<<ハーシュ氏の警告>>
「世界終末のパートナー」(PARTNERS IN DOOMSDAY)と題して、バイデン、プーチン、米ロ両大統領の握手写真を冒頭に掲げながら、著名なジャーナリストのシーモア・ハーシュ氏は、「ウクライナが反撃を開始し、バイデンのタカ派が見守る中、ロシアからの新たなレトリックは核の脅威の復活を示唆している」と警告を発している。(Seymour Hersh 2023/6/15)
ここでハーシュ氏が指摘する「バイデンのタカ派」とは、米国務省内では、この6/30にウェンディ・シャーマン国務副長官が退任し、国務省内では、後任に選ばれるのではないかと恐れている人物について、パニックに近い状態になっている、という。その人物とは、ビクトリア・ヌーランド欧州・ユーラシア担当国務次官補である。彼女は、反ロシア・タカ派の急先鋒で、2014年にウクライナにアメリカの傀儡政権を樹立させた最大の功労者として、「バイデン大統領の意見とぴったり一致する」人物であり、「バイデンは、ウクライナ戦争の勝利、あるいは何らかの満足のいく解決によって、再選の可能性があると確信している」ことから、ヌーランドは現在、政治問題担当の次官として、ブリンケン国務長官が出張している間、国務省の各局の間で「暴走している」状況だという。
ハーシュ氏は言及していないが、この「バイデンのタカ派」を支えるネオコンシンクタンク=アメリカン・エンタープライズ研究所(American Enterprise Institute AEI)は、すでに6/9、「バイデンはロシアのウクライナへの核攻撃を抑止できるのか? イエス、もし彼がウクライナに戦術核を与えれば可能だ」(Can Biden Deter a Russia Nuclear Attack on Ukraine? Yes, if He Gives Ukraine Tactical Nukes )と題するマイケル・ルービンの論文を掲載し、アメリカの核政策は、「希望的観測ではなく、現実に即している」べきだと主張し、ホワイトハウスは、「核兵器の使用を抑止する最善の方法は、核兵器を使用する意思を示すことだ」と要求し、「キエフに核兵器を持たせることを約束すべきだ」と、ウクライナの核兵器保有を提案している。危険極まりない動きである。
ハーシュ氏がもう一方で指摘する「ロシアからの新たなレトリック」とは、プーチン氏に近いことで知られているモスクワの学者で、ロシア外交防衛政策評議会の会長を務めるセルゲイ・A・カラガノフ氏(ロシア外交防衛政策評議会名誉議長、モスクワ高等経済学校(HSE)国際経済・外交学部学術指導教授)が、6/13にロシア語と英語で発表し、6/14、ロシアの実質国営メディア・RT上で、全文掲載された「ロシアは核兵器を使用することで、人類を地球規模の破局から救うことができる」(Sergey Karaganov: By using its nuclear weapons, Russia could save humanity from a global catastrophe )という論文である。
カラガノフ氏の主張の一つは、ロシアが圧勝しても、現在進行中のロシアとウクライナの戦争は終わらないということである。「武器で武装した超国家主義的な人々がさらに憤慨し、その傷口は必然的に複雑化し、新たな戦争に発展する恐れがある」と書いている。「最悪の事態は、莫大な犠牲を払ってウクライナ全土を解放しても、ウクライナが廃墟と化し、そのほとんどが我々を憎む人々で占められることだ」、「休戦は可能だが、平和はありえない」「欧米の動きのベクトルは、第三次世界大戦への転落を明確に示している」と。ハーシュ氏は、「このエッセイは、絶望に満ちている」、と指摘する。
その「絶望」を回避するためには、「容認できないほど高く設定された核兵器使用の閾値を下げ、抑止力とエスカレーションの梯子を迅速かつ慎重に上ることによって、核抑止力を再び説得力のある議論にする必要がある」とカラガノフ氏は主張する。「それは道徳的に恐ろしい選択です。私たちは神の武器を使い、大きな精神的損失を自ら宣告することになるのです。しかし、このままではロシアが滅びるだけでなく、人類文明全体が終わってしまう可能性が高い。」として、「ロシアは核兵器を使用することで、人類を地球規模の破局から救うことができる」と、結論する。
ハーシュ氏は、「カラガノフの運命論はどう受け止めたらいいのだろう。彼の発言は上層部の政策を反映しているのだろうか。プーチンとともに、いつ、どこで、爆弾を落とすか、そのアイデアをめぐらせているのだろうか。」と、深刻な懸念を表明している。
