【投稿】金融危機が迫る中、従属国の日本には「ドル売り」=「円安」修正は不可能
福井 杉本達也
1 「物価の高騰はロシアのせい」か―米欧の経済制裁こそ要因
「岸田文雄首相は15日の記者会見で、物価高に関し、ロシアのウクライナ侵攻を踏まえ『まさにロシアによる価格高騰、【有事の価格高騰】だ』と訴えた」(産経:2022.6.15)。しかし、米国とその西側同盟国によって課された禁輸措置は、当初意図したように、ロシアを封じ込め、経済を窒息させるのではなく、逆に制裁者自身の経済を押しつぶしつつある。ロシアへの経済制裁は、実際は、石油や穀物のようなロシアの輸出品の価格を上昇させ、ロシアを貧困化させるどころか、豊かにし、逆にEUはガス不足に苦しみ、アジア・アフリカ諸国はは高騰した小麦やヒマワリ油などの食料や肥料の手当に苦しんでいる。
日本の物価高騰の原因は、資源高と円安であり、これに対応しない限り、物価高騰を防ぐことはできない。資源高にプラスして円安により、電気料金や食料品価格を中心に、値上げラッシュが始まっている。原油価格などの資源価格の高騰は、世界的な問題であり、日本一国の努力ではどうしようもない。だが、円安については、コントロールが可能である。岸田政権は物価対策を講じるとしてガソリンに対する補助金などを講じている。しかし、円安を放置したまま個別の物価に対策を講じても、巨大な財政赤字が膨らむ一方で、効果はない。日本は、これまで長期にわたり円安政策をとってきた。しかし、自国通貨どんどん安くなること、自国の経済的地位が低くなることが国益であるはずはない。
2 円安の原因はアベノミクス=黒田日銀による異次元緩和にある
6月13日の外国為替市場で円相場が一時、135 円台前半まで下落し、金融危機の1998年以来、約24年ぶりの円安・ドル高水準に逆戻りした。円安を招く構図は当時と様変わりし、国内産業の空洞化により、産業競争力が失われている点だと日経新聞は指摘する(日経:2022.6.14)。6月12日の日経によると、物価や経済状況からみた円とドルの相対評価である理論値では1ドル110円前後と試算され、実勢レートは理論値(購買力平価)に比べ大幅に円安に傾いている。米金利の上昇観測が一段と強まったことにより、日米金利差の拡大を手掛かりにした円売り圧力がかかっている。資金は低い金利の国から高い金利の国に流れる。日米の金利差:2年金利の差は10日に3・1%台と2018年11月以来の水準まで広がっている。
この日米金利差は何も市場で自然に生まれたものではない。アベノミクスによる2013年以降の日銀の異次元緩和の国債購入による円安圧力にある。米国が金融引締め政策を推進するなかで黒田日銀は頑固に金融緩和政策を維持している。長期金利は本来、金融市場が決定するものだが、この長期金利を日本銀行が人為的に定めようとしている。日銀が長期国債を買い支えて量的緩和を維持する「人為的低金利政策」である。黒田日銀総裁は4月28日の会見で、長期金利(10 年債の利回り)は、0.25%を上限とし、0.25%に下がるまで、無限に指し値買い(日銀が国債を買うこと)を行う」としている。米FRBが金利を上げる中、日銀は正反対に、無制限に円を供給して円安を誘導するのであるから、ヘッジファンドに「円売りでの投機をしろ」と誘導しているようなものである。日銀の金融緩和策で、円は、世界一下落が大きい通貨となり、この27 年で1/2 に下がってしまった。これは他国に対して、日本人の世帯所得が1/2 になったことを示している。OECD(経済協力開発機構)の平均賃金比較によれば、1997年を100として、2020年の平均賃金は、米国:206、英国190、カナダ184、独159、仏158、伊140だが日本は93に下落している。
