格差が拡大している中国内政の弱点となっており、その弱点を突きたいというのが、米欧による制裁の本音である。

 

2 「内政不干渉」をうたった日中共同声明と日中平和友好条約

日本と中国おいては、1972年、田中首相が訪中し、「内政に対する相互不干渉」の基礎の上に「両国間の恒久的な平和友好関係を確立する」とする日中共同声明が出された。そして、78年 に日中平和友好条約が締結され、第1条において「内政に対する相互不干渉」の原則を掲げられている。衆院の決議は中国の一部である新彊ウイグル自治区の民族問題に関する明確な内政干渉である。

むろん、新疆ウイグル自治区と臨海部との経済格差や漢族の進出による経済的・文化的軋轢・北京語の優先とウイグル語の衰退といった中国国内の問題点は多々ある。しかし、それは中国自らが解決していかなければならない課題であり、他国が思い付きのように介入したところで解決できるものではない。まして、米国は、かつてテロリストとして指定していたウイグル系団体について、利用できるものは利用するとして自己都合でテロ指定を解除するダブルスタンダードである。孫崎享氏は「近世の国際政治を見れば、内政干渉はその問題の解決にならず、逆に新たな対立を生み世界を不安定にしてきた からだ。さらに、特定の国の多くの政治的現象は歴史、社会的環境に深く根差しており、国際社会の干渉程度では 改善できないのである」と述べている(孫崎:2022.1.7)。

 

3 「ウエストファリア条約」と「国連憲章」の精神を踏みにじる

「主権国家」とその国家間の「内政不干渉」を定めたのは1646年のウエストファリア条約である。それ以前の約130年間、ヨーロッパは1517年のルターの宗教改革に始まり、ドイツ農民戦争・オランダ独立戦争・30年戦争と続く、「長い16世紀」に宗教の教義の違いから激しい戦いが繰り広げられた。この戦いを終結させるために「宗教から独立した領域を承認し、それを基礎として現世に秩序を形成するもの」として主権国家が登場したのである。したがって、主権を持つ諸国家はそれぞれ対等だという建前の上に成り立っている。狭いヨーロッパのなかで、国境線を引き、他国には干渉せず、お互いの主権を尊重し合うといシステムである。無論、この「主権国家」の外側は「略奪」と「ジェノサイド」の世界であった。東欧であれ、中近東・インドであれアフリカであれ、新大陸であれ、清朝や朝鮮・東南アジアを含めてである(参照:水野和夫『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』)。西欧・北米にのみ適用されていた「主権国家」を全世界的規模で適用することとなったのが、第二次世界大戦後の1945年10月に創設された国際連合である。戦中に、米英ソ中の4国が「すべての国の主権平等に基礎を置き、大国小国を問わずすべての国の加盟のために開放される、国際の平和と安全の維持のための一般的国際機構」として構想されたものである。国連憲章第2条7項は、「この憲章のいかなる規定も、本質上いずれかの国の国内管轄権内にある事項に干渉する権限を国際連合に与えるものではなく、また、その事項をこの憲章に基く解決に付託することを加盟国に要求するものでもない。」としており、今回の衆院決議は明確に国連憲章に違反している。

 

4 建前としての「主権国家」と内政に干渉する「非公式の帝国」

建前では全ての主権国家は平等である。しかし、主権国家の平等性は国内秩序を維持できても、国際秩序やさらに上位概念である国際秩序は安定しない。そこで国際秩序に責任を持つとして「非公式の帝国」が登場した。帝国は「周辺」に対して内政についても外交についても、全てに影響力を行使し支配する(水野:上記)。1991年にソ連邦が崩壊するまでは、この「帝国」は米国とソ連であり、米国はベトナム戦争や中南米でのクーデター、中東の支配などに関与し、ソ連はハンガリー動乱やチェコの春などに介入した。ソ連が消滅すると米国は「金融・資本帝国」として、金融のグローバリゼーションを通じて、各国に金融の自由化や規制緩和を強制的に導入させ、他国の貯金で自国の経済がまわる仕組みを構築した。内政干渉しながら、世界の富をウォ―ル街に集めた(水野:上記)。もちろん武力でアフガンやイラク、シリアなどにも介入し「ジェノサイド」を行った。また、「属国」NATO軍とともに東欧・旧ユーゴスラビアに介入し、ユーゴ国家を解体した。しかし、その「金融・資本帝国」も2021年8月のアフガン撤退を始めとして、斜陽に向かいつつある。その穴を埋めるべく台頭してきているのが中国であり、米国としては何としても中国の台頭を阻止したい。そのための、ウイグル問題であり台湾海峡危機であり、「属国」に命令しての中国非難の大合唱である。したがって、「人権問題」とは何の関連もない。

2021年11月バルト三国の1つであるリトアニアは台湾の事実上の大使館である「駐リトアニア台湾代表処」を設けた。これに反発した中国はリトアニアの全貿易の通関手続き拒否するとともに、リトアニア製部品を使った製品も影響を受け、EU企業のリトアニアから撤退の動きも出てきている。『CRI時評』は「こうした状況は、リトアニア政府による台湾を巡る誤ったやり方によってもたらされた苦い結果であり、その責任は完全にリトアニア政府自身にある。リトアニア政府は昨年11月、 信義に背いて、台湾当局がいわゆる『駐リトアニア台湾代表処』を設置するのを許可し、『一つの中国』原則に公然と背き、中国の内政に粗暴に干渉し、国交樹立時の両国のコミュニケに盛り込まれた政府としての約束を破った。」と書く(2022.1.25)。2021年4月7日付けの『環球時報』は「中国経済の不断の成長の蓄積が日本に対して持っている吸引力であり、日本の対中輸出はすでに対米輸出を上回り、日本の中国市場に対する依存はすでにできあがっていて、このことは日本が中米間で身を処するに当たって重大な制約となっている」と書いていたが、こうした経済関係の強化の中で、どうして「新彊ウイグル決議」という馬鹿な政策ばかりが出るのか。日本国内には「嫌中」が謳歌し、与野党を含め、日本中が中国情勢を客観的に判断できない状況となっている。明日のリトアニアとならないようにしなければならない。

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