【投稿】危機を招く新段階の米中関税戦争 経済危機論(2)

<<悪いニュースに悪いニュースが重なった>>
トランプ米大統領は、貿易戦争を全く新しい危険なレベルに引き上げてしまったと言えよう。
9/1、日曜日の午前12:00にトランプ政権は、中国からの輸入品ほぼすべてに制裁関税を広げる「第4弾」の関税戦争を発動したのである。まずテレビやカメラなど3243品目、約1120億ドル(約12兆円)分に15%を上乗せし、残りは12月15日からさらに1600億ドル相当の中国製品に拡大される予定であり、税率も上昇する可能性がある。新しい関税は即日発効し、履物や衣類から特定のテクノロジー製品に至るまで、幅広い消費者製品に影響を与えることは確実である。予期していたのであろう、その発動の実に一分後、中国も同様に2回に分け、計750億ドル相当、5078品目の米国製品に5%または10%の追加関税を課すことを明らかにした。報復のエスカレーションが危険な段階に突き進んでいるのである。
昨年、トランプ氏は「貿易戦争はいいことだ 簡単に勝てる」とツイートしている(2018/3/2)。その時には「ある国(米国)が取引しているほぼ全ての国との貿易で何十億ドルもの損失を被っている時には、貿易戦争はいいことであり、勝つのは簡単だ。例えば、われわれがある国との取引で1000億ドル(約10兆6000億円)を失っている時にその国が厚かましい態度に出るなら、もう取引をやめよう。そうすればわれわれの大勝利になる。簡単なことだ」と述べていた。また、対中強硬派として知られるナバロ国家通商会議(NTC)委員長も会見で、「(報復の連鎖で)中国の方が失うものが多い」と楽観的な発言をしていた(2018/6/19)。
9/1の新たな関税発動を受けた、9/3の米国株式市場は軒並み下落、ニューヨーク証券取引所では値下がり銘柄数が値上がり銘柄数を1.61対1の比率で、ナスダックは2.50対1で値下がり銘柄数が上回る事態となった。同じ日に、米供給管理協会(ISM)が公表した8月の製造業景気指数が2016年8月以来初めて景気拡大・縮小の節目となる50を割り込んだことが明瞭となり、「製造業指標は新たな関税が最悪のタイミングで発動されたことを示唆した。悪いニュースに悪いニュースが重なった格好だ」と報じられている。
トランプ氏の経済顧問であるナバロ氏らは一貫して、貿易紛争は消費者に影響を及ぼさないか、最小限にとどめると主張してきたが、今やそんな楽観論など語れる状況ではなくなっている。今回の約1,120億ドルの中国製品に対する15%の米国の関税は、靴からスポーツ用品に至るまでの製品の消費者価格に影響を与え、米国が中国から購入する衣類や繊維のほぼ90%が関税の対象となり、進行中の貿易戦争が消費者に直接影響を与える転換点となることが確実と言えよう。
発動日を目前に控え、米最大団体の米商工会議所は「景気拡大の『死』は、しばしば誤った政策が原因で起きる」と厳しく非難。同会議所のドナヒュー会頭はワシントン・ポストへの寄稿で、トランプ大統領と中国の習近平国家主席に対し、景気後退を避けるために「9月と12月に予定されている追加関税の発動をやめるべきだ」と訴えている。
さらに追い打ちをかけるように、米連邦準備理事会(FRB)が発表した調査論文は、米中貿易摩擦などによってもたらされる不確実性が企業の生産や投資の縮小を招き、来年初頭にかけて米国だけで2000億ドル(約21兆円)、世界全体で8500億ドル(約91兆円)の損失をもたらすと警告している。またこの論文は、米中の対立によってもたらされた不透明性が「1970年以降最高のレベルにまで達した」と指摘している(ロイター9/6配信)。