日銀はなぜ、この期に及んでも、米欧の中央銀行とは正反対の金融緩和策を取り続けるのか。それは、日米の金利差を確保することによって、安定的に日本の資金を米国に流入させるためにである。また、米国は日本の安い商品を購入することで、インフレによる物価の高騰を少なからず抑えることができる。これは宗主国の従属国に対する命令である。日本政府・日銀という宗主国の代官は、国民に貧しい生活をさせても、宗主国の経済的利益を守るために励んでいる。いくら円安になろうと、日銀は勝手に量的緩和を止めることはできないのである。
3 日本はドルを売って円高にすることは可能か
円高に誘導するため、日本は手持ちのドルを売って円を買うことはできるのか。かつて、ミスター円といわれた榊原英資元財務官は「介入には米国の支持が要る。私が現役のころは『介入するぞ、支持してくれ』と伝えて、少なくとも『反対しない』という了解を取った。今の米国は同意しない。ということは介入できない、日本の単独介入でも米国の同意は必要だ。」(日経:2022.6.17)と答えている。日本は1兆3千億ドルの外貨準備を保有しており、その多くが米国債であるが、それを使うことはできないということである。具体的には外国為替資金特別会計の米国債を金融市場で売却して、一旦ドルを調達し、そのドルを外国為替市場に売却して円を買うということであるが、米国債を売るということは、米国債が値下がりし、金利が高騰することとなる。財政赤字に苦しむ米国の国家財政をさらに追い詰め、ドルの信認を低下させ、暴落させることとなる。もちろん、日本が米国債を売却するならば、最大の3,1兆ドルという外貨準備を持つ中国は当然それに追随することとなろう。逆に、為替介入ができないということであれば、米国債は日本にとっては正当な債権ではなく、塩漬けされた“債権”は、単なる紙切れとなる。日本の商品を米国に輸出して外貨を稼いでも、その額面は0に等しいということであり、タダ働きで米国に商品を輸出したことになってしまう。米国は日本に働かせて、その血と汗で稼いできた金で昼寝ができることになる。全くの不等価交換である。これでは益々日本の国富が米国に搾取されることになる。
4 金融危機が迫り、世界からドルをかき集める米国
米国企業のバランスシートが傷み始めている。6月14日付の日経新聞は「米国企業による財務安定のための海外からの資金還流がドル高を招き、ドル高が収益を圧迫して信用リスクを高め、さらなる資金還流を招く悪循環」が起こっているとする。FRBの金融引き締めで景気後退懸念が強まり、財務体力の低い企業の債務不履行(デフォルト)リスクが意識され、投資マネーが流出している。2008 年のリーンマン・ショック後、ゼロ金利と量的緩和により、実体経済からかけ離れた金融バブルを生みだしてきたが、これは過剰な期待による非合理なものであり、インフレで金利が上がっていけば、崩壊することは目に見えている。米国は経済恐慌を乗り切るために世界中からドル資金をかき集めるのに死に物狂いである。そのための「強いドル」政策であり、FRBによる金利の引き上げである。
橋本龍太郎元首相は1997年6月23日のコロンビア大学での講演において聴衆から「日本がアメリカ国債を蓄積し続けることが長期的な利益」かとの質問が出た際、橋本は「大量のアメリカ国債を売却しようとする誘惑にかられたことは、幾度かあります。」と発言しただけで首相の首が簡単に飛んだ(Wikipedia)。ここで、万が一にも従属国である日本が「ドルを売る」と叫んだとたん、最も従順な従属国日本がついにドルを見限ったとして、中国やインドなども追随するであろう。ドル覇権体制があっという間に崩壊することは目に見えている。米国はドルという紙切れ以外に債務を払うすべがないからである。米国は何としても従属国の政策を覆させるべく日本に軍事介入する。横田・横須賀基地の米軍の戦車や攻撃ヘリが永田町に向かう。岸田首相は石油代金のユーロ支払いを構想したイラクのフセイン大統領やアフリカ域内の金にリンクする通貨制度を構想したリビアのカダフィ大佐のように処刑されるであろう。これは全くの“架空の物語”であるが、従属国日本の代官が宗主国の意向に逆らうことはあり得ない。しかし、事実を正しく認識することは、事態を変えるための第 1 歩である。