【書評】『除染と国家 21世紀最悪の公共事業』
(日野行介、集英社新書、2018年11月発行、800円+税)
福島第一原発事故から8年、この事故について、事故をなかったことにして忘れよう、あるいは大した事故ではなかったことにしようという権力の意図的な操作が進み、風評被害ということで、まるで国民の側に非があるかの如き風潮が形づくられてきている。しかし原発事故の復興は遠く、被害住民の苦しみは延々と続いている。本書は原発事故後の放射能除染に焦点を当て、除染がもたらした住民への新たな被害と除染を決定した権力の無責任さの一面を暴き出す。
汚染土が原因の事件の一例である。
「三〇代の夫婦が福島市内にマイホームを建てるため、汚染土の詰まったフレコンバッグが敷地内に埋められている土地を購入した。福島市から前の所有者を通じて渡された見取り図にしたがって埋設場所を避けて家を新築したが、しばらく経って、市がフレコンバッグを仮置き場に移すために掘り起こしたところ、一部が家の真下に埋まっていることが分かり、すべて取り出せなかった。不正確な見取り図が問題だと市に抗議したが、まったく取り合ってもらえないとのことだった」。
なぜこんなことが起こったのか、と言う前に、避難指示区域外で大々的に報じられた除染について、その後の汚染土の処理について無知であったこと評者としては正直に言わねばならないであろう。
さて、汚染度の保管形態は大きく二つのタイプに分かれる。一方は田畑や空き地などを仮置き場にしてそこにフレコンバッグを積み上げる集中保管型(いわき市、伊達市など)。もう一方は、除染現場の宅地や農地に穴を掘って埋める分散保管型(福島市、郡山市など)で、環境省は集中保管を原則としつつもやむを得ない場合には現場での分散保管を認めている。福島市の場合、仮置き場を確保できた地区から埋めていた汚染土を掘り出し運び入れていた。他の自治体は直接に中間貯蔵施設に運び込む思惑だが、中間貯蔵施設の設置がいまだに決定していないために、現場での分散保管が長期化している。
この事例の場合、福島市との交渉の中で同じ土地についての別の文書に埋設場所の見取り図がついていることが分かり、購入した夫婦の持っていた図面と比較したところ埋設場所が異なっていたことが判明した。おそらく前の土地所有者がその後に「埋め替え」を求めて、それを実施したので、埋設場所が移ったと推測される。そしてその見取り図は別に保管されていたというわけである。しかし福島市は当初、二枚の見取り図があることを隠したまま対応を続け、「埋め替え前」の見取り図を持って土地を購入したこの夫婦に対して、その後も行政の責任を認めることなく現在に至っている。生活に直接かかわる汚染土についての市のこの姿勢は、杜撰さと無責任を覆い隠す高圧さとしか言いようがない。
そして本書には、この除染作業をした労働者の証言が生々しい。
まず「除染は土建工事と同様、大手ゼネコンが元請けとなり、複数のサブコン(関西では「名義人」などとも言う)が下請けに入る。実際に人を雇う地元企業などはさらにその下で、いわゆる『多層請負』の構造になっている」。契約も杜撰で、理不尽な天引きなど、この業界では当たり前であった。
「契約と同じように作業も杜撰だったという。男性が主に従事したのは、大きなちりとりのような器具で落ち葉と腐葉土をかき集める作業だった。(略)男性は『刈り取った草木を片付けるのが面倒なので、山側に寄せるなんてよくあった話。誰も気づかないし大丈夫』と振り返る」。
「杜撰な作業が絶えない理由は何か」という問いに、
「そもそもどこまでやればよいのか決まっていないから。上からの指示もころころ変わった。最初は木の根が見えるまで表土をはいで、根も切るように言われていたのに、途中から暑さ五センチ程度、根が見えるまででよくなった」。
「除染は必要だったと思うか」という問いに、
「今考えるとしなくてよかったと思う。だって放射能は自然に減衰する。何もしなくても線量が下がって、被曝する人がいないっていうなら、そのほうがいい。住民を避難させて放っておけばいい。除染すれば作業員は被曝するし、廃棄物も出る。しかも廃棄物を建設資材に使うとか言っているんでしょ。いったい何をしているのって思う」。
元住民の声を汲み上げることなく進められる「一刻も早い福島復興を」「避難者が戻れるような除染を」という政府のゴリ押しキャンペーンに対する鋭い批判の声がここにある。被曝管理の杜撰さの再検討を含めて、原発事故後の政策自体が根本的に転換されねばならない。
本書にはこの他、作業員や住民がどの程度被曝するかの試算についてのJAEA(日本原子力研究開発機構)の議事録の不自然さ(消失や書き換え)についての地道な取材の記録もある。その記述を読むと忸怩たる思いにならざるを得ないが、この国の「為政者の情報公開と国民の知る権利の在り方」──「問題が生じれば行政に不都合な公文書を隠し,隠しきれなくなった途端、『実はありました』と言い出す」──が、「事故以前からそういう国だったのだ」という指摘が深く響く書である。(R)