<<「性急さは常に劇的な誤算をもたらす」>>
このカラガノフ氏の主張に対して、6/16、同じロシアのメディアRT上で、「イリヤ・ファブリチニコフ ロシアが西側諸国に対して核兵器を使用するという呼びかけに私が同意しない理由」と題する論文が発表された。異例の展開である。筆者は、外交・防衛政策評議会メンバー、コミュニケーション・アドバイザー、イリヤ・ファブリチニコフ氏である。
ファブリチニコフ氏は冒頭、「カラガノフの先制攻撃の呼びかけは、大きな議論を巻き起こしたが、私はNATOの餌になることには賛成できない。」と述べる。カラガノフは、ウクライナ軍に近代兵器を投入している集団的西側諸国との駆け引きをやめ、原子エスカレーションのはしごを素早く始めるべきだと提案している。しかし、ロシアの核ドクトリンは、2020年6月2日付で「核抑止力分野におけるロシア連邦の国家政策の基礎」に明記された。そこには、はっきりとこう書かれている: 「ロシア連邦は、核兵器を専ら抑止の手段として捉え、その使用は極端かつ強制的な手段であり、核の脅威を低減し、核を含む軍事衝突を誘発し得る国家間関係の悪化を許さないために必要なあらゆる努力を行っている。ロシア連邦は、以下の4つのシナリオ(またはその組み合わせ)において、核兵器を使用する用意がある:
a) ロシア連邦および/またはその同盟国の領土を攻撃するための弾道ミサイルの発射に関する信頼できる情報を得た場合;
b) 敵がロシア連邦および/またはその同盟国の領土で核兵器またはその他の大量破壊兵器を使用する場合;
c) ロシア連邦の重要な国家施設または軍事施設に対する敵の攻撃で、その不活性化により核戦力の対応行動が混乱するもの;
d) 国家の存立が脅かされる通常兵器によるロシア連邦への侵略。
現時点では、ロシア大統領が核兵器の使用を命じることができるシナリオは、いずれも実現可能な初期段階ですらない。
と、断言する。
ファブリチニコフ氏は、「西側の情報キャンペーンの目的は明確で、ロシアのメディアや専門家コミュニティからだけでなく、ロシアの外交政策決定者に心理的圧力をかけ、そのような決定を下す可能性の閾値を低くすることで、世論の反発を誘うことであった。つまり、世界で初めて、そして唯一、戦場で原子兵器を使用した米国と、ロシアを道徳的に対等の立場に立たせることである。」と主張する。そして、「原爆使用の閾値を下げ、非核保有国に対して使用することは、その政策や意図がいかに反ロシア的であっても、西側世界の宥和につながらないという事実が重要なのです。」「逆説的に思えるかもしれないが、NATO諸国は今、エスカレーションというデリケートで間違いを犯しやすいビジネスにおいて、実証的に積極的である。そして、ロシアの外交政策指導部は、こうした取り組みに遅ればせながら反応したようだ。実際、西側諸国の落ち着きのなさは、主導権の喪失を裏付けるだけであり、性急さは常に劇的な誤算をもたらす。」、なされるべきは、「西側が支配する英語メディア空間を含め、洗練された多角的な道徳的・心理的作戦を実施し、彼らの余裕と長期的な継続の意志を損なうことを目指すべきである。」と結んでいる。性急さを排し、理性的、現実的、道徳的であれ、というまともな主張であろう。
プーチン大統領は6/16、サンクトペテルブルク国際経済フォーラム(SPIEF)の全体会合で演説し、ロシアは領土保全もしくは国家存立への脅威に対し「理論的には」核兵器を使用できるとしつつも、「その必要はない」という認識を示している。プーチン氏は、このフォーラムでの演説で「欧米の経済的圧力にさらされた後、ロシアは孤立を選択せず、代わりに世界経済の主要な牽引役となる国々との協力を強化した」と述べ、世界経済におけるロシアの現在の位置づけについて、「その指導者が、しばしば行われる外国の圧力に屈せず、他国の利益よりも自国の国益に導かれている国々との貿易は、数十%ではなく、数倍に伸びている」ことを明らかにし、「これは、常識、ビジネス、エネルギー、客観的な市場法則が政治的な配慮よりも強いということをさらに証明するものであり、多極化した世界秩序は強化されつつある。そして、このプロセスは必然である。」と強調している。
米・ロ、両当事者間の緊張激化政策が危険な段階に達し、核戦争の危機が意図的に醸成されている過激な動きや言論がエスカレートしている今日、このエスカレートをストップさせ、緊張緩和と平和的外交的解決への努力が第一義的に優先されるべきであろう。政治的経済的危機の打開は、その平和への努力如何にかかっているのである。
(生駒 敬)