<<焦るトランプ>>
「米中通商合意への期待が後退しているのはもちろんのこと、両国は協議の日程でさえ合意できずにいる」と指摘されて、慌てだしたのはトランプ氏であった。9/3、トランプ氏は「中国との交渉は非常にうまくいっている」とツィート。しかし、交渉が現在の私の任期中に決着せず、自身が再選されることになれば「妥結はずっと困難になるだろう。中国のサプライチェーン(供給網)は崩壊し、企業や雇用、資金が奪われることになる」と脅し、中国に早期妥結を迫ったのである。来年2020年大統領選の再選戦略に黒い影が覆いだし、焦りだしたのである。
一方、中国側は第4弾の報復関税で米国産の農産物と自動車を狙い撃ちにしており、大統領選を控えるトランプ氏と与党・共和党の支持基盤に打撃を与えたい思惑が明らかである。関税の上乗せや復活により牛肉や豚肉、鶏肉は計35%、大豆は計30%、自動車は計35%の追加関税が課せられるのである。32億ドル相当の米国産大豆輸出、25億5000万ドル相当の原油、11億6,000万ドル相当の医薬品に打撃を与えることは確実である。そのうえ、中国側にはまだ使っていない取引材料がある。中国は、中国企業に被害をおよぼしているとみなす外国企業のリストを作成するとしており、また報復手段としてレアアース(希土類)の米国への輸出制限も示唆、さらには中国が米ボーイング製航空機の注文を取消す現実的な可能性さえあるといえよう。
それが本質なのであろうが、トランプ氏は強硬策と軟化の間を行き来する振幅が激しい。加えて、本格交渉から距離を置いた中国の真意をいぶかり、焦燥感をも漂わせている。
焦るトランプ氏は、中国側から米側に「テーブルに戻ろう」と電話があった、「だから我々はテーブルに戻り、彼らは何かをしたいと思う」と述べた。しかし、中国外務省のスポークスマンが、電話は実際には行われなかったことを明らかにされると、「その電話に関して、私はそれを知りません」、「電話について話したくありません」と、虚々実々の駆け引き、トランプ氏ならではのフェイクとウソが政治と経済をかき回す事態を象徴している。
しかしともかくも、9/5になって、「米側の要請」に応じて「中米通商ハイレベル協議の中米双方の代表者が電話会談」が行われたことが明らかにされた。中国側の発表によれば、「中米包括的経済対話の中国側代表者である劉鶴副総理(中共中央政治局委員)は 9月5日午前、要請に応じて、米国のライトハウザー通商代表、ムニューシン財政長官と電話で会談した。双方は、10月初めに米ワシントンで第13回中米通商ハイレベル協議を行い、協議前に双方が密接な意思疎通を行うことに同意した。実務者レベルにおいては9月中旬に協議を行い、ハイレベル協議の実質的な進展に向けて十分な準備を整えることとなった。双方は、共に努力し、実際の行動を取ることで、協議に向けた良好な条件を整えることで合意した。」ことが明らかにされた。
この合意を受けた9/5のニューヨーク株式市場は、米中貿易協議進展への期待から、大幅続伸となった。これまで何度も見せられた、希望と落胆が交差する光景ではある。

<<トランプ氏という不確定性>>
トランプ氏は、「対中貿易戦争を考え直す気はあるか」と問われると、「もちろんだ。私は何でも再考する準備がある」と応じる。しかしこうしたトランプ氏の発言は市場の動揺を押さえる“リップサービス”の可能性が濃厚である。
問題は、“リップサービス”とは真逆の本音の部分である。
8/23のツイッターに「われわれに中国は必要ない。率直に言えば、中国がいない方が状況はましだろう」と投稿。さらに、「ただちに拠点を米国に戻し、米国で製品を作ることを検討するよう命令する」とまで「命じた」のである。これこそ本音であろう。しかしそんなことが可能なのであろうか。形式的には、大統領に強力な権限の行使を認める国際緊急経済権限法を運用して可能だということである。米国と中国のデカップリング(切り離し)政策を推し進めるとの懸念が強まっている。一部は、米国へ戻すのではなく他の地域に移転させる可能性はあり、すでに以前から現実にも進行もしている。しかしそれは大勢ではない。
したがって「拠点を米国に戻す」などということは、トランプ氏の実現不可能な幻想と言えよう。ボーイング、キャタピラー、アップル、GM、GEなどの巨大米企業は、中国に大規模な設備投資を行っている。それは、中国の労働者の賃金が上昇しつつあるとはいえ、いまだ比較的に低く、教育を受けた人口、都市に流入する農民の膨大な人口が存在し、公的投資によって広範囲で強力なインフラが構築されており、そこで製造された商品を、米国を含む第三国に輸出する基盤を提供しており、さらにはこれからより以上に伸びが期待される広大な国内市場が存在しているからである。なにしろ中国は、人口でアメリカの四倍もの大きさである。それは他に代えられない今や不可欠な存在なのである。それは米国に限らず、日本やドイツ等、他の諸国にとっても同様である。
アップルはその象徴的な実例でもある。アップルほど中国との結び付きが強い企業はまれだとも言われる。アップルの受託生産工場で数十万人がアップル製品を組み立てており、中国国内の受託生産地点はどんどん拡大しており、世界中で1日60万台のスマホを生産できるインフラを備えた場所は中国以外ほとんどないと指摘されている。アップルはインドやブラジルでも受託生産工場を展開しているが、規模が小さく、それぞれの需要を賄うためだけに利用しているのが現実である。それらを米国に戻すなどという「命令」は戯言と受け取られても仕方のないことと言えよう。
しかしこの戯言が、トランプ氏の政治・経済政策の根底に居座っている限り、そしてトランプ氏という、常に極端に揺れ動く、不確定性原理が作用する限り、不測の出来事のランダム性は、より頻繁に発生し、2008~2009年に経験したリーマンショックよりもさらに悪い経済危機の崖っぷちにいる、わざわざ危機を招き寄せている可能性が高いと言えよう。
安倍政権は、こんなトランプ氏に追従し、中国側が今回の購入拒否は「危険な遺伝子組み換え作物は使わない」という意志の表れとも言われる余剰トウモロコシの輸入を決定している。
こうした政治・経済政策を明確に拒否する、危機を回避できるオルタナティブこそが求められている。
(生駒 敬)